【ジェームズ視点】世界が死に絶えるその瞬間、俺たちは土の匂いを嗅いだ
あの日、世界は一度、「終わった」はずだった。
のちに歴史家たちは、この日を人類史の転換点、あるいは「再生の黎明」と呼ぶことになるだろう。
だが、その渦中にいた者たちにとって、それはただ逃れようのない「死」が物理的な質量を持って押し寄せてくる、絶望の数時間でしかなかった。
†
土曜日。
その日は、平穏な週末の朝として始まるはずだった。
しかし、グリニッジ標準時で金曜深夜の23時47分。
日本時間にして土曜日の午前8時47分、世界の平穏は音を立てて砕け散った。
スイス、WDA(世界ダンジョン協会)の本部管制室。
地下200メートルの静寂は、一瞬にして絶叫へと塗り替えられた。
壁一面を埋め尽くす各ダンジョンを観測する数百のモニターが、一斉に、異常を告げる鮮烈な赤色に染まる。
全世界に張り巡らされた「空間振動計」の針は、物理的な限界を超えて振り切れ、制御盤からは青白い火花が散った。
緊急招集のアラート。
それは人類の頂点に君臨する「十傑」を含む、S級覚醒者以上たちを叩き起こした。
『全SS級、十傑、即時出動願い。配置完了まで6時間以内』
通常、ダンジョンの暴走とは地域ごとの孤立した現象であるはずだった。
だが、今回は違った。
「共鳴している……地球上のゲートが、1つの意思を持っているかのように拍動しているぞ!」
「アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ、全セクターで崩壊速度が通常の10倍を突破! 今まで見たことのない現象です!」
地球という1つの生命体が、内側から一気に腐り落ちるような、「全ダンジョン一斉暴走」という前代未聞の事態が、いまこの星の全座標で同時に発生していた。
何かが出来るわけではないかもしれない、それでもS級以上のスキル覚醒者たちが一斉に出動命令を受け現場へと駆け出す。
世界ランク1位、ジェームズ・ホーク。
彼が向かったのは、人類に残された最悪の未踏地。
超特級ダンジョン――『ゼロ・グリーンランド』であった。
†
† グリーンランド:氷点下40度 †
そこはもはや、風景ですらなかった。
北緯70度、標高3000メートルの永久凍土。
かつて白銀に輝いていた氷河は、魔力侵食という名の壊疽によって無残な灰色へと塗り潰されている。
氷が、砂になっていた。
1歩踏み出すたびに、大地がボロボロと音もなく崩れ落ちる。
風に舞うのは雪ではない。
空間そのものが壊死し、崩落した「世界の残骸」だ。
ここはとてもじゃないが、真実を知らない視聴者に映せるような状況ではない。
あるのは鼓膜を直接研磨剤で削られるような、暴力的な「空間の悲鳴」だけだ。
「……ッ、ガアアアアッ!」
ジェームズ・ホークが咆哮する。
背後に展開された、歪んだ「黄金の重環」が、空間を軋ませながら高速回転していた。
「綻び」から這い出てくる「虚無の獣」たちを消しても消しても無数に増え続ける。
このダンジョンは相性が悪すぎる。
ジェームズが空間を固定しようと出力を上げるたび、その激しすぎる振動波が、脆くなった空間のヒビを逆に押し広げてしまう。
空間の死骸がバグのように形を成した、輪郭の定まらない異形。
1匹が、死角からジェームズの喉元へ跳ねる。
「――無粋ね。世界ランク1位が、こんなところで首を落とすなんて」
その瞬間。
荒れ果てた灰色の世界に、場違いなほど神々しい女神が舞い降りた。
世界ランク7位、レイチェル・アークライト。
彼女が前へ踏み出すと、背後に浮かぶ幾何学模様の光輪が、視神経を焼くほどの白光を放つ。
金糸を編み込んだようなプラチナブロンドが風に舞い、透き通るような白磁の肌は、極寒のなかでさえ美しさを損ねない。
その瞳は深い慈愛に満ちているように見え、一瞥するだけで「救済」を確信させるほどの圧倒的な聖母的ビジュアル。
「《聖域の断絶》」
レイチェルが虚空を指先でなぞると、そこには「世界」と「終焉」を分かつ物理的な壁が出現した。
あんなにも増え続けていた裂け目からのモンスターたちの出現がピタッと止まった。
「ジェームズ、私の『断絶』の内側で魔物の残党狩りに専念して。あなたのスキルはこの場所と相性最悪よ」
