憧れの騎士団長に告白したら、求婚されるなんて聞いてません!
ヒロイン視点ですが、途中でヒーロー視点があります
治療室は、薬草の清涼な香りと、窓から差し込む柔らかな日差しに満ちていた。清潔感を感じる白い壁には、魔法の紋様が薄く刻まれ、棚には色とりどりの薬瓶がぎっしり並んでいる。
私——フローラ・セレニテは騎士団長のアルフォンス様に声を掛けた。
「団長、今から治療を始めますね」
「ああ。フローラ嬢、よろしく頼む」
「薬を塗るので、少し冷たくなりますよ」
静かに歩み寄り、アルフォンス様が負った背中の傷の状態を確認しながら、魔法の浸透と効果を持続させる薬を丁寧に塗った。塗り終えると、両手をかざし、治癒魔法を発動した。指先から桃色の光があふれ、傷口を優しく包み込む。治癒魔法と混ざり合った塗り薬のハーブの香りがふわりと立ち昇った。
私は、王宮治癒魔法師として、王宮内の怪我や慢性的な症状の患者を担当している。
「団長、お疲れ様でした。治療が終わりましたよ」
「フローラ嬢の治癒魔法は、本当によく効くな。楽になった。ありがとう」
騎士団長のアルフォンス様が支度を整え、肩を軽く回す。
「よかったです。お大事にしてくださいね」
アルフォンス様の背中にある大きな傷は、魔物討伐の際に部下を庇ってできたものだ。その爪に宿る瘴気の毒により、傷の周囲には黒い影がうっすら残る。魔物の爪痕を治療するため、定期的に治癒魔法を掛けないといけない。
王宮治癒魔法師、三年目の私が騎士団長の担当をするのは不相応だと思うけど、魔法操作が得意な私が向いていると担当を引き継いだ。最初は緊張していたものの、優しいアルフォンス様の治療日を心待ちにしていると気づいたのはいつからだろうか。
治療を終え、アルフォンス様が去ろうとする中、胸ポケットにある実家からの手紙にそっと触れた。祖父の弱々しい筆跡が脳裏に浮かび、胸が締め付けられる。私は一度深呼吸して、勇気を振り絞った。
「あの、団長……今、お時間よろしいでしょうか?」
「もちろん構わないが、どうかしたか?」
「はい、実はこの度、王宮治癒魔法師の職を辞して実家に戻ろうと思っています。団長の治療は、前任のケビン様が担当する予定です」
ケビン様は王宮治癒魔法師長で、私の信頼する上司だ。私の言葉にアルフォンス様が驚いた表情を浮かべた。
「……随分と突然だな。戻る理由を聞いてもいいだろうか?」
「私の祖父は、セレニテ領で唯一の治癒魔法師なのですが、魔力を使いすぎて体を壊してしまったと……。最近は簡単な治療も難しくなっているので、手伝ってほしいと手紙が届きました」
祖父のことを思うと、胸が痛む。祖父の治療する姿を見て、私は治癒魔法師を志した。魔力の使いすぎで衰弱した祖父一人で治療は難しい。私が帰らなければ、セレニテ子爵領に住む領民が困ってしまう。
「魔力欠乏症か……それはお祖父様のことが心配だな。だが、代わりの者はいないのか? ご家族には?」
「家族では祖父と私しか治癒魔法が使えなくて……」
「……確かに治癒魔法が使える者は希少だからな」
王都には治癒魔法を使える者が集まってくるが、田舎は違う。治癒魔法師のいない地域には王宮から治癒魔法師が派遣されるが、派遣条件も申請手続きもかなり複雑だと聞いている。
それに正直、私は王宮治癒魔法師として限界を感じていた。魔力量が少ないからか、志願しても大きな怪我の治療からは外されてしまう。それなら、田舎に帰って困っている人々を治癒魔法で助けたいと思い、辞めることにした——でも、退職を決めて真っ先に浮かんだのは、アルフォンス様の顔だった。
本来なら会話をするのも難しい雲の上の存在。四大公爵家の嫡男で騎士団長のアルフォンス様。そんなアルフォンス様の治療を任されたことは、王宮治癒魔法師としての私の誇りだ。初めは尊敬だった気持ちは、いつの間にか恋に変わっていた。このまま何も言わずに帰ったら、きっと後悔する——恋が実るなんて考えていない。最後にアルフォンス様へ想いを告げて思い出にしたかった。
「あの、団長……」
顎に手を当て、思案している様子のアルフォンス様に声を掛ける。青い瞳と見合い、沈黙が流れた。
