第2部4話 交差する刃
「…眠い」
蓮は休憩のタバコを吸いながら呟いた。
暖かい日差しのせいだろうか。
珍しく、蒼真がやる気を出し、陽葵とキッチンでケーキを作っている。
陽葵の楽しそうな声が聞こえてくる。
ここのところ、やけに蒼真と陽葵の距離が近い気がする。
「お前はダメ。マヨネーズはケーキに入れねぇ」
とキッチンから追い出されてしまった。
いや、マヨネーズは入れるんじゃない。
かけるんだ、デコレーションだ。
先ほどのやり取りを思い出しながら、ここ最近は平和だな。
と、蓮は肩の力が抜け、そのまま眠ってしまった。
いつものように母を馬鹿にして笑っているのが、
どうしても許せない奴らを叩きのめした時だった。
「すげぇな。これ全員、お前がやったのか?」
背後から感心したような声が聞こえる。
「関係ねぇだろ」
と俺は吐き捨てた。
「ああ、関係はないぞ。だが…お前のその強さは気に入った」
まっすぐな逃げ場のない瞳でその人は立っていた。
「なぁどうだ?お前のその強さ、もっと強くして守るために使わねぇか?」
一歩、その人は俺に近づく。
もっと強く…?
「お前、名前は?」
「…蓮、…黒瀬蓮」
ニカッとその人は笑う。
「蓮かぁ!良い名だ!花言葉にすると、清らかな心か」
うんうんっと頷き、その人はまた口を開いた。
「俺は橘。橘大和ってぇもんだ。本物の強さが知りたきゃ、明日のこの時間、またここに来い」
そういうと橘と名乗ったその人は夕闇に向かって去っていった。
その背中を、俺はただ見ていた。
翌日、再び俺は同じ時間、同じ場所にいた。
橘と名乗った男はすでに来ていたようだ。
「おう、来たな」
「教えろよ。強さと守るってことをよ」
また、橘はニカッと笑った。
ーーー摘み取った花を握りしめ、不安そうな顔をした少女が見えた。
橘さんの車から降り、豪華などでかい建物の門の前に立った時だ。
執事会 結誓連盟 執事見習所へと俺は橘さんに連れられてきていた。
正直、執事って…と思ったが、まぁとにかくこの人に着いていくと決めたのだから
文句は言わずに着いてきた。
そんな時に見かけた、不安そうなその少女の顔が母と重なった。
「…お前、なんで泣きそうなの?」
ふいに声を掛けた。
え?と少女は俺を見つめた。
「なんか、怖いのか?」
少女の目は驚いたように見開かれている。
何も喋らず、俺をじっと見つめる。
ドクンッと心臓が高鳴った。
「俺が、守ろうか…ーーーいや、守る…」
母と重なったからなのかは分からない。
ただ、この子を放っておいてはいけない。
そう直感した。
少女の見開かれた目がきらきらと輝いた。
「うんっ」
力強く、少女は答えた。
「ねぇ、蓮、寝てるのかな?」
「あいつが寝てるなんて…あ、ほんとだ」
ケーキを作り終えた蒼真と陽葵が蓮の様子を見に来た。
蓮はすやすやと寝息を立てている。
その寝顔はとても優しい表情だ。
「折角、蓮の分も作ったのにね」
陽葵が残念そうに呟く。
「顔面ケーキで起こすか」
蒼真がまたふざけようとしている。
そんなことをしたら蓮に怒られると分かっているのに、
蒼真はケーキを持ち上げ蓮の顔へ投げつけようとしている。
「寝かせといてあげようよ。だって…すごく幸せそう」
優しい風吹いて蓮の髪をなびかせた。
そんな暖かい日差しと優しい風の中。
ーーードォォォンッ!!
静寂と日常を打ち破る轟音が鳴り響いた。
バッと蒼真は音の方を向く。
屋敷の門周辺で煙が上がっている。
瞬間、蓮も起き上がる。
「蓮、陽葵の傍にいろよ」
そういうと蒼真は門へ駆け出した。
「おい!蒼真!!」
呼び止める蓮の声は蒼真に届いていなかった。
突然の轟音に体が動かない陽葵。
震えている。
陽葵を放っていくわけにはいかない。
蒼真を追いかけ、動こうとした足を止めた。
でも、追いつけない。
「蒼真…」
あんなに突っ走る奴じゃない…。
なんだ?最近の蒼真の行動には違和感がある。
だが…ここは門に近い。もう少し離れなければ…。
「奥に行こう」
震える陽葵の肩を抱き、安全な場所を目指した。
キィンッ!と刃の重なる音が蒼真の耳に届く。
すでに連盟の見張り達が戦闘に入っている。
奏が先陣を切って戦っている。
「奏!状況!」
敵の攻撃を避けながら、蒼真は奏へ確認をする。
「敵、多数。火器あり。戦況、やや不利。…けどあんたがいたら話は別」
「ああ、そう」
それだけ聞くと、蒼真は刃を手にし、敵へ切りかかる。
その瞬間、他の者達と交戦していた敵が一気に蒼真へと目標を変え切りかかってくる。
蒼真が敵に囲まれる。が、その瞬間、敵は1人、また1人と吹き飛ばされていく。
「かかって来いよ、3流共」
ニッと笑いながら鋭く、蒼真は呟いた。
一ノ瀬邸 裏門
蓮が陽葵の手を引き、裏門に到着していた。
陽葵はまだ震えていた。
「大丈夫だ」
穏やかに蓮が言う。
その言葉で陽葵の震えが止まった。
その時だ、連絡を受けたであろう橘さんの車が近づくのが見えた。
「蓮、何があった!」
車を止めるとすぐに橘さんが降りて詰め寄る。
「俺も分からない。…九条家の襲撃じゃないか、とは思う…神楽坂が1度、偵察に来てる…」
そこで蓮はハッとする。
このまま、蒼真だけに戦わせて、敵の数も分からない、そんな中、神楽坂が現れたら?