レイチェルは饒舌に、そして優雅に微笑んでみせる。
能力の代償として「感情」が麻痺し、もはや何をしても心が動かない。
人々を安心させるためのその饒舌さは、今や彼女が人間らしく振る舞うための「演技」に過ぎなかった。
†
一瞬、嵐が止んだ。死に物狂いの均衡がもたらした、束の間の、あまりに脆い安堵。
だが、隣で肩を揺らすジェームズの瞳が、驚愕に凍り付く。
「――ッ、しまっ……!」
二人の頭上で、世界の皮膜が「ピキリ」と、乾いた音を立てて爆ぜた。
「結界が足りていない!」
ジェームズの悲鳴が、無人の戦場に虚しく響く。レイチェルが指先を血に染めて結界を編み上げる速度より、空間の亀裂が走る速度の方が圧倒的に速い。 彼女が必死に繋ぎ止める端から、世界がボロボロと剥がれ落ちていく。
「来るぞ! モンスターの『大津波』だ!!」
逃げ場など、どこにもない。ジェームズが喉を潰さんばかりに叫び、泥を噛むように大地へ掌を叩きつける。
《万象の共鳴》
レイチェルの結界の外側、荒れ狂う空間の濁流を、彼は自らの命を薪にして力技で相殺する。だが、直後に押し寄せた本震は、彼の計算を嘲笑う規模で牙を剥いた。逆位相の振動を叩き込むコンマ数秒の猶予すら、絶望は与えてくれない。
「ッ、……がはっ……ぁ……!」
衝撃。内臓がひっくり返るような圧。ジェームズの巨躯が、紙屑のように岩壁へと叩きつけられる。
破壊こそが本質の男と、拒絶こそが本質の女。
たった二人の英雄が、互いの寿命を削り、泥を啜り、血を吐き散らしながら、ただ「世界の終わり」を数秒、たった数秒先延ばしにするためだけに、その魂を燃やし尽くす。
助けは来ない。目撃者すら、もういない。
どれほどの神速の美技も、星を砕く破壊の奔流も、積み上がる絶望の前では「無」に等しい。
零れ落ちた砂時計の砂を、再び氷河へと戻す術を人類は持たない。
物理法則が、因果律が、足元から音を立てて崩落していく。
二人の英雄は、ただ、敗北という名の永遠の静寂が訪れるその瞬間まで、無意味だと知りながら、震える手で崩壊を押し留めることしかできなかった。
†
「……音すら、死んでいく」
レイチェルが、結界から力なく手を解いた。
空間そのものが「音」を伝える媒体であることを拒否し始めたのだ。物理的な理が壊れゆく、心臓が止まるような無音。
「……ダメね。これ以上の《断絶》は……逆に、世界の綻びを加速させるだけだわ」
彼女の声はどこまでも透き通って、そして絶望的だった。
救おうと伸ばした手が、死にゆく理をさらに深く、残酷に引き裂いていく。現代魔術理論の最高峰に位置する彼女の技でさえ、いまや死にゆく空間にとっては、その生存を阻害する「劇薬」でしかなかった。
その時、ジェームズの胸元で、管理局直通の緊急端末が血を吐くようなアラートを撒き散らした。
音が死滅しつつある極限の静寂を切り裂く、この世で唯一の、そして無慈悲な異音。
『――緊急通告。各地の特級ダンジョンにて「未定義の空間変異」を観測。既存の防衛魔術、物理障壁ともに効果なし。各国の十傑は即時、戦闘を中止し、緊急退避せよ。繰り返す、直ちに撤退せよ!』
ノイズ混じりのモニターには、世界が「崩落」していく速報が、吐き気を催す速度で流れ続けている。
『――ケニア、モントリオール、モスカウ、そしてソウル。各地の防衛ラインが「原因不明の砂状化」により、崩壊を始めました……ッ!』
「……クソがっ!!」
ジェームズは奥歯が砕けるほどに噛み締めた。
かつて不敵な笑みで戦場を支配した「王」の面影は、もうどこにもない。
自分たちがここで命を削っている間にも、世界は見たこともない速度で、ガラガラと音を立てて瓦解し続けている。
人類最強と謳われ、一億人の希望を背負った自分が、ただ世界が腐り落ちる様を特等席で見つめるだけの「無力な観測者」に成り下がっている。
力による解決。
魔力による上書き。
人類が血を流して積み上げてきた「戦いの方程式」が、根底から破綻していた。
もはや、どれほど巨大な魔力を叩き込もうと、それは火に油を注ぎ、崩壊の引き金を引く「致命的なミス」に過ぎないのだ。
(……俺は、もう、防波堤にすらなれないのか……?)
