第四話 『こっくりさん』
carzooさんのリクエストで、『こっくりさん』です。
自称語り部の男は学校で授業を受けていた。
窓際最後列の席で、数学の授業を窓の外の青空を眺めながらノートをとる。
授業終了のチャイムを今か今かと待ち続ける姿は、普通の学生だった。
「……今日はここで終了だ」
終わったか、とボソッと呟いてノート類を鞄に直す。
「……終わった」
「何が終わったのかしら?」
「……どうしてここにいるんだよ」
「先輩に対して失礼な物言いね」
男の目の前には黒い髪を少し薄めたかのような茶髪をしていて、少しカールがかかっている女生徒が立っていた。
クラスの皆はその女生徒がここにいる理由がわからず、あたふたしつつも、男を訪ねてきたので話しかけられている語り部に恨みと嫉妬の視線を向け続ける。
「私が訪ねてきたのですよ? 喜んだらどうですか?」
「学園のアイドルの一人が何でここにいるのですか? 宮川先輩」
「そう邪険に扱わなくてもいいじゃないですか。牛乳飲んでいますか?」
「そういえば最近飲んでいないな。購買で買ってくるか」
「お供しても?」
「駄目です」
そういうと、クラスの男子から「てめえなに断ってんだよ」という視線を浴びる。女生徒からは「先輩可哀想」という視線を頂いた。
だから嫌なんだ。どうして俺がこういう立ち回りをしなければいけないのだ。
そんなことを内心で考えつつも、諦めて先輩を誘った。
「よろしい」
「勝ち誇るな」
「ふふ、負け犬の遠吠えですね」
「……」
「あたっ」
無言でチョップ。
そして、すぐに先輩を連れて男はクラスから出て行った。
「う~う~」
「唸らないでください」
「チョップ、チョップなんて酷い」
「ふふん、負け犬の遠吠えですね」
「使い方が違いますわ!」
男は宮川の発言を無視をして牛乳とランチセットを注文。
宮川はというと。
「こ、これを買えばいいのですか?」
「何で聞くんだよ……」
「わ、私はここにくるの初めてでして……」
「……レディランチ、というものがあるが」
「女性専用の昼食ですか?」
「ああ。食券買ってやろうか?」
「ぜ、是非……」
機械に疎い、いや機械に弱い宮川は男に食券を買ってもらい、満足げな顔で食堂のおばちゃんからレディランチの乗ったトレイを受け取る。
その後に続いて男は牛乳とランチセットの乗ったトレイを受け取り、宮川を連れて二人が向かい合わせで座れる場所を見つけ、座る。
「ふむ、美味しそうですね」
「食堂が多いのは安く美味いことが理由だからな」
「そうですか。あなたもここで?」
「いや、弁当を作るのだが今日は寝坊しかけて作るのを忘れていた」
「困ったさんですね」
「哀れみの視線を向けるのはやめてくれ」
手を合わせていただきますと言い、割り箸を割って味噌汁から手をつけ始める。
宮川もそれに習い、男と同じ動作をして割り箸が割れなかった。
「……」
「わ、割れません……」
「貸せ」
「お願いします……」
割り箸を受け取りパキッという音を立てて割り箸を割ってやると、なぜか拍手を受けていた。
「すごいですね」
「ほれ」
「ありがとうございます」
宮川は割り箸を受け取り、サラダを食べ始める。
その間の男女問わず向けてくる視線が語り部にとってはうざったいものだった。
「それで、今日尋ねてきたのは?」
「ええ。学校新聞を読みましたか?」
「いいえ。張り出されていたのですか?」
「ええ。そこで特集されていたのが『こっくりさん』でして……。内容は歪なものでした。こっくりさんに嫌いな人物の名前を言って、あとは良く聞く手順どおりにするとその嫌いな人物が不幸になるという話」
「……ふうん。それで、俺にその詳しい話を聞きにきた、と?」
「できればと知っていれば、です。我が身可愛さで言っているのではなく、友人がそれにかかってしまい、学校に来ていないのです。できれば、解除方を」
「……これは、呪いの類でもなければおまじないの類でもないのですが、いいでしょう。それでは語りましょう、我等が学校ではやっている『こっくりさんのおまじない』について」
始まりは好奇心。
女生徒が三人集まって、一つの机を囲んでいた。
「ね、ねぇ。本当にやるの?」
「え? あの噂本気で信じているの?」
「だ、だけど」
「怖がりねぇ由香は」
「だ、だって」
この学校で流行っているおまじない。七不思議認定されている一つに『こっくりさん』があった。
内容は良くある『恋のおまじない』の類であり、同時にもう一つ語られるおまじない、『呪いのおまじない』の二種類が存在する。
