第20話 なぜ本気を出さない
放課後の廊下は、少しだけ静かだった。
授業を終えた生徒たちが、それぞれの場所へ散っていく。
笑い声もある。
駆け足の音もする。
だが、俺とアーヴィンの間には、
妙な沈黙があった。
「……レオン」
呼び止められる。
振り返ると、
アーヴィンは、いつもより少しだけ真剣な顔をしていた。
「少し、話せるか?」
(来たな)
俺は、軽く頷く。
人気の少ない中庭へ移動する。
石のベンチ。
低い木。
王都の空は、相変わらず整いすぎている。
アーヴィンは、立ったまま言った。
「今日の課題」
「君、途中で気づいてただろ」
(また直球)
「……何に?」
とぼけると、
アーヴィンは、少しだけ眉を寄せた。
「無駄な手順だ」
「最初に整理すれば、全体が早くなる」
(正確だな)
「なのに、君は」
「一言しか言わなかった」
アーヴィンは、拳を握る。
「……なぜだ?」
(ここで嘘を重ねると、逆効果だな)
俺は、少しだけ考えてから、言う。
「……必要な分だけで、足りたから」
「足りた?」
「うん」
アーヴィンは、納得しない。
「でも、もっと良くできただろ」
「評価も、変わった」
(それが問題なんだが)
俺は、視線を逸らす。
「……評価が、欲しいの?」
アーヴィンは、即答した。
「欲しいに決まってる」
迷いがない。
「正しくやって、正しく評価されたい」
「それの、何が悪い?」
(悪くはない)
(この世界では、正しい)
俺は、正直に答える。
「……悪くないよ」
「じゃあ――」
アーヴィンは、一歩近づく。
「君は、なぜ本気を出さない?」
風が、間を通り抜ける。
俺は、少しだけ笑った。
ほんの一瞬。
子どもらしくない笑み。
「……出してるよ」
「嘘だ」
即否定。
「君は、俺より先に気づく」
「なのに、俺の後ろにいる」
(そこまで見てたか)
俺は、言葉を選ぶ。
全部は言えない。
だが、何も言わないと、
アーヴィンは納得しない。
「……前に出ると」
「決められるから」
「決められる?」
「うん」
アーヴィンは、首を傾げる。
「何を?」
(進路。役割。立ち位置)
だが、そんな言葉は、
この年齢では重すぎる。
俺は、少しだけ噛み砕く。
「……“こういうやつだ”って」
アーヴィンは、しばらく黙った。
「……それ、悪いことか?」
(悪くない)
(だが、自由じゃない)
俺は、答えなかった。
代わりに、言う。
「アーヴィンは、前に立つのが向いてる」
「……それは、褒めてるのか?」
「褒めてる」
事実だから。
「俺は――」
「後ろの方が、楽なんだ」
アーヴィンは、納得しない顔をした。
「それは、逃げだ」
(そう見えるよな)
俺は、否定しない。
「……そうかもね」
その答えに、
アーヴィンは、少し戸惑った。
怒ると思っていたのかもしれない。
「……君は」
「もっと、上に行ける」
「うん」
「なら――」
「行かない、わけじゃない」
アーヴィンの言葉を、遮る。
「……行く“時”を選んでるだけ」
アーヴィンは、目を見開いた。
少しだけ、
何かに気づいたような顔。
「……いつだ?」
俺は、肩をすくめる。
「……さあ」
それは、嘘じゃない。
本当に、
“その時”は、まだ先だ。
アーヴィンは、深く息を吐いた。
「……分からないな、君は」
「よく言われる」
少しだけ、空気が和らぐ。
アーヴィンは、最後に言った。
「でも――」
「俺は、全力で行く」
「知ってる」
「……君が、後ろにいてもだ」
(それでいい)
アーヴィンは、背を向けた。
真っ直ぐな背中。
迷いのない歩き方。
(あいつは、あいつの道を行く)
俺は、しばらくその背中を見てから、
反対方向へ歩き出した。
関係性更新:
競争:成立
敵対:未満
(ちょうどいい距離だ)
中庭の端で、
エルナが立っていた。
「……聞こえちゃった」
「だろうね」
彼女は、くすっと笑う。
「大変ね」
「“分かりやすすぎる人”と、“分からなすぎる人”」
(どっちがだ)
エルナは、俺を見て言った。
「でも――」
「そのうち、決められるわよ」
「何を?」
「“逃げてるのか、選んでるのか”」
(……鋭い)
俺は、何も言わなかった。
だが、内心でははっきりしている。
(逃げてない)
(今は、選んでる)
それだけだ。
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