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第二話 『口裂け女』

改定点:少し書き足しました。


「……む」

 屋上の時と同じ、高校の制服を着た男は何かに気づいたように窓を見る。

「なんだ、物好きだな。俺の話をまた聞きに来たのか?」

 口の端にマスタードをつけたまま、窓から目を放さずに手に持ったものを口へと運ぶ。

「だが残念ながら、俺は今食事中だ。もう少し待て」

 珈琲を飲みながら、ホットドックを食べて行く。

 数分かけてそれを食べ終わり、ふうと一息ついて窓を見た。

「お待たせ。それじゃあお話を始めよう。そうだなぁ。ここ最近この町で噂になっている『口裂け女』についてでも語ろうか。知っているだって?いやいや、これは本当にあったお話だ」

 口裂け女。元々は宝暦四年、今で言う1754年に美濃国郡上藩、つまりは岐阜県での農民一揆の後に処罰された多くの農民の怨念が、特に犠牲者の多かった白鳥村(現在・群上市)に今なお残っているといわれ、これがいつしか妖怪伝説となって近辺に伝播し、時を経て口裂け女に姿を変えたというのだと言われている。

「これの対処法は知っているかな?そう、『ポマード』と三回言うだの現物を投げつけるでもいいらしい。『べっこう飴』を渡すというのも手だそうだ。なんでもべっこう飴が大好物みたいでな。夢中になって食べている間に逃げるのがいいそうだ」

 そして、にやりと笑って男は前を向く。

「しかし、この口裂け女に一番有効的かつ友好的なのはこれだ。『私、キレイ?』と尋ねてくるマスクをつけた女性が現れたら。まずは、その顔をじっくりと観察しよう。そして、『ブサイク』等の言葉を思っても言わず、『キレイだ』でもなく『普通だ』と言うことだ。そうすれば、まだ君たちは助かるだろう」