恋のおまじないの方はスタンダードで、『はい・いいえ・赤色の鳥居・男・女・五十音』を記入した白い紙を机の上において、その紙の上に十円玉を置き、参加者分の人差し指を十円玉の上に添える。主に一人だけが十円玉に指を添え、周りの人間は参加せず、見守ると言う形で行われる
このおまじないでわかることは、自分が本当に好きな相手と、その相手と上手く結ばれるかどうかを調べるもの。もし、結ばれない場合はこっくりさんが上手くいく相手を探してくれるのだそうだ。
無論、よく言われることだが『こっくりさんありがとうございました。お帰りください、お帰りください』と言うまで指を離してはいけない。離してしまえば二度と恋や結婚はできなくなるそうだ。
そして、もう一つの『呪いのおまじない』は紙を変えるだけだ。正し、その紙は真っ黒な紙で、文字は全て白色、鳥居だけ赤のままにする。
そして、このおまじないの性質の悪いところは、『参加すれば参加するほど』効力は強くなる。嫌いな相手に五人でこっくりさんを行えば、五人分の呪いがかかるとうことだ。
そして、恋のおまじないは誰の机でもいいのに対し、呪いのおまじないは嫌いな相手の机でのみ行わなければいけない。
それを行わなければ、参加者全員に呪いがかかる。
そういう、七不思議だ。
「それじゃ、早速やりましょ!」
「う、うん」
嫌いな相手の机に広げられる紙の色は、黒。
呪いのほうだった。
「十円玉を置いて、ほら。指を添えて」
「わ、わくわくしてきた」
「う、うん……」
由香と呼ばれた眼鏡の女生徒と、残りの二人は十円玉に指を添え、唱える。
「「「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいますか?」」」
唱えられた言葉に返事を返すかのように、十円玉は「はい」の方に動く。
「み、岬ちゃん動かしてないよね?」
「由香、あんたこそ動かしてない?」
「そういう奏こそ、動かしたんじゃないの?」
「わ、私はやってないわよ」
「じゃ、じゃあ……本当に?」
「確かめるわ」
岬と呼ばれた女子は、こっくりさん本当にいらっしゃいますかと尋ねた。
すると、十円玉は一度「はい」から出て、もう一度「はい」という字の上に戻った。
「い、いるわ。奏、由香。離しちゃ駄目よ」
「う、うん……!」
「わかってる」
そして、こっくりさんに三人が同時に、言った。
「「「私たちの嫌いな人物は……」」」
名前を、唱える。
すると、十円玉が早く動き始め、その名前を一文字一文字確かめるように動き、三秒止まってはまた次の文字へ動き、また三秒止まっての繰り返し。
その唱えた名前を全てなぞり終え、鳥居へ向かった。
そして、三人は目を疑う。
なぞり終えたはずの文字が、淡く輝いたかと思うと、黒い紙に溶け込むように消えていったのだった。
「え、え?」
「どうなってるの……?」
「う、嘘……」
そして、自分たちの十円玉が押さえている鳥居が、一瞬輝いて、すぐにもとの状態に戻った。
「こ、これでいいのかな……?」
「そ、そうね。それじゃ、最後の言葉よ」
「待って。確認してみましょ?」
すると、今までおとなしかった由香が口を開いた。
「こっくりさん、こっくりさん。呪いは、かかりましたか?」
「え、由香……?」
驚いたのも束の間。こっくりさんは動き出し「はい」の文字へ止まった。
「こっくりさんありがとうございました。おかえりください、おかえりください」
由香がひとりでに言うと、こっくりさんは五十音の方へ動いて、「わ・か・つ・た」と文字をなぞって、鳥居へ戻った。
その瞬間、由香が倒れこむ。
「「由香!?」」
十円玉から手を離し、由香を抱きとめる二人。
こっくりさんは由香のおかげで帰っていったので、すぐに駆け寄ることができた。
もし、由香が手を離さなかったら、岬と奏の二人は手を離すことなく、縛り付けられたかのように動かなかったことだろう。
「ゆ、由香! 由香!!」
「……あ、れ?」
「だ、大丈夫?!」
「う、うん……。岬ちゃん、私、ああっ!?」
手を離したことに気づく。自分で返したというのに、覚えていないかのような反応だった。
「……こっくりさんは帰ったから大丈夫よ」
「そ、そう? よ、よかったぁ」
はにかむ。冷や汗、どころか汗まみれの由香の額を奏の所持しているハンカチで拭い、二人はため息をつく。
「……呪い、どうだったのかな」
「確認したわ。かかったみたい」
「そ、そうなんだ……」
「今日はもう帰りましょう。この十円玉使わないと」
呪いをかけたときに使った十円玉は、三日以内に使用しないと持ち主が不幸になるというジンクスがある。
三人は帰りにコンビニによって、ジュースを買ってその十円玉を手放した。
次の日。
「え~、今日は………はお休みだ」
教師の言葉に、三人は驚いた。
