第3話 村という安全地帯
この村は、静かだ。
それが、数日――いや、数週間過ごしてみての率直な感想だった。
(危険度、低)
揺りかごの中から見えるのは、木造の天井。
耳に入ってくるのは、外で鳴く鳥の声と、風に揺れる木々の音。
(中世ファンタジーとしては、だいぶ優しい初期スポーン地点だな)
パネルにも、それははっきり表れていた。
環境評価:辺境村
魔物出現率:低
外部干渉:ほぼなし
総合リスク:軽微
(チュートリアルエリアだ、ここ)
朝になると、父は剣を腰に下げて家を出ていく。
母は俺を抱きながら、戸口まで見送る。
「行ってらっしゃい。……レオン、ちゃんとお父さんを見送って」
母の腕の中で、俺――レオンは、無意識に父の方を見た。
「お、分かってるみたいだな」
父が少し照れたように笑う。
(……レオン、ね)
転生してから初めて、はっきりと自分の名前を意識した。
(悪くない)
呼ばれる声に、違和感がない。
むしろ、胸の奥にすっと馴染む。
個体識別名:レオン
登録状態:有効
(登録されてるんだな、ちゃんと)
その日の昼。
「ほら、レオンも一緒に行こう」
母に抱かれて、俺は初めて家の外に出た。
太陽が、まぶしい。
(明るっ……!)
反射的に目を細めると、母がくすっと笑った。
「やっぱり日差しは苦手ね、レオン」
(まだ目の機能が最適化されてないだけだ)
村の道は土で、歩く人もまばらだ。
すれ違う村人たちが、こちらを見て声をかけてくる。
「その子がレオンか」
「静かで賢そうな子だね」
(やめろ、評価が早い)
その時だった。
視界の端に、小さな影が映った。
村の広場の端。
少し汚れた服を着た、小さな女の子。
こちらをじっと見ている。
(……あ)
パネルが反応する。
新規接触:人族(幼体)
閲覧権限:なし
(フェアで助かる)
母がその子に気づき、声をかけた。
「こんにちは。……あら、もしかしてミア?」
「……うん」
(名前、ミアか)
母は俺を少し持ち上げて、女の子に見せる。
「この子がレオンよ」
ミアは俺を見て、しばらく無言で観察したあと――
「……変な顔」
(初対面でそれ言う!?)
だが、声に出せないので、俺は口をもごもごさせるだけだ。
「ほら、怒ってる」
ミアは楽しそうに笑った。
(この子……)
俺を「祝福の子」とも「奇跡」とも呼ばない。
ただの、レオンという赤ん坊として見ている。
周囲認識:個体差あり
特記事項:特別視なし
(……居心地がいい)
母が畑の手伝いに向かい、しばらく俺は広場の端に寝かされた。
ミアは地面に座り、木の棒で土に何か描いている。
時々、こちらを見てくる。
「……レオン、ねてる?」
(起きてる)
代わりに、ゆっくり瞬きをする。
「……へんな赤ちゃん」
(だから失礼だって)
だが、不思議と嫌じゃなかった。
現在地点:安全地帯
推奨行動:成長・観察
(しばらくは、ここでいい)
けれど、その下に小さな注釈が浮かぶ。
※外部観測の可能性:将来的に上昇
(……分かってる)
ミアは立ち上がり、畑の方を指さした。
「……またね、レオン」
そう言って、駆けていく。
その背中を見送りながら、俺は思った。
(次に会う時、俺はどこにいるんだろうな)
パネルは何も答えない。
ただ、静かに浮かんでいるだけだった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