「私……、団長のことが好きでした」
アルフォンス様の動きが止まる。青い瞳が私をまっすぐ捉えた。
「……………フローラ嬢、すまないが……、その、もう一度言ってもらえるだろうか?」
恥ずかしさに顔が熱くなる。でも、今を逃せば二度と伝えられない。
「……私、団長が好きでした」
「——————ああ」
アルフォンス様の声に、心が軽くなる。やっと、胸に秘めていた想いを告げられた。
「団長、私の気持ちを聞いていただきありがとうございました。これで王都に、王宮治癒魔法師に未練はありません」
「な……?」
「もう団長と会うことはありませんが、これからも陰ながら活躍を応援していますね」
「は……?」
そっと頭を下げる。それから治療室を退出しようとドアノブに手をかけた。
「…………フローラ嬢、待ってくれ」
振り向くと、アルフォンス様がすぐ近くに。気づけば壁を背に追い詰められ、彼の手が壁につく——いわゆる壁ドンの状況。告白した直後に、この距離感。心臓が大きく跳ね上がる。
「え、団長、どうかしましたか?」
私の言葉に団長の眉間の皺が深くなった。
「どうかしましたか、だと? フローラ嬢から好きだと言われたんだぞ。どうかしたに決まってる」
アルフォンス様が額に手を当て、信じられないとばかりに首を振る。私は慌てて手を振った。
「あの、でも、最後に気持ちを伝えたかっただけなんです。実家に帰る前に、思い出にしたくて……」
「思い出? どういうことだ……?」
困惑するアルフォンス様に、私の胸の内をさらけ出す。
「記念告白したかったんです。団長に想いを伝えたら気持ちの整理ができると思って……付き合いたいとか、そういうのではないので安心してください!」
「いやいや。待ってくれ。安心できる要素がひとつもなかった……というか、記念告白なんておかしいだろう。フローラ嬢に望みはないのか? 望みを言ってほしい……っ!」
アルフォンス様の言葉に目をぱちぱち瞬く。
もしかして思い出作りに協力してもらえるということだろうか。確かに今も乙女が夢見る壁ドンを経験させてくれているし、ここはアルフォンス様の優しさに甘えてしまおう。
「あの、望みというのは、なんでもいいのですか……?」
「っ! も、もちろんだ——フローラ嬢なら、なんでも言ってほしい」
アルフォンス様を窺いながら尋ねると、力強く頷いてくれた。勇気を出して記念告白した私に思い出を作ってもらえるなんて。どうしよう、嬉しくて顔が緩んでしまう。
「それなら遠慮なく——団長、私を抱きしめてもらえますか……?」
「っ、い、今からか?」
「……だめですか?」
「そんなわけないだろう、フローラ嬢!」
図々しいお願いに呆れられてしまったかな、と不安になっても即座に否定してくれた。本当にアルフォンス様は優しい。期待で胸がキュンと弾む。
抱きしめてもらいやすいように両手を広げた。ときめき準備は完璧だ。
「団長、よろしくお願いします……っ!」
「っ、ああ……フローラ嬢、行くぞ……っ」
アルフォンス様に抱き寄せられる。逞しい腕にすっぽり収まり、シトラスの香りが鼻をくすぐる。好きな人に抱きしめられるなんて。胸が熱くなり、思わずアルフォンス様の背中にぎゅっと腕を回した。
「……団長」
「フローラ嬢……」
好きな人に抱きしめられるのは、すごい。幸福感が身体中を駆けめぐる。
「…………団長……」
「ああ、フローラ嬢」
「団長、団長————…」
アルフォンス様を呼べば、私の名前を返してくれて。幸せで心がとろけてしまいそう。
前からアルフォンス様に治癒魔法を掛けながら鍛えられた体躯に見惚れていたから、最後の最後に、本当に最高の思い出ができた。私の人生の宝物。絶対に一生忘れない。ありがとうございます、アルフォンス様。
「団長——最後の最後に素敵な思い出をありがとうございました! これで実家に戻っても頑張れそうです」
「待て待て——」
笑顔でアルフォンス様にお礼を伝えたのに、再びアルフォンス様に抱きしめられている。もう少しお願いをさせてもらえるのだろうか。それなら遠慮なく憧れていたものをお願いしよう。
「あの、団長……頭なでなでもお追加で願いできたりしますか……?」
