第2部5話 守るための衝動
バンッ!と蓮が机を叩いた。
「だ、か、ら!!屋敷こんなんされて、何で黙ってなきゃなんねぇんだよ!あの花壇の花、アイツが大切に自分で育てたんだよ!あーやっぱり、乗り込む!乗り込んでぶち殺してやる!」
蓮の目がギラギラとしている。
九条家執事、神楽坂の襲撃に激高している。
傷の手当てを受けながら蒼真は冷静さを失っている蓮を見ていた。
ブチ切れている蓮の話を天音と橘は静かに聞いていた。
「天音さんが動かないなら、俺1人でも行って、ぶっ壊す」
依然、激高している蓮。
そんな蓮を見かねて橘が動いた。
「蓮、ちょっと外で話そう」
橘は蓮の腕を掴み、部屋の外へ連れ出そうとする。
「ふざけんなッ!離せよッ!!!」
蓮は橘の腕を振り払おうともがくが、敵わず連れ出されて行く。
「あいつ、頭に血ぃ登りすぎだろ」
ははっと蒼真が笑う。
「君は異論はないと?」
天音も少し笑っている。
「そりゃぁ、仕返ししたいけど…一ノ瀬家と九条家の関係考えたらまずいだろ。…あの気取った令嬢も居るしよ」
「その通りだね」
神楽坂の襲撃理由がどうも、陽葵では無い気がしていた蒼真。
拐う様子はなく、殺そうとする様子でもなかった。
どちらかと言うと相変わらず、俺たちを試す様な…。
陽葵が狙いでないとなると、令嬢がいる九条家に乗り込むのは得策ではないし、俺たちの乗り込む意味も特にない。
— 一ノ瀬邸 庭
カチッ。シュボッとライターの火がつく。
橘は口に咥えたタバコに火をつけひと吸いすると、蓮へライターを渡す。
未だイライラしている蓮だったが、素直にライターを受け取ると、自分もタバコに火をつけ、ひと吸いする。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「…すんません」
蓮は少し落ち着きを取り戻し、橘へ謝りを入れた。
「分かったなら、いい。…お前のそんなイライラしてるのは久しぶりに見たよ」
ははっと橘さんは笑う。
確かに取り乱しすぎた。
後で反省文、書こう…。
「で、神楽坂の目的は?」
「…目的は分かりません。でも、陽葵と言うより蒼真を狙って来たような気もします。裏門に橘さんが辿り着けた事と陽葵を襲ってくる敵が居なかったこと…こちらの戦力を削ぐような感じがしました」
1拍、間を開けて蓮は橘に聞いた。
「橘さんは力の事、知ってますか?」
天音さんから聞いた力の話。
橘さんはどこまで知っているんだ?
「ああ、知ってるよ。…ただ、俺から話す事ではなかったからな。橘の家は代々、神代久遠家とは主従関係だから力の事は知っていたが全ては知らなかった」
蓮は、なるほど…と思った。
黒影の襲撃の際に橘さんに説明を求めても、何故、陽葵が守護対象だったのか教えてくれなかったのか。
「力と九条家からの攻撃は関係してると思いますか?」
静かに蓮は聞いた。
橘はタバコをひと吸いし、少し何かを考えてから口を開いた。
「多分、ある。が、確定かは分からない」
「そうですか…」
いつの間にか日が傾きかけていた。
蒼真の手当ては終わっただろうか…。
奏は病院に運ばれたが…大丈夫だろうか。
陽葵は部屋で休むと話していた。
怖い思いをさせてしまった。
そろそろ戻ろうと橘さんに促され、部屋へと向かった。
一ノ瀬邸内
「天音…九条家の目的って何だ?」
神楽坂との戦いの後、陽葵の方に敵が現れなかったと聞いた。
俺は陽葵の力が狙われていると思った。
でも、神楽坂は俺を確実に殺そうと攻撃をしていた。
あの時…蓮が来なければ俺はあそこで死んでいた。
覚悟は出来てるけど、こんな所で死ぬわけにはいかない。
