表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

もう一つの私。

作者:
掲載日:2026/05/13

境界は、とても曖昧。


見えないのに。


感触は残り続けて、


いつも触れているように、感じることができる——


気がつくと、私は白い場所にいた。


ここ、どこ……。

部屋なのか、外なのかもわからない。


これは、夢?


わからない。部屋なら壁があるはず。

私は、とりあえず歩いてみた。


音もなく、臭いもなく、人の気配もしない。

どこまで歩いても、何もない。


私は、やっぱり……死んだの?


「死んでないよ。」


突然後ろから――ちがう、前から?

キョロキョロと周りを見回す。


「誰?ここはどこなの?あなたが私を連れてきたの?」


私はまだ姿さえ確認できない誰かに、

誰かと繋がりたい一心で、語りかける。


「大丈夫、ここは怖い場所じゃないよ。」

「わぁっ!」


突然の人の気配と、すぐ近くで聞こえてきた人の声に驚いて声を上げる。


「びっくりしたぁ……って、ちょっと待って、え、私の……」


子供の頃の、私……?


私は声の主の正体を見て、声の出し方を忘れたみたいに言葉を失う。

彼女をじっと見つめながら、状況を把握する糸口を探す。


この白い景色に溶け込むように、白いワンピース姿で存在していた。

長く綺麗な髪が、違和感を感じさせる。


「ここは、私とあなたが一緒にいられる唯一の場所。」


「一緒にいられる場所……。」


「今はその瞬間、というだけ。」


「どういうこと?」


「私は……先に進めなかった、あなた。」


進めなかった?


この子は、私が子供の頃の……。


あ……それって……。


「ここは、どこなの?」


「こんなふうに私たちがこの場所にいる理由は、

私にもわからない。


でも、あなたがここに来るまでのことは知ってる。

記憶を、見てたから。


ずっと、見てたの。


未来のことなのに、まるで……思い出みたいに。」


「……そう。」


だから……子供の頃の、あの頃の……。


「ただ私は……あなたに死んでほしくなかった。


だって、あなたは私だから。」


記憶を辿る——。


私は子供の頃、階段から転落し、植物状態になるほどの大怪我を負った。


目を覚ましたとき、


「……お母さん?」

「はぁ……よかっ……た。本当に……。」


母が涙を流していたのは、奇跡が起きたから。


でも、その奇跡が霞むほど、

それからの時間は、重かった。


「お母さん、おかえりなさい。」

「……ただいま。」

「一緒にご飯……」


バタンっ。


締められた扉の音に、静かに緊張が滲んでいく。


早く、大人になりたい。


そんなふうに思った。


家族にとって長い入院は、

大きな奇跡、長く重い負担を、

一緒に残していった。


目を覚ましたことが、奇跡だった。

それだけ……。


それでも、あの涙は、奇跡が起きたから。


そう、信じたかった。


結局、私が目を覚ましてから数年後に、両親は離婚してしまった。


中学に入るまでは、

” 生き延びた意味 ”を真剣に考えるほど、

自分の存在の意味も、わからなくなっていた。


高校に入ると、環境が変わったこと、少し大人になって、

自由ができたこと……やっと、自分に戻れた。

そんな感覚だった。


家庭教育支援員になるため、大学に行くことを決めた。


あの時間に、意味が欲しかったから。


この場所で目を覚ます直前は、大学の入学式の日。


大学に向かう途中、

車に轢かれそうになっていた子供を助けようとしていた。――


覚えているのは、そこまで。


この子は、未来がなくなってしまった私……。


私は、ここまで進んでしまった……。


どちらの方が……なんて、私にはわからない。


「……あなたは、私を恨んでないの?

私はまた生きて、先に進もうとしてる。」


彼女は、少し俯いたように、優しい目をして私を見た。


子供とは思えないような、複雑な表情で。


「言ったでしょ。

あなたの記憶は、私にも残ってるの。だから、全部知ってる。」


「……。」


「……夢を叶えてほしい。」


「夢……。」

そんなに綺麗なものなのかな。


「あなたと……私のために。」


そっと語りかけるみたいに、優しい声。


彼女は、この何もない白い空間で、一人、

私の記憶と過ごしてきた。


見た目は子供でも、心はきっと、私と同じように。

ずっと隣で、歩いているみたいに。


「……でも、どうやってここから出るの? 入学式にも間に合わない。」


「大丈夫。ついて来て。」

彼女の後について歩いていくと、そこには白い扉があった。


「着いたよ。

あなたが、この扉を開けたら、大学の入学式の前の日にいる。

入学式の日は、少し早く家を出てね。」


「……ありがとう。でも、あなたは……。」


「私は……あなた。

ちゃんと、届くから。」


そう言って、彼女は子供らしい、可愛い笑顔で笑った。


「ちょっと待って。後ろ向いて。」

私は、服のポケットからヘアゴムを手に取って、彼女の髪を一つに束ねた。


彼女の髪を触った時、温度を感じなかった。

髪の感触は、感じることができるのに。


そして、私はもう一本あったヘアゴムで、自分の髪を束ねる。


「これで、一緒。」


「……うれしい。」


少し恥ずかしそうに、束ねたゴムに触れる。

小さな手で、確かめるように。


「本当に、ありがとう。」


その言葉以外は、嘘みたいになってしまう。


扉を開けたら、

この夢とも現実ともよくわからない出来事が、終わる。


声はまだ幼くて、

話し方は子供とは思えないフラットな、抑揚のない話し方。


表情は、冷たい感じがするのに、どこか優しい。

笑顔は無邪気で、少し大人びた女の子。


彼女は、私であって、私ではない。

私を感じて生きる、女の子。


「さようなら。幸せになってね。」


私は結んだ髪に、触れた。

「私、あなたを――止まってしまった私のこと、忘れない。」


すると彼女も髪に触れて、優しく笑った。


あなたに、幸せな人生の記憶を、

きっと、届けられますように。


この場所が少しでも、あたたかいものであってほしい。

私にとっての、あなたのように。


私は、扉を開ける。


——まだ続く、私のこれからへと、続く扉を。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