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ビスケット三枚とミルク~妖精と友だちになる方法~

作者: 燈華
掲載日:2026/02/10

部屋に月の光が差し込む。

明るい月の光は、今日が満月だからだ。


料理人にねだってねだってビスケット三枚とコップ一杯のミルクをもらってきた。

それを開け放った窓の(さん)に置く。


「ふふ、来てくれるかな?」




ーー月の明るい夜には窓辺にビスケット三枚とミルクを置いておくと妖精が遊びに来てくれる。




乳母や母親が繰り返し読んでくれる絵本にそう書いてあった。

絵本では遊びに来てくれた妖精とおしゃべりして友だちになっていた。


「僕もお友だちになりたいな」


ベッドに座って身体を揺すりながら妖精が現れるのを待つ。


「まだかな? まだかな?」


ゆらりゆらり。


「まだかな? まだかな?」


ゆらりゆらり。


「まだかな? まだか、な……?」


ゆらり、ゆら、とさ。




*




「まったく、あの子にも困ったものだわ」


そう言う女性に言葉ほど困った様子はない。

後ろに付き従っている乳母が忍び笑う。


その気配は感じていても咎めるつもりはない。

二人は主従関係ではあるのだが、気の置けない親友でもあった。

女性の心情なども丸っとお見通しなのだ。


「せめて歯磨きだけはしっかりさせないと。虫歯になってしまうわ」

「そうですね。虫歯になって泣くのはぼっちゃまですから」


二人は料理長から女性の息子であるジョシュアにビスケットと牛乳が欲しいと言われて渡したと報告を受けたので彼の部屋に向かっているのだ。


お腹が空いて眠れないということはあるだろう。

だからちょっぴりだけ叱って許すつもりだ。


隠れて食べるのは駄目だ。

そこだけはしっかりと反省させたい。


きちんとお腹が空いたと言って許可をもらってから食べることときちんと歯磨きをすることは徹底させたい。

乳母の言う通り虫歯になって泣くのは本人だ。

虫歯になってから後悔しても遅いのだ。


息子の部屋の前に辿り着く。

一度乳母と顔を見合わせて重々しく頷く。

現行犯を押さえるためにノックをせずに扉を開けた。


「ジョシュ、食べたら歯を磨かないと駄目よ!」


だが思っていたような光景はそこにはなかった。


「あら?」


ジョシュアはビスケットを食べている様子はなく、ベッドの上で丸くなっている。


目をぱちくりとさせた女性は乳母と顔を見合わせる。

それから忍び足でそっとベッドに近づいた。


「あらあら眠っているわ」


呆れの混ざった中にも確かな愛情がある。

ベッドの上で丸くなって眠っているのは四歳になる愛息子だ。


「歯も磨かずに寝てしまったわね」


可哀想だが起こすしかないだろう。


「奥様、あちらを」


乳母に言われて窓辺を見る。


開け放たれた窓。

そこから月の光が明るく射し込んでいる。

そして、ビスケットの載った皿とミルクの入ったコップが置かれていた。


「ああ、そういうこと」


どうしてビスケットとミルクを所望したのか悟った。

ふふと微笑(わら)う。


「あらあら妖精に会いたかったのかしら? もう会っているのに。ね、ソアラ?」


女性は後ろを振り向いた。

後ろにいた乳母は苦笑する。


「そうですね。ですが、ぼっちゃまは知りませんから」

「それもそうね」


侍女として連れてきて今は息子の乳母をしてくれている彼女は妖精だ。


「それにしても、血は争えませんね」


懐かしそうにソアラは言う。


「ええ、そうね」


女性も幼い頃に同じことをして、来てくれた妖精がソアラだ。

不思議な力で違和感なく家に入り込んだ彼女とはそれ以来ずっと一緒にいる。


女性はそっとジョシュアを抱き上げて布団の中に入れた。

ビスケットを食べていないのであれば一度歯磨きは済ませているので問題ない。


「でも残念だったわね。どうやら来てはくれなかったようね」

「そうで……いえ、そうでもないようですよ」

「え?」


ふわりと小さな光が窓から入ってきた。

ビスケットの辺りをふわふわと浮いている。

どうやらビスケットに惹かれてやってきたようだ。


「あらあらお友だちが来たようね」


ソアラが前に出る。

何事か光へと話しかける。

光が何事か答える。


妖精の言葉なのか、女性には何を言っているのかわからない。

だが余計なことはしない。

ソアラに任せておけばいい。


女性は掛け布団の上からジョシュアをぽんぽんとする。

息子はぐっすりと眠っていて起きる気配はない。


「せっかく遊びに来てくれたのにね」


呑気な声をかけてソアラたちのやりとりを静観する。


ソアラが話しかけ、光が何事か答える。

その答えに厳しく脅すような口調になったソアラに光は頷くように上下する。

いいでしょうと言うように頷くソアラ。


話し合いはついたようだ。

光はビスケットを食べてミルクを飲み干すとするりと変化した。

銀にも見える淡い灰色の毛の長い猫の姿だ。