「な……っ! 頭、なでなで……だと」
「あっ……流石に撫でてもらうのは、だめですよね……」
「駄目なわけないだろう」
「ありがとうございます……っ! すぐに準備するので待っててください」
「準備……?」
アルフォンス様が不思議そうな表情を浮かべている間に、髪をひとつにまとめているバレッタを外した。パチン、と留め具の外れる音が微かに響き、髪がふわふわ広がる。
「なっ、なにを……!?」
手ぐしで軽く整えてアルフォンス様を見上げた。
「折角なので、しっかり堪能させてくださいね」
「あ、ああ……?」
準備が終わり、再びアルフォンス様の厚い胸板にもたれかかる。
「団長、よろしくお願いします!」
「あ、ああ……っ、では、フローラ嬢……撫でるぞ……っ」
「はいっ……っ!」
目をつむって待っていると、頭に触れる大きな手のひらを感じた。大切なものを扱うような優しい手つきに、幸福感が頭から全身に浸透していく。思わず小さなため息が漏れた。
「はあ、団長、幸せです……ずっと撫でてほしいくらいです……」
「俺もいつまでも撫でていたい……」
耳元に響く低くてあたたかい声。甘やかすような手つきと伝わる体温。ずっとこのままでいたいけど、これ以上は離れがたくなってしまう。アルフォンス様の背中に回していた腕を離して、厚い胸板をゆっくり押した。
「団長、今までお世話になりました。本当の恋人みたいなドキドキを堪能させていただきました。ありがとうございます」
「…………」
アルフォンス様を見ると眉をひそめて、なぜか泣きそうな顔をしている。
「フローラ嬢、どうしてそうなるんだ! 俺のことが好きなんじゃないのか? いや、告白は過去形だったよな……もう俺のことは好きじゃないのか?」
「……今も現在進行中で好きですよ?」
首をこてりと傾けてしまう。ときめきの過剰摂取をして、ますます好きになってしまった。こんなにアルフォンス様を摂取してしまって、この想いを過去形にするのには時間がどれだけかかるか心配になるくらい。
「そ、それなら! どうして俺を置いて実家に帰ろうとするんだ……っ! フローラ嬢がいなくなったら俺はどうしたらいいんだ! 俺が使いものにならなくなる未来しか見えないだろう……っ」
「ええ……と、団長。その言い方は駄目です。いくら身の丈をわかっているつもりの私だって勘違いしちゃいますよ?」
恋人のように抱きしめられて、私のことが好きだと言われたみたいで戸惑ってしまう。
「……フローラ嬢、どんな勘違いか聞かせてもらってもいいか?」
「……え、と。団長の言い方だと、団長が私のことを、好き、……みたいに聞こえてます……」
言葉にすると自惚れていると自覚して恥ずかしくなる。あまりの羞恥にアルフォンス様の視線から逃げるように目を逸らす。はあ、と大きなため息が頭上から聞こえる。
「フローラ嬢、それは勘違いではなく合っている」
「えっ……?」
「俺はフローラ嬢が好きだ。付き合ってほしい」
まっすぐな言葉に胸が締め付けられる。でも、それはダメ。
「ごめんなさい——団長のことは好きですけど、お付き合いは無理です」
「なぜだ? どうしてそうなるんだ?」
アルフォンス様の顔が曇る。
私は唇を噛む。身分差も、祖父の待つ実家も、私はアルフォンス様に相応しくない。
「団長は四大公爵家の嫡男で、私はただの末端貴族の娘です。それに、実家の祖父が治癒魔法師として田舎に住む人達を支えてきたけど、私がいないと続けられない。好きなだけじゃ、ダメなんです……」
「両想いになったばかりなのに、どうして俺は振られようとしているんだ……」
アルフォンス様の熱い視線に息を呑む。
「団長の気持ちは、本当に嬉しいです。でも——」
「フローラ嬢、待ってほしい!」
私の言葉を遮るようにアルフォンス様が一歩踏み出して、両手で私の肩を掴んだ。
「治癒魔法師を必ずお祖父様のところに派遣する。だから実家に戻るのは考え直してほしい」
「え……でも、派遣は難しいのでは……?」
「公爵家の力を使えば難しいことなんてない。フローラ嬢が俺のそばに居てくれるなら何でもする——だから、俺と一緒にいてほしい!」