「か、かかったから、かな?」
「そ、そうじゃない? 本当だったのね」
「ま、いいじゃない。どうせ嫌いな人だったんだし」
そう。呪いはかかった。こっくりさんは成功した。
成功してしまったのだった。
その翌日のことである。
「え~、お前達に残念なお知らせがある」
「「「……」」」
「………は、入院した」
クラスの皆がざわめく。もちろん、三人も。
「昨日、急に吐血したらしい。原因は不明だが、吐血、嘔吐、そして意識を失ったそうだ」
「だ、大丈夫なんですか……?」
クラスの女子の一人が聞いた。
「今のところ、命に別状はないらしい。ただ、吐血の量があまりにも多かったそうだ。現在意識不明で病室のベッドの上、だそうだ。面会は断られてしまって顔色すら伺えていないから、先生もご両親から聞いた話でしか言えない」
「そ、そう、ですか……」
呪い。その言葉が三人を縛りつけ、恐怖に陥れた。
嫌いな相手だから大丈夫、などと言っても入院までは予想していなかったのだろう。吐血、という言葉に三人は震え上がった。
「……これが、俺の知っている『こっくりさん』の話だ」
「どうして、知っているのですか……!?」
「あ?」
「それは、最後のそれは、“今日”担任から言われたことなのに……!!」
宮川の顔が青くなる。
それどころか、白色に近くなっていた。
「どうして、どうしてあなたは……そこまで知っているのですか!?」
声を荒げる。優雅さとは無縁に近い声の張り方。
それは、周りの生徒を動揺させるのに十分だった。
「ああ。これは俺が実際に知っている話だ」
「……まさか、本当に……?」
「ああ」
「その、三人が、呪いを……?」
「ああ」
「ど、どうして……」
「人を嫌いになることは、大しておかしい話ではない。例えば、好きな人がその相手に告白したとか」
「で、でも……!」
「宮川先輩。解呪の方法だが、時間が立てば効果が薄れるというのもあるし、かけた本人達を『殺せ』ば解けるというのも一説だ」
「そ、そんな……!」
「安心しろ。三つ目はある」
「ど、どんな……」
「こっくりさんを、同じようにするんだ。だが、今回は解呪だからな。恋のおまじないの方で行うのさ」
「こ、恋のおまじないで?」
「ああ。色が対極の理由はそれだ。白はこっくりさんのもう一つの名称である『エンジェルさん』だからな。上手くすれば、解呪できる」
「ほ、本当に!?」
「ああ。ただ、その人を慕っている三人を連れてこないといけないが、心当たりは?」
「あ、あります! 大丈夫!!」
「そうか。それじゃ、放課後に行うんだな。ただ、絶対に指を離すなよ」
「はい! ありがとう……。このお礼は、また」
「そんなものはいいから行って来い」
「うふふ。はい!」
宮川は昼食を残し、急いでその場を立ち去った。
男は、窓の外を見て気だるそうに息を吐き出した。
「ねえ」
「誰だ?」
「そ、その……」
眼鏡を掛けた優しそうな女性とは、怯えながら男を見る。残りの二人は睨んでいた。
だが、男に恐怖の感情も怒りの感情もなく、あるのは虚無感だけだった。
「どうしてその話を、私達が行ったって知っているの!?」
「……さぁ、なんでだろうね」
「ふざけないで!!」
「じゃあ真面目に。俺はこっくりさんと友達なのさ」
「……ふ、ふざけていないのですか?」
「ああ。ふざけてなどいない。俺はこっくりさんと友人だ。エンジェルさんとも友人だ」
「ど、どうするのよ。このことが知れたら……」
「大丈夫よ、奏。誰も信じはしないわ」
「元気だねぇ。ま、いいさ。俺も宮川以外にはもう話すつもりもない。語るのは一度だけで十分さ」
「そ、そうなの……?」
「後輩の言うことを信じてよ、由香さん。俺は語り部だけど、必要な時以外は語らない主義なんだ」
「へ、変な主義、だね」
「そうかい?」
笑った。由香は、男に向けて笑顔を見せた。
安堵の笑顔。それは、呪いが解呪されることへの喜びか。それとも。
「ま、まぁいいわ」
「よかった。解呪されるんだ……」
「やって後悔してるんじゃねーよ」
「う、五月蠅い!!」
「あっはっは!!」
語り部は嬉しそうに笑う。本当に、嬉しそうに。
そして、岬、奏、由香の三人は嬉しそうにその場を後にした。
「……本当に、わかっていないなぁ」
男は、窓の外の青空を見て、その清々しい空を見て、ボソッと、呟いた。
「『人を呪わば穴二つ』ってね」
そして、宮川の残ったレディースランチもまとめて食べて、食堂を後にした。
次回も「未定」です。良ければリクエストを。なければネタを見つけて書いていきます。
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