 一時凌ぎにも近いけれどね。と男は付け足す。

「さて、それでは語り始めよう。七不思議のひとつ、『口裂け女』について」

 もっとも、一人だけなら救いだが。男は不吉そうに呟いた。





「……あは、は」

「やっちゃった、ね」

「そう、ね」

 そこにいたのは、三人の女性。

 その三人は姉妹で、共通した特徴は『耳元まで口が裂けている』ことだった。

 美しい顔もその口で魔的になり、若干の美しさが見えるけれどもやはり『怖い』という感情を、見たものに与える顔をしていた。

 口がありえないほどに裂けている。これを、どう言葉で表せばいいものか。

 語ることすら不気味に感じるほどに、口が裂けていた。

 そして、もう一つ注目すべき点がある。

 三姉妹の両手が、真っ赤に染まっていることだ。

 紅。その手から滴り落ちる赤い液体は、少しの鉄臭さを放ちながらも水溜りを作ってゆく。

 赤い、赤い、赤い。見るもの全てに赤を連想させるその光景の中心には。

 三姉妹と同じように口を無理矢理耳元まで裂けさせられたような、真っ赤な服に身を包んだ医者が倒れて死んでいた。

 見るも無残なその光景を、女性達は何の躊躇もなく見る。

「「「……だって、だって」」」

 三人は、悪くはないのだから。





 三姉妹は、とても魅力的だった。

 だが、その三姉妹はあまりにも魅力的過ぎた。

 男共にちやほやされる一方で、女達からは妬まれる対象となっているのが現状。

 『また男をはべらせている』『お高くとまってどっかで男を誘っている』『スナックで働いて』『身体を売って』『お金を稼いで』『三姉妹皆そうやってる』

 そんな妬みの言葉が三姉妹を傷つけていった。

 小学生のような直接的なものではなく、大人特有の陰口というものは、多少なりとも性質が悪い。

 しかし、それは陰口ではない。三姉妹はそれを全て聞いているのだから。

 本人がいないところで言っているのは『陰口』だが、本人達が聞いているのならばそれは陰口ではないのだ。

 言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、これが事実。

「気にしちゃ駄目よ」

「わかってるわよ」

「別に。妬みはもう慣れているわ」

 三姉妹はそういって何も言わずに仕事をし、いつものように帰るはずだった。

 そう、はず『だった』のだ。

「ね、ねぇ」

「なにかしら?」

 三姉妹のうちの三女が気の弱そうな女性から声をかけられた。

 それは、彼女たちの働いている会社ではなかなかにありえないことである。

「きょ、今日ね?女性の集まりをしようと思っているんだけど。い、一緒に行かないかな!?」

「……あなた、正気?」

 普通ならば、そう。ごく一般ならばこれは正気の沙汰だ。

 だが、彼女たちにとってそれは何度も言うがありえないことである。

 だからこそ、三女はそれを尋ねたのだった。

「しょ、正気って酷いな……。こ、こう見えても!私は一度も、あなたたちの陰口は叩かなかったんだから!」

「……ふうん」

 陰口はしていなくても、同意はしていたのでしょう?