「橘さん、陽葵を頼む!蒼真が心配だ!」
「お、おい!」
蓮は蒼真の元へ駆け出した。
簡単にやられる蒼真じゃない事は分かってる。
でも、違和感が何かあると胸をざわつかせる。
「奏、まだやれる?」
肩で息をしながら、蒼真が問いかける。
「まあ…左腕は上がりませんけど」
やれます。と奏は即答する。
見張りの部隊の半数がやられていた。
敵の数は圧倒的にこちらより多い。
奏はつい先程、左腕を撃たれ、負傷している。
かなりの出血だ。
この状況をなんとか打開せねばいけない。
「ほとんど、あなた達2人にやられましたか。まぁ当然ですね」
敵の奥から、神楽坂が現れた。
「おや、黒瀬さんじゃありませんね」
神楽坂は目を細めると蒼真へ鋭い視線を送る。
一瞬だった。
ビュッと空気を切り裂き、神楽坂の刃が蒼真に向かってくる。
蒼真はギリギリで攻撃を交わすと神楽坂へ切りかかるがひらりと交わされた。
キンッ!と刃が合わさっては離れる音が響く。
奏でも目で追えないスピードだ。
一撃
二激
三激
と神楽坂から刃が畳み掛けるように蒼真を襲う。
四撃目、蒼真が一瞬、フラつき隙が出来た。
そこへ神楽坂は躊躇なく切り込む。
「…ッ!」
神楽坂の刃は、蒼真の肩へと突き刺さる。
そのまま、神楽坂は蒼真を蹴りあげ、後方へと吹っ飛ばした。
「蒼真さん!」
奏は駆け出そうとするが、肩の痛みで思うように体が動かない。
「大した事ないな。神代の子息は」
神楽坂はそう言うと蒼真へ刃を振り下ろした。
—ガキンッ!
蒼真と神楽坂の刃の間で、刃のかさなる音が響いた。
蒼真は目を大きく見開いた。
目の前には蓮の背中があった。
「だから、突っ走り過ぎなんだよ、お前は」
タバコに火をつけながら、蓮が呟く。
ふぅーとひと吸いすると、蓮は神楽坂を見据えた。
「お嬢様の1番のお気に入りの花が咲くこの門前をこんなに荒らしやがって」
「神楽坂、タダで済むと思うなよ?」
蓮はタバコを咥えたまま、静かに神楽坂を見据えた。
「……おや」
神楽坂がわずかに目を細める。
「黒瀬さんでしたか。これは失礼しました」
軽く頭を下げる仕草すら、どこか余裕がある。
次の瞬間だった。
ビュッ――!
空気を切り裂く音と共に、神楽坂の刃が蓮へと襲いかかる。
キィンッ!
蓮はそれをギリギリで受け止めた。
重い。
速い。
そして、迷いがない。
(……速ぇな)
一撃、二撃、三撃。
神楽坂の刃は途切れることなく蓮へと襲いかかる。
受けるだけで精一杯だ。
だが――
(見える)
わずかな癖、踏み込みのリズム。
蓮は一歩だけ踏み込んだ。
ガキンッ!
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
「ほう……」
神楽坂の口元がわずかに歪む。
「防ぐだけではない、と」
「当たり前だろ」
吐き捨てるように言いながら、蓮は刃を振るう。
しかし――
ヒュンッ
その一撃は、空を切った。
「甘いですね」
神楽坂の刃が、横から迫る。
「ッ!」
受けきれない。
そう思った瞬間――
ガキンッ!!
別の刃が、その一撃を弾いた。
「…俺を忘れちゃ、困るぜ」
蒼真だった。
肩から血を流しながら、それでも笑っている。
「遅ぇよ」
蓮が吐き捨てる。
「悪ぃな」
蒼真は軽く肩を回した。
神楽坂は2人を見据え、わずかに息を吐いた。
「……なるほど。面白い」
次の瞬間、神楽坂が踏み込む。
速い。
さっきよりも、さらに。
「チッ……!」
蓮が刃を受け止める。
重い一撃。
腕に響く。
だが、その瞬間――
「そこだ」
蒼真が踏み込んだ。
神楽坂の視線が一瞬だけズレる。
その隙を、蓮は逃さなかった。
「はぁっ!!」
全力で刃を振り抜く。
神楽坂が受け止める。
その瞬間――
「終わりだ」
蒼真の一撃が叩き込まれる。
ガァンッ!!
鈍い音が響いた。
神楽坂の体が後方へと吹き飛ぶ。
地面を滑り、片膝をつく。
ぽたり、と血が地面に落ちた。
「……これは、想定以上ですね」
神楽坂は口元の血を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
その目は、まだ死んでいない。
むしろ――
楽しんでいるようにすら見えた。
「本日はここまでにしておきましょう」
くすり、と笑う。
「次は――」
一瞬、蒼真へ視線を向けた。
「きちんと仕留めに来ます」
そう言い残し、神楽坂は闇の中へと姿を消した。
静寂が戻る。
「……逃がしたか」
蒼真が小さく呟く。
「いや」
蓮はタバコの煙を吐きながら言った。
「十分だろ」
2人の視線が交わる。
言葉はいらない。
それだけで、分かる。
――勝ったわけじゃない。
だが、負けてもいない。