「……もういい、引くぞ。これ以上は世界の『綻び』を広げるだけだ」
ジェームズの声には、凍てついた理を前にした、惨めな敗北の静けさが宿っていた。
この決断は、グリーンランドという広大な大地を、人類が永遠に放棄することを意味する。
彼は震える手でレイチェルの肩を抱き寄せ、逃げるように後退を始めた。
背後では、数万年の時を刻んだ巨大な氷河の断片が、重力を無視してゆっくりと空へ昇っていく。
それは天へ還るのではない。
ただの巨大な瓦礫となって、物理法則の失われた空へと、無様に崩れ去っていくのだ。
この瞬間、グリーンランドの戦いは終わった。
勝利でも、防衛でもない。
ただ、最悪の瞬間を数分だけ引き延ばしたという、惨めな記録だけを残して。
(誰でもいい……誰か、この『悲鳴』を止めてくれ……!)
ジェームズは、己の無力さに血を吐く思いで、心の中でそう叫んだ。
力ではなく、破壊でもなく。
ただ、この壊れゆく世界を優しく繋ぎ止め、再び呼吸をさせてくれる「何か」を。
†
突如、世界中の計測器が一斉に限界値を突破し、モニターが強烈なホワイトアウトを起こす。
モザイクと歪みに侵食された絶望が、世界の輪郭を完全に塗りつぶそうとした、その瞬間――。
空間をズタズタに引き裂き、鼓膜を焼き切らんとしていた悍ましい「ノイズ」が、唐突に"消えた"。
「……は?」
ジェームズの喉から、間の抜けた声が漏れる。
グリーンランドの崩壊が、唐突に、物理法則を無視してピタッと止まった。まるで神が指を鳴らして、ビデオの再生を停止させたかのように。
地球という器を内側から満たしていくような、みずみずしく透明な平穏が、地球の裏側から逆流してくる。
それは、死にゆく者が最後に抱く安寧よりもなお深く、不気味なほどに凪いでいた。
その静寂を、場違いな高音が切り裂く。
――ピコンッ。
スマートフォンから鳴り響いたのは、この世の終焉にはあまりにそぐわない、軽薄な通知音だった。
世界ランク1位、ジェームズ・ホークは、自らの震える指を制御できぬまま、銀色に揺らめく瞳でスマートフォンを取り出した。
画面には、配信アプリの通知。
――まさか。ありえない。そんなことは、あってはならない。
彼は縋るように、あるいは呪うように、ライブ配信のアイコンをタップした。
『安心してください、庭は無事でした』
画面の向こうの青年は、傷一つなく汗を拭いながら満面の笑顔を浮かべていた。
最強の2人が命を懸け、魂を削り、人類の遺産すべてを投げ打っても得られなかった「崩壊の停止」。
それを、新宿御苑跡ダンジョンC-7の片隅で。
数万年の氷河を粉砕せんとした終焉が、たった一人の「日常の侵食」によって上書きされたのだ。
†
† ソウル:韓国ダンジョン管理局(KDA)管制室 †
ほんの少し前の出来事。
「――警告! 全エリアの空間振動値、計測限界を完全突破! メインサーバー、物理的発火を確認!」
「ソウルダンジョンのデータが滑落……これ、物理的な『消滅』です! 止まりません! 世界が、消える……!」
阿鼻叫喚の地獄と化した管制室の端で、世界ランク3位、ユン・ソヒは激しくガムを噛み鳴らしていた。
彼女の多層構造化したデジタルの眼(侵食の証)に映るのは、色彩を失った無機質なグリッチの奔流だ。
彼女にとっての世界とは、すでにバグだらけの壊れたコードの集積でしかなかった。
(……これは止められない。システムが、自ら消去命令を下してる)
