第6話 言葉は武器じゃない
結論から言うと――
言葉が使えないのは、想像以上に不便だ。
(というか、危険)
俺は今、母に抱かれている。
穏やかな昼下がり。平和な時間。
……のはずなのだが。
(それ、違う)
母が手に取ったのは、小さな木の実。
この世界では、赤ん坊に与えてはいけないやつだ。
(喉に詰まる。確率、高)
だが、俺は言えない。
「それはダメです母上、その実は――」
なんて、当然ながら無理。
(くっ……)
俺は、全力で首を振った。
ぶんぶん。
「……?」
母は首を傾げる。
「お腹空いてないの?」
(違う! 危険なんだ!)
次は、手を伸ばして拒否の意思表示。
ばしっ。
(叩くな! 拒否だ!)
「まぁ、元気ね」
(通じてない!)
意思伝達手段:非言語
成功率:低
誤解率:高
(知ってるよ!)
俺は必死に考える。
(この世界、言葉は武器じゃない。
……誤解が武器だ)
なら。
(“それっぽい行動”を取る)
俺は、急に大人しくなった。
視線を伏せ、しゅん……とした表情を作る。
表情制御:成功
感情演出:悲しみ(偽)
「……あら?」
母が動きを止めた。
「どうしたの、レオン」
(今だ)
さらに、うるっと目を潤ませる。
(泣く寸前、止める)
「……あ、ごめんなさい」
母は慌てて木の実を置いた。
「まだ早かったわね」
(よし)
意思伝達:成立
方法:感情誘導
(勝った)
だが、この方法には致命的な欠点がある。
(多用すると、信用が減る)
案の定。
午後、父が帰ってきた。
「レオン、今日はどうだった?」
(普通)
俺は、軽く手を上げる。
「ほら、元気そうだ」
(“そう”じゃない)
父は、俺を高く抱き上げた。
「よし、ほら――」
その瞬間。
(落とすなよ!?)
父の手が、少し滑った。
(危険!)
俺は、反射的に体を固めた。
危機反応:発動
筋緊張:最大
結果。
「……っ!?」
父が、腕に伝わる違和感に目を見開いた。
「……重い?」
(重くない。固い)
俺は、ぎゅっと力を抜く。
(今のは、バレた)
周囲認識:違和感
危険度:微増
(言葉があれば説明できるのに)
夕方。
俺は、例の柵の中にいた。
ミアが、柵の外からこちらを見ている。
「……レオン」
彼女は、木の棒を持っていた。
「これ」
地面に、簡単な絵を描く。
丸が二つ。棒が一本。
「……ひと?」
(……人、か)
俺は、少し考えてから、首を縦に振った。
ミアは、嬉しそうに笑った。
「……つぎ」
今度は、丸が四つ。棒が四本。
「……いぬ」
(犬)
また、頷く。
意思伝達:成立
成功率:上昇
方法:共通認識
(あ……)
気づいた。
(この子とは、
言葉がなくても、ちゃんと通じる)
ミアは、俺を見て言った。
「……しゃべらないね」
(しゃべれない)
でも、その目には、失望も、怖れもない。
ただの事実として、受け止めている。
周囲評価:自然体
特別視:なし
(……助かる)
その夜。
俺は、天井を見ながら考えていた。
(言葉は、強い)
(でも……)
今はまだ、
持たない方がいい武器なのかもしれない。
パネルの端に、小さく文字が浮かんだ。
言語能力:未実装
備考:実装時期を選択可能
(選べるのかよ)
俺は、そっと思考を巡らせる。
(もう少し……先だな)
世界は、まだ俺を
「無力な赤ん坊」と思っている。
その勘違いは――
しばらく、利用させてもらおう。
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