「…力、でしょうね」
「でもさ、陽葵の力を狙ってる感じじゃないんだよ。なんか、俺を狙ってる気がするんだ」
天音は目を閉じ、少しの沈黙の後、口を開いた。
「神代久遠家の先祖は神の守護をしていたと言われています。その時に神より授かった力が今も引き継がれ、守る力となっています」
なるほど陽葵が話していた、神の末裔なんて噂もそこからか。
「そして、力は分家へも引き継がれています。だが、壊す力を使う家も現れだした。九条家はその筆頭とも言えますね。…そして、神代久遠家は直系の為…力の制御の役割も担っているんですよ」
天音はまっすぐに俺の目を見た。
「あの日、君が語った答えが正しくも間違ってもいないのは、そういう事です」
「そして神代久遠家の直系のみ、守る対象を失った時、力は変質し全てを見通す力となるんです」
部屋の空気が、僅かに張り詰めた。
「……そういう事かよ」
だから、天音はいつも誰も特定出来ない物や場所が分かるのか…。
天音の守る対象…母さんか。
あれだけ悩んだ俺の覚悟も最初から分かっていたのだろうか。
「制御の役割の神代久遠家、現状最後の直系の君を狙って来るのは必然かもしれませんね」
ただ…と天音は話し続ける。
「一ノ瀬家は九条家と並ぶ名家となっています。陽葵さんを狙っていないとも言えません。一ノ瀬家がなくなる事は九条家にはメリットでしょう。力のこともですが、この国の政治、経済、一ノ瀬の名のつくものを九条家が乗っ取ろうとしている可能性もありますからね」
蒼真は天音の話をそこまで聞くと、めんどくせぇ。と吐き捨てた。
「お家がどうとか、関係ない。答えはシンプルだ。俺は陽葵を守る」
蒼真の目には覚悟の光が宿っていた。
2人の話が終わるとタイミングよく橘と蓮が戻ってきた。
部屋に入るや否や、蓮はすぐさま天音へ頭を下げた。
「先程は、冷静さをかき、あの様な物言いをしてしまい、大変失礼致しました。どのような処分も受け入れます」
そう言う連に暖かな視線を向け、天音は口を開いた。
「まずは頭をあげてください。蓮、君の陽葵さんを大切にする、守るという気持ちなのはわかっています。処分などありません…いや、やっぱりマヨネーズ禁止にしますか」
天音は笑顔でそう告げた。
マヨネーズ禁止を告げられた連は、この世の終わりの様な顔をし、マヨ…マヨが….。とブツブツ言っている。
「嘘です」
サラッと天音が言うと、蓮はほっとしたようだ。
「さて、これから奏の様子を見に行くから、今日は帰るな。敵もさすがに昼来て、夜もと言うことはないだろう」
橘さんの言う通りだろう。
敵の主力、神楽坂が負傷している。
恐らく今夜、再び襲撃してくる事はないだろう。
天音と橘さんが去った部屋に俺と蓮はしばらく何も話さずにいた。
蓮はきっと、先に走っていった俺を怒っているはずだ。
謝ったらいいのか…それとも助けられた事の礼を言うべきか悩む。
どうしたものかと思い悩んでいると蓮が口を開いた。
「先走んなよ」
―ああ…やっぱり、怒ってる。
「お前が居なくなったら困るんだよ。陽葵が泣くだろ」
その一言で蒼真は気づいてしまった。
蓮も陽葵の事が好きだ。
俺の陽葵への気持ちはきっと知らない。
陽葵が俺を好きかどうかも分からない。
でも、俺が惚れてる女を泣かすんじゃねぇって意味だ。
蓮はきっと執事という立場上、陽葵に想いを伝える事はしないだろうし、俺に言う事もないだろう。
蓮はクソ真面目で、不器用だから…。
蒼真は少し間を空けて
「…ありがとう」
とだけ伝えた。
助けに来てくれたこと。
蓮も蒼真と同じく、陽葵を想ってくれていること。
2つの事への言葉だった。