彼女にしか見えない「世界の底」が抜ける。
絶望が極致に達し、全モニターが死を告げる真っ黒なノイズに染まった、その瞬間――。
ソヒの網膜を、暴力的なまでの「光」が焼き切った。
「……っ!? なに、これ。描画が、追いつかない……」
荒れ狂っていたモノクロのノイズが、ある一点を起点に、強引に、そして完璧な「水平線」へと強制的に平坦化されていく。
ノイズ。
歪み。
侵食。
それら「世界の死」を構成するバグが、一瞬にしてデバッグされ、書き換えられていく。
ソヒは、その「異常な凪」の発信源を、指が折れんばかりの速度で追った。
辿り着いたのは、日本の新宿。
ノイズの嵐が吹き荒れる地球上で、そこだけが、不自然なほどに「正しく」存在していた。
(……嘘でしょ)
彼女の色彩を消失した眼が、数年ぶりにその「色」を捉えた。
モニターの向こう側。
ジャージ姿の青年が植物たちと共闘している。
彼が触れる土から、黄金の魔力糸が溢れ出し、ミントらしき根と絡み合って空間の傷口を縫い合わせていく。
(ふざけないで。私たちが死ぬ思いで計算して、世界最強が命を懸けても守れなかった法則を……そんな、鼻歌1つで『修復』するっていうの?)
その周囲だけが、彼女の歪んだ視界の中で、本来あるべき鮮烈な色彩を取り戻していた。
視界が、不意に水彩画のように溶け出した。
色彩を失ったはずの彼女が、目の前の希望に数年ぶりに湧き上がる高揚を抑えきれなくなった。
彼女は管理局の全端末をジャックし、個人の秘密アカウントで、物理法則を無視して接続を維持している唯一の配信――「つちのこ」のチャンネルへと殴り込んだ。
「……バグなら、バグらしく、こっちの干渉も通しなさいよ。苗代くらい、私が払ってやるわ」
ソヒは震える指で、投げ銭ボタンを狂ったように連打した。
それは、世界ランク3位による、絶望の淵で見つけた「希望」への逆ギレであり、祈りだった。
₩7,320 이것은 버그입니다(これはバグです)
₩7,320 이것은 버그입니다(これはバグです)
₩7,320 이것은 버그입니다(これはバグです)
1回あたり732円。
庭の植物の合計金額(732円)に合わせた、執念のスパチャ攻撃。
崩壊の最中、全人類が沈黙する中、韓国の天才は泣き笑いのような表情で、画面の中の「庭師」にメッセージを送り続けた。
そのスパチャの赤色が、モノクロだった彼女の世界を、少しずつ染め上げていった。
†
極寒の、死せる氷原。
自分たちが。世界中の英雄たちが。
命を、魂を、人間としてのすべてを投げ出しても届かなかった「救済」を。
地球の裏側にいる「D級覚醒者」が。
ジャージを泥だらけにし、土を愛で、祖母から受け継いだ鼻歌を歌いながら、庭いじりのついでに、指先一つで生み出している。
(……ああ。そうだ。俺はずっと、こんな『土の匂い』に救われたかったんだ)
鼻腔が凍りつくはずの極地で、ジェームズは確かに嗅いだ。
画面から溢れ出した、温かく、湿った、生命の源たる土の匂い。
自分とレイチェルの細りきった命綱を、太く、熱く塗り替えていくのを、侵食された肉体を通じて体感した。
肺の奥まで深く、深く息を吸い込む。
そこには冷気ではなく、新宿の、あの小さな庭の空気があった。
ジェームズは子供のように泣き笑いしながら、画面の中の「ジャージ姿の神様」を、自らの魂に刻み込んだ。