 そんなことを言おうとしたが、彼女はやめた。

 茶々を入れると、なにやら泣き出してしまいそうになるほどに怯えていた眼鏡の女性を苛めるほど、彼女は心が腐ってはいなかったからだ。

「わかったわ。場の空気を悪くしても文句は言わないでね」

「は、はい!ありがとうございます!」

 頭を何度も下げ、お礼を言う女性は彼女にとって好印象だった。

 自分の理想とする性格。それが目の前にあるのだから。

 人が人と付き合うのは何故か。答えは『自分には持っていないものを合理的に学び、育てあうため』だ。

 友人とは、高めあうものであり学びあうものだ。その過程で、人はつながりを持ち親しみを持つ。

 それが、彼女の持論だ。変える気もなければ間違っているなんて思わない。

 それが彼女の生き方であり、彼女自身の歩んだこれまでの道程なのだから。

「(……なんて。語るのはアイツだけで十分よ)」

「ど、どうしたの?や、やっぱりいやだったとか……?」

「なんでもないわよ。帰り支度をするから少し待っていてね」

「は、はい!」

 踊りだすのではないだろうかとも思えるほどに嬉しそうな彼女を尻目に、三女はコートを羽織り、鞄に書類の一部を詰め込んだ。

「(悪い癖。人に優しくされることに慣れていなくて茶々を入れて気持ちをごまかすなんて。アイツの性格がうつったんじゃないかしら)」

「い、いきましょう行きましょう!」

「ま、待ちなさいって!」

 三女の手を取って鼻歌を口ずさみながら歩く彼女を見て、三女は微笑んだ。

 その笑みは、今まで彼女を見てきた人間でも驚愕するくらいに純粋で、美しい笑顔だった。






「あら、あの子は?」

「眼鏡の女の子と一緒に帰ったわよ。『飲み会』だそうだけれど」

「ふぅん。物好きね」

「……本当、物好きね」


 頭の中を嫌な予感が駆け巡る。

 外面は冷静さを装ってはいるが、内心では三女のことが心配だった。

 なぜならば。彼女には、長女にも経験があることなのだから。








 悪い予感。というのは虫の知らせなどとも言うが、それは直感のようなものでもあり、経験則からくるものでもある。

 故に、的中する率というものは経験によって上がるものだ。

 言うなれば、長女が経験したというたった一回の出来事で、その率は跳ね上がる。

「な、なに!?」

「すみません。騙してしまいました」

 結果。それは的中した。

 彼女は謎の男たちに拘束され、手術台の上にいる。

「あなたが悪いんですよ?だって、私の好きな人を奪ったのですから」

「!?」

 眼鏡の女性の言うことが理解できない彼女は、拘束されているという状況下でも必死に理解しようと頭を働かせる。

 だが、情報が少なかった。

「ど、どういうことよ」

「え、気づいてなかったんですかぁ?流石毎日男の人から誘われているだけのことはありますねぇ」

 眼鏡の女性は語りだす。

 ある日、彼女は好きな人を食事に誘おうと声をかけようとした。

 しかし、その男性は彼女が声をかけるよりも早く、三女を指名する。そのとき、三女は断ってはいたが、しつこく頼まれ続けたので結局は誘われた。

 それを傍目で見ていてはいたものの、彼女にはそれが妬ましくて仕方がなかった。

 少し顔がいいだけの女。少し仕事のできる女性。

 それだけなのに。それだけで男の見る目はこうも変わるのだと実感した。

 だから。

「あなたのその顔、整形して人目に出れないようにしてやります」

「い、いや!!」

「あなたが悪いんですよ?男に色目を使うから」

「や、私、そんな……!!」

 実際、三女にはそんなつもりなどない。

 あるならあるで性質が悪いが、いや。ないほうも性質が悪いのだろうか。

 こんなことになってしまうのだから。

「た、助けて……助けて!!」

「あの人の名前でも呼んでみてはいかがですかぁ?あ、無理ですね!だってあの人は私のものですから!」

「……助けて、助けて……!」

 三女の心の中で浮かぶのは、たった一人の少年。

 そう、『少年』だ。今年で中学を卒業し、もうすぐ高校生となる、たった一人の友人であり幼なじみ。

 中学に入ってから、年上の彼女に嬉しそうに話をする大好きな幼なじみ。

 助けに来て欲しい。けれど、この状況で助けに来てもらえる確立は皆無。

 何よりも、危険に巻き込みたくなどなかった。

「……」

 だから、諦めた。

「それじゃ、おねがいしますねぇ」

 その言葉とともに、扉が閉まる。

「……わるいね、お嬢さん」

「本当ならこんな美人さんをやりたくはないんだけどね」

「俺たちもやらないと殺されるからさぁ」

 そんな声など、もう脳は処理も認識すらしなかった。

 あるのは、絶望。この上ない絶望感と、虚無感。

「それじゃ、始めるか」

 男が手術を始めるにふさわしい格好をし、周りの男たちもその格好をし始める。

 それを、三女は呆然と見て何も考えず、ただ。

「(ごめんね……)」

 少年に対しての謝罪の言葉のみを、心で叫び続けた。







「……」

 麻酔が効いていたのか。意識がぷつりと切れていた。

 彼女は地面に倒れており、頭が働いていない。

「大丈夫!?」

 姉達の声が聞こえてくる。そして、妹が二人の姉の顔を見る。

真っ青な顔で、自分の妹を見つめていた。