真剣な想いに心臓が大きく跳ねる。アルフォンス様の言葉の意味にドキドキ胸が高鳴っていく。
「一緒に、って……?」
「フローラ嬢、俺と結婚してほしい」
真剣な青い瞳が私を射抜く。私は突然の言葉に驚いて目を見開いた。
「い、いや、団長、落ち着いてください! 身分差が大きすぎます。私、セレニテ子爵家の貧乏な娘で、マナーも何も——公爵家の迷惑になるだけです」
「身分差なんて、俺には関係ない。フローラ嬢がそばにいてくれるなら、それでいい」
「でも……それじゃ、団長が困ります……」
思わず声を小さくした。アルフォンス様が真剣な瞳で私を見つめる。
「なぜだ?」
「公爵家の名に傷がつきます。貴族の方々が、団長を見下す理由になってしまいます……」
アルフォンス様は静かに微笑む。
「フローラ嬢、俺とのことを前向きに考えてくれるなんて、なんて愛おしいんだ。公爵家は簡単に揺らがない。俺がフローラ嬢を守る、どんな目にも負けないから安心して」
「どうして、そこまで私を……?」
アルフォンス様のまっすぐな瞳が柔らかく細められる。
「初めて治療してくれた時、フローラ嬢の笑顔に心を奪われた。真剣に働く姿も、誰かを想う優しさも、全部好きだ。俺にはフローラ嬢しかいない」
そんな風に見ていてくれたなんて。胸が熱くなっていく。
「俺は、強面で不器用だがフローラ嬢を一生大切にする」
「……本当に実家へ治癒魔法師を派遣してくれるんですか?」
「約束する! 十人でも百人でもすぐにでも送ろう」
「流石にそんなには要りませんけど。私、マナーとか全然ダメですけど……?」
「そのままのフローラ嬢が好きだ。でも、必要なら、講師を何人でも呼ぼう」
「ご両親、反対しませんか?」
「絶対にない。両親には人であればいいから結婚しろと言われているくらいだ。フローラ嬢を紹介したら泣いて喜ぶと思う——もし反対されたら、俺が家を出る。公爵ではなくなるが、爵位も収入も自身で手に入れたものがある。フローラ嬢に苦労をさせるつもりはないから安心してほしい」
まっすぐな言葉に、頬が熱くなる。もう、逃げられない——ううん、逃げたくない。この気持ちに、素直になってもいいよね。
「……アルフォンス様」
逞しい胸にそっと顔を寄せれば、アルフォンス様の香りに優しく包まれる。
「……結婚、してください」
「——っ! 本当に?」
顔を上げると、期待で輝く青い瞳。
「本当です。よろしくお願いします」
アルフォンス様が満面の笑みを浮かべる。次の瞬間、軽々と抱き上げられ、くるくると回り始めた。
「フローラ嬢、ありがとう! 一生、離さないからな!」
笑い声が治療室に響き、私もつられて笑った——
❉ ❉ ❉
俺——アルフォンスは、騎士団長室の窓の向こうに広がる王宮の庭園に目を向ける。庭園は夕暮れの茜色に染まっていた。
「アルフォンスが婚約できて本当によかったよ。フローラに退職希望の話を聞かされた時は焦ったからな」
フローラ嬢と無事に婚約を結び終えた数日後、フローラ嬢の上司ケビンがやってきた。王宮治癒魔法師長という肩書きを持つコイツは、貴族学校の同級生で気さくに話せる数少ない友人。婚約祝いに開けた秘蔵のワインをケビンのグラスに注ぐと、葡萄の芳醇な香りが部屋に広がった。
「ああ、ケビンのおかげだ」
俺の背中に受けた魔物の傷は瘴気を孕んだ毒。まわりに感染することはないが、嫌悪の目を向けられることは多々ある。そんな中、フローラ嬢は最初から最後までただ傷が癒えるように、痛みが少なくなるように、と治癒魔法を掛けてくれた。それがどれだけ俺の癒しになったかフローラ嬢はわかっていない。あの笑顔にどれほど救われたことか。
強面で筋肉隆々とした俺は、男には慕われるが貴族令嬢から恐れられている。見合いも何十回も断られ続け、グレート公爵家の後継者は分家から養子を取ればいいと諦めていた時に出会ったのがフローラ嬢——俺の天使。
「いいさ。こちらもフローラに王宮治癒魔法師を辞められると困るからな」
「フローラ嬢の魔法操作はケビンにすら劣らないものな」