「……レイチェル。神様は……居るのかもしれない」
呆然とスマートフォンの画面を見つめたまま、ジェームズが呟く。
数秒前まで「世界の終わり」に絶望していた男とは思えない、あまりに純粋な、救いを得た子供のような声。
だが、隣に立つ「氷の女王」の反応は、敬虔な祈りとは程遠いものだった。
「――遅いわよ、このバカ神様ッ!!」
レイチェルが、虚空に向かって、あるいは画面の向こうの青年に向かって、怒髪天を突く勢いで怒鳴り散らした。
麻痺していたはずの「感情」が、あまりの理不尽な救済に強制起動したらしい。
「あと一秒遅かったら、私は存在ごと消えてたわ! 感情を返せなんて言わないから、せめて時間厳守で救いなさいよ! 奇跡の安売りはしないくせに、納期も守れないなんて社会人失格よ!!」
最強の魔術師による、神への痛烈なクレーム。
その傍らで、世界最強の戦士ジェームズは、もはやレイチェルの罵声すら耳に入っていないようだった。彼は静かにその場に膝をつくと、液晶画面の中のD級覚醒者に向かって、深く、深く、額を氷原に擦りつけた。
かつて数億の人々から「生ける神」と崇められた二人の英雄が、いまや一人の青年の「日常」を前に、ただの「救われた一般人」に成り下がっている。
同時に、通知音が小気味よく鳴り響く。
画面の端を光速で流れるのは、ある韓国人による逆ギレのようなスパチャの嵐だった。
『₩7,320 이것은 버그입니다(これはバグです)』
「……ジェームズ、あんた何拝んでるのよ。情けないわね」
「黙れレイチェル。俺たちの『神』が庭掃除を終えられたんだ。跪け。……というか、今の配信、ギフト送れるか? 1億くらい放り込みたいんだが」
血まみれの鎧を纏った世界1位が、震える指で必死に課金ボタンを探している。
先ほどまで全世界の希望を背負い、死を覚悟して戦っていた威厳はどこへやら。
空には、重力を無視して浮かび上がった巨大な氷河が、意志を持ったかのようにゆっくりと元の場所へ戻り始めている。
その神々しい光景の下で、人類最強の「矛」と「盾」は、まるでアイドルの出待ちに失敗した熱狂的ファンと、運営にブチ切れるクレーマーのような姿で、静まり返ったグリーンランドに佇んでいた。
†
その土曜日、地球は静かに、自らを埋葬する準備を整えていた。
世界各地の戦場では、神に選ばれたはずの覚醒者たちが無残な敗北を期していた。
同じ時間。
新宿、C-7。
1人の天才が「この、クソバグ野郎……ッ!」と叫びながら、血の滲む指で札束(電子データ)の弾丸を連打し。
1人の素朴な庭師が、画面に躍る「苗代:150万円」というあまりに現実味のない数字に、心臓を鷲掴みにされて腰を抜かしていた。
ハルも、そこに集う名もなきリスナーたちも。
自分たちが、今まさにへし折れようとしていた「地球」という天秤を、ただの「鼻歌」で押し戻してしまった事実など、生涯知ることはないだろう。
「……よかった。バジルたち、生きてて本当によかった」
彼が吐き出したその、あまりにも安くて、あまりにも身勝手な「安堵」のひと言。
それが、崩壊の淵で断末魔を上げていた世界の首根っこを掴み、この理不尽で美しい現実へと強引に縫い戻した、唯一の、そして最強のパッチだった。
人類最後の希望は、いま新宿の片隅で、ジャージに染み込んだ土の匂いと共に、あまりにも無邪気に笑っていた。
お読みいただきありがとうございました。