「ひ、酷い……!!」

「どうして、こんな……!!」

 三女は起き上がり、近くの鏡で自分の顔を確認する。

 そこに映ったのは、耳元まで口が裂けている自分の姿だった。

「……」

 だが、彼女は驚きも泣くことさえもしない。

 ただ、「ああ、こうなったんだ」と自分の状態を素直に受け入れるだけだった。

 これでは、確かに火の下を歩くことなどできはしないだろう。

 しかし、その口以外は何もされてはいなかった。これをやった男たちの、罪の意識によるものだ。

 だが、その男たちは。

「や、やめ!!」

「お、俺だってしたくなんか!!」

「た、助け!!」

 妹をあんな姿にした者達は、姉達の怒りで殺されかけていた。

 その場にあったメスを突き刺し、同じ目にあわせてやらんというばかりの勢いで口を裂く。

 逃げ出そうとした者は足を突き刺して地面と縫い合わせ、逃げれなくする。

 理性を失った姉達の一方的な復讐に殺されかけていた。

「……あは、は」

 三女は、ただ乾いた笑みを浮かべその場に座り込む。

 涙も流さず、理性も失わない。

 それは、心が既に壊れているということを明らかにさせた。

「あ、駄目ですよオフタカタアーー!」

「「あああああああ!!!」」

 彼女をここまで追いやったあの眼鏡の女性の嬉しそうな声と、先ほどまで涙ながらに復讐を続けていた姉達の悲痛な叫び声が聞こえる。

「……あは」

 壊れていても人間。幾ら壊れようとも人間であることにかわりはない。

 姉達の泣き叫ぶ声に、彼女の理性という枷が外れた。

「あ、まだ生きて……その口最高ですねー!うわー!」

「……」

「どうしたのですかぁ?もしかして、口が開きすぎてしゃべれないとかぁ!」

 姉達のほうを見る。

 長女は口が片側だけ裂けており、次女は裂けてはいないが、頬に穴が開いたような状態である。

 それを見た瞬間に、彼女はこんなことをした張本人に飛び掛った。

「がっ!!」

 後頭部を眼鏡の女性は強く打ち付けられる。

 三女は相手の襟首を掴み、そのまま地面にたたきつけたからだ。

 受身も取らせず、脳震盪で気絶するかしないかの間で彼女の意識はとどまる。

 だが、意識はなかったほうが良かったのかもしれない。

 なぜなら。三女の手には血まみれのメスが握り締められていたのだから。

「ま、さか……!!いや!いやああああああああああああああ!!」

「……」

「は、放しなさいよ!!放せ!放せえええええ!!」

 どれだけ叫ぼうと、どれだけ言おうとも。

 彼女の耳には届くはずがない。

 三女の顔は、その耳元まで裂けた口は。


 歪ながらも、とても嬉しそうに歪んでいたのだから。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 これが後に『口裂け女事件』として新聞の一面を飾った。

 見つかった遺体は八名中四名。そして生存者は一名。そして、生存者を含めてその五名とも口が裂けているという状態で発見された。

 ただ、この事件の本当の被害者である三姉妹は、この事件から二年経った今でも見つからないままである。








「これが、『口裂け女』が都市伝説となった概要さ」

 男は顔を上げ、誰もいない向かい側の席を見る。

「四人目の口裂け女である女性はこう供述したそうだ。『私、あの女に襲われて……口を、口を……!いやああああああああああああああああああ!!』とな。ユカイな話だ。口裂け女を作った張本人が口裂け女になってしまうなんて」

 男は笑みをこぼし、窓の外へと視線を向けた。

「その三姉妹の行方は結局わからず。こうして『口裂け女事件』は、被害者面した犯人の犯行だとわからずに、幕を閉じた」

 ゆっくりと、顔を天井に向ける。

「さて、昼飯も食べ終わったしそろそろ」

「ねえ、あなた」

「ん?」

「席が空いていなくてね。向かい側、座らせてもらってもかまわないかしら?」

「かまわないよ」

「そう、ありがと」

 マスクをつけた髪の長い女性は、男の真正面に腰を下ろした。

 手に持っているコーヒーには手をつけずに。

「飲まないのかい?」

「別にいいでしょ。ねぇ、それよりも」

「ん?」

「私って、綺麗だと思う?」

「そうさなぁ。確かに魅力的だな。俺は髪フェチだからその長くて日の光を浴びてキラキラと輝く髪が好印象だ」

「へぇ」

 女は目で笑った。

 口元はマスクで隠れていてわからないが、嬉しそうな目をしている。

「それじゃ、窓際に寄ってもらえない?」

「俺がか?」

「ええ」

 促されるままに、男は窓際へ寄る。

 女性は男以外の人に背を向けて、マスクを外した。

「これでも、私キレイ?」

 耳元まで裂けている口。奥歯も見えるほどに裂けているその口は、どう見ても恐怖を与える顔だった。

 そしてこの男は先にも言った。

『決して「ブサイク」等の言葉を思っても言わず、「キレイだ」ではなく「普通だ」と言うことだ』と。

 それが唯一助かる手立てなのだと自分で言っていた。

 だから、答えなど決まっている。


「“キレイだよ”」


 そう、男は口裂け女に面と向かって言ったのだった。


次のお話は『絶対音感』。

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