「ああ、魔法操作だけなら俺より上だろうな。初恋を拗らせたお前が、フローラが男の患者を診るだけで殺気を放つから、患者の選別が大変だったんだからな」
「……フローラの手が他の男に触れるなんて……考えるだけで無理だ……」
「はいはい、独占欲もほどほどにしないと嫌われると思うけどな」
「う、……肝に銘じる」
ケビンの呆れた顔から目を逸らし、グラスに入ったワインに口をつける。
「お前と結婚すればフローラは王族の治療も行えるようになるしな——フローラを王太子妃の出産特別チームに推薦しようと思ってる」
慣例では、伯爵家以下の者は王族の治療に関わることを許されていない。フローラの才能は認められているが、子爵令嬢という身分が阻んでいた。
「……もう伝えたのか?」
「まだだ。お前の意見を聞いてからにしようと思ってな」
「そうか——」
一瞬言葉を切り、ワイングラスを傾けた。微かな渋みが舌に広がる。
「診るのは主に王太子妃になるから患者を選別しなくても男を診る機会はさらに減るぞ——どうだ? 婚約者殿は、反対か?」
「…………」
本音を言えば、王宮治癒魔法師を辞めて家にいてほしい。だが、フローラ嬢は治癒魔法の才もあるし、なにより一生懸命取り組む姿に惚れたのだ。これからもフローラ嬢が望むようにしてやりたいが。
「………………条件がある」
「なんだ?」
「可能な限り男性患者をつけないなら……反対しない」
「わかった。任せろ、親友」
大笑いするケビンを見て、俺は無言でワインを飲み干した。
❉ ❉ ❉
治療室のカーテンを春のそよ風が揺らす。窓から差し込む柔らかな光が、壁の魔法紋様をキラキラ照らしている。
「団長、今日だけで四回目ですよ!」
私は腰に手を当て、アルフォンス様をじとっと睨む。手の甲が少し赤くなっているけど治癒魔法を掛けるほどではまったくない。
「うっ、フローラ嬢! これはな、騎士団の訓練で……傷に菌が入って感染症になるかもしれない……っ」
アルフォンス様が叱られた大型犬のように、しゅん、と小さくなった。青い瞳が何度もチラチラと私を窺う。
「すまない……。フローラ嬢は王太子妃の出産チームで忙しいから寂しくて来てしまった……ケビンに『治療室は遊び場じゃない』と怒られたのだが……」
「ケビン様の言う通りですよ。団長が何度も治療室に来ると私が怒られちゃうんですよ……?」
「なっ! そ、それは悪かった!」
「もうっ、今日だけですからね——傷を診せてください」
慌てるアルフォンス様がおかしくてクスッと笑ってしまう。治癒魔法ではなく患部に軟膏を優しく塗っていく。治療室の外では騎士たちの笑い声が遠く響いている。
「そういえば、祖父から手紙が届いたんです。治癒魔法師が来てくれたって喜んでました。ありがとうございます」
「フローラ嬢との約束だから当然だ!」
胸を張ったアルフォンス様から期待に満ちた瞳を向けられる。
「団長のおかげです。本当に感謝しています」
アルフォンス様の頬にキスを贈る。ちゅ、という可愛い音が治療室に響いて、目の前には真っ赤に染まったアルフォンス様。
「っ! フローラ嬢、好きだ好きだ好きだ——」
近づいてきたアルフォンス様の唇を両手で塞けば、青い瞳が哀愁に染まる。もう、本当に仕方がない人だ。でも、こんなアルフォンス様を可愛いと思ってしまう。
「今日は定時に上がるようにケビン様に言われてます。この続きはお仕事が終わってから沢山したいな——アルフォンス様、だめ?」
「だ、駄目なわけない! 仕事をさっさと片付けて、フローラ嬢を定時に迎えに来る」
「はい、待ってますね」
「あ、ああ! フローラ嬢、愛してる!」
大きな声で愛を叫んだアルフォンス様は、騎士団の職場に走っていく。背中が見えなくなるまで見送ってから、アルフォンス様の瞳と同じ色の婚約指輪を愛おしく撫でた。
アルフォンス様との結婚式まであと少し——
おしまい
読んでいただき、ありがとうございました!
こちらの作品は、柴野いずみ様の身分差逆転アンソロジーに寄稿していたものを改稿したものです(旧タイトルは『私の片思いは、騎士団長の熱愛に捕まる』)
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