聖女のお仕事は、慈善事業じゃありません
先月の大雨で、土砂や川の氾濫で家屋も半分以上が流されている。数日経った今も、空は灰色にぬられ暗く、道端には死者かわからぬ怪我人が多数横たわっている。皆一様に薄汚れ疲労の色が濃い。
幸いだったのが、片田舎で人が少なく人的被害が抑えられたことだろうか。
その中に、場違いなほど白い衣を身につけた少女が馬車から降り立った。少女が怪我人へと駆け寄り天へと手を伸ばす。
「可哀想に、今助けます。主の奇跡を傷つき苦しむもの皆に!!」
分厚い雲の隙間から光が差し込み、人々を包み込む。
「痛みが消えていく。目が見える!」
「傷が塞がっていく!」
「なくなった足が生えた!奇跡だ!」
光がやむと、人々は喜びの声をあげた。失ったはずの視力や足が戻ったからだ。
少女は、大きく息を吐き口角を上げる。
その時、女が走り寄ってきた。
「聖女様、私の子が、私の子がまだ元気がないの。お願い、助けて!」
女の腕に抱かれた赤子は頭の半分が陥没し、残された瞳は何も映しておらず、手足はどす黒く変色している。
「その子は、もう‥」
「聖女様、この子は生きているわ。だから、奇跡を!もう一度、ご慈悲を!!」
「それ以上は、いけません。聖女様はお疲れです。」
司祭が会話を遮るように止めに入る。
「そんな!!」
「…その子どもが本当に大切ですか?」
静かな声で聖女は、女に語りかけた。
「もちろんよ!私の命よりもずっと大切なの!!」
「わかりました。その言葉を信じます。どんな姿でも愛してあげてくださいね」
「当たり前よ。我が子だもの!」
聖女は、満面の笑みを浮かべた。それは、親心への賞賛か無知の者への嘲笑か。まだ、誰もわからない。
女は、表情の変化に気づくことなく、司祭を押し退け聖女へと縋りついた。彼女の纏う清廉さを表したような白い衣が、赤子の血により染め上げられていく。
「それでは、祈りましょう」
「聖女様?!」
「ありがとうございます」
「主の奇跡を、この乳飲み子に!!」
司祭の止めることを聞かず、聖女は奇跡を謳う。目も眩むほどの閃光が赤子を包んだ。
光が収まると、子どもの頭は丸みを取り戻し手足をばたつかせた。
「うきゃあ!」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます」
女は子を抱え、泣きながらお礼を述べる。
「よかったです」
聖女はにっこりと笑顔を貼り付け、馬車へと踵を返した。
馬車の中、聖女と司祭は向き合う。
司祭は眉を顰め聖女に問うた。
「なぜ、あの赤子を生き返らせたのですか?」
「あら、忘れてしまった?ここに来たのも、中央教会による死者復活を完全なものとする為の練習台じゃない」
「しかし、あの幼子は半分以上頭が潰れ死亡していました。正常な復活は不可能ではないですか?今までの結果から理性を無くした化け物にしかならないのは、ご存知ですよね。」
「お優しいことね。でも、言っていたじゃない?私の命より大切な我が子って。もしかしたら、母の愛とやらで化け物にならないかもよ。うふふ。」
「…」
翌朝、頭が大きく膨れ上がった肉塊が萎びた死体の傍で泣いていた。手足の成長が充分ではなく頭部の過度な肥大により移動が困難だった為に犠牲は1人済んだ。
この子どもだった者は、秘密裏に処理され、教会の管理下に置かれることになった。
帰りの馬車で、聖女は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「よかったわね。子どもが元気で」
そして、手元の羊皮紙に【実験結果:母性による制御不可 頭部・四肢半数以上損壊も直後に再生 打撃・斬撃は効果なし 軍事利用 要検討】と書き連ねた。