猫はそのままジョシュアのベッドに(もぐ)り込み、寄り添うようにして目を閉じた。


「明日起きたらびっくりするわね」

「貴女の息子だから大丈夫でしょう、カルラ」

「あら久しぶりに名前を呼んでくれたわね」


女性ーーカルラは嬉しそうに微笑(わら)う。


「人間のルールに合わせているだけよ。主従関係で主の名前を呼び捨てになんかしないでしょう、人間は」

「そうね」


咎められるのはソアラのほうだ。

カルラも侮られる恐れがあった。

本当に人間のルールもしっかりと知っている。


「でも今この場は私が制しているから問題ないわ」

「そう。それでこの子はどうするの?」


息子に寄り添う猫に視線を向ける。


「最近もらってきて飼い始めた猫ということにするわ」

「お願いね。」


訊いたことはないが、妖精としてかなり高い能力を持っているようなのだ。

それから恐らくは、妖精の中でも上位の者なのだと思われた。


だがカルラには関係ない。

ソアラがソアラで、友達であり続けてくれればそれでいい。

それしか彼女にとっては重要ではない。


「主人には伝えておくわ」


ソアラが頷く。


「あの男にはバレてしまうものね」


カルラは頬に手を当て軽く首を傾げる。


「本当に何でかしらねぇ」


ソアラのことも一目でバレてしまったのだ。

それでいて誰にも言わず、傍にいることを許してくれる。

さらには母乳が出ないのに乳母になることを許してくれたのだ。


寛大というか変わっているというか。

カルラにとってはソアラのことを認めてくれるいい夫だった。


「時々そういう鋭い人間はいるわ」

「そうなのね。ソアラも気をつけてちょうだい」

「私は大丈夫よ。バレてもどうにでもできるわ」

「ソアラに何かあるのも一緒にいられなくなるのも嫌よ?」


ソアラがぱっと満面の笑みを浮かべる。


「ふふ、だからカルラは大好きよ」

「私も大好きよ」


二人でふふふと微笑(わら)い合う。

カルラは眠る息子に視線を向ける。


「この子たちも私たちみたいに仲良くなってくれるといいわね」

「そうね。大丈夫だと思うわ」


応えるように猫がジョシュアにすり寄る。

自分はそれを望んでいると言っているようだ。

よかった。それなら大丈夫だ。


「ジョシュにもよくよく言い聞かせないとね」


不用意にその正体を話さないようによくよく言い聞かせなければ。

ずっと一緒にいられるように。


正体がバレたらすぐに一緒にいられなくなるわけではない。

だけど場合によっては一緒にいられなくなる。


「それがいいわ」


一緒にいるにはお互いのルールを守らなければならないのだ。

それをよく言って聞かせないと。


別れで泣くのはジョシュアだ。

それは忍びない。


泣かせたくない気持ちはソアラも同じなのだろう。

鋭い視線で猫に扮した妖精を見る。


「この者にはよくよく言い聞かせたからジョシュアを裏切ることはないでしょう」

「そう。なら安心ね」

「まあ、万が一裏切ったその時は私が骨も残らないくらいの消し炭にしてあげるから安心してちょうだい」


猫の身体がぴくりと揺れる。

カルラはころころと笑う。


「妖精に骨などないでしょうに」

「比喩よ比喩」


ころころとソアラが笑う。

肉体に見えていようともその本質は光の塊なのだ、ということはソアラが前に話していた。


「存在ごと消してあげるわ。だから安心してちょうだいな」

「まあ。それは頼もしいわね」


カルラにとっては見ず知らずの妖精より愛息子のほうが断然大事だ。

息子を傷つけるような(やから)にくれてやる優しさは欠片もない。


くすくすと二人で微笑(わら)い合う。

猫はびくびくと身体を震わせている。


これくらい脅しておけば大丈夫だろう。

あまり騒げばジョシュアが起きてしまう。


「コップと皿は明日片づければいいわね」

「そうね。片づけてしまえば、妖精が来てくれなかったとがっかりしてしまうわ」


信じる気持ちが何より大切なのだ。

来てくれなかったとがっかりすれば繋ぐ糸が弱まってしまう。

繋ぐ糸が弱まれば、妖精が留まっていられなくなるのだ。

だから妖精が来てくれたのだと思わせることが大切だ。


「そこの者についてジョシュアへの説明は私がするわ」


ジョシュアが目覚めたら世話をするのは乳母であるソアラの仕事だ。

一番初めにこの部屋に来る。

その時に説明してくれるのだろう。


「それなら安心ね」

「ええ、任せてちょうだい」


笑顔で頷いたカルラは窓を閉めた。

最後に息子の寝顔を見てから隣に寄り添う猫に声をかけた。


「この子のことをよろしくね」


猫は一度だけ視線をカルラに向け、しっかりと頷くとすぐに目を閉じた。


カルラは微笑んで踵を返した。

ソアラを連れて部屋を出た。




*




カルラの後ろを歩きながらソアラは懐かしい声を思い出していた。


『ねぇ、おともだちになってくれない?』

『ええ、いいわ』

読んでいただき、ありがとうございました。

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