第2話 首が据わらない理論派
――結論から言うと、この身体は欠陥品だ。
(いや、欠陥って言うと語弊があるけどさ)
天井を見つめながら、俺は内心でため息をついた。
正確には、天井を見つめ続けてしまっている、が正しい。
(首……動かねぇ……)
動かそうと意識はしている。脳内では完璧な指示を出している。右に五度、いや三度でいい、ゆっくり――
「うあー」
現実では、意味のない声が出ただけだった。
(違う! そうじゃない!)
パネルが、今日も律儀に表示されている。
筋力:年齢相応(不足)
首部支持力:未発達
バランス感覚:理論理解済・肉体未対応
(理論理解済って書くな。悲しくなるだろ)
どうやら世界は、俺の脳の状態だけは正確に把握しているらしい。
だがそれを活かすだけの肉体が、まったく追いついていない。
視界の端に、大きな顔がぬっと現れた。
「ほら、ちゃんと首を支えないと」
低くて落ち着いた声。
この人が、俺の“父”らしい。
がっしりした体格。日に焼けた肌。手には剣ダコ。
どう見ても前線に立つタイプの人間だ。
(なるほど、元兵士か騎士か……)
父は慣れた手つきで俺の首を支え、抱き上げた。
視界がゆっくり動く。
(おお……世界が回る……)
「大人しいな。普通、もっと暴れるもんだぞ」
父がそう言うと、今度は別の声が重なる。
「この子、目が違うのよ」
優しい声。
母だ。
俺を覗き込むその瞳には、不思議そうな色と、わずかな不安が混じっていた。
(そりゃそうだろ。中身が成人男性だし)
その時、不意に体が前のめりになった。
(あ、まず――)
支えが一瞬遅れ、首ががくんと前に倒れる。
「きゃっ!」
母の声と同時に、世界が揺れた。
(いっ……たくはないけど、怖い!)
恐怖に反応して、勝手に涙が出る。
いや、出したいわけじゃないのに。
感情:軽度パニック
自律制御:未成熟
(だから! 分かってるから!)
父はすぐに俺を支え直し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまん……」
(いや謝らなくていい。悪いのは首だ)
俺は心の中でそう返しながら、必死に状況を分析する。
(要するに、問題は筋力とバランス……)
パネルに意識を向ける。
首部支持力:未発達
備考:成長待ち
(成長待ち……か)
そこで、ふと気づいた。
(“成長待ち”って、固定文言だよな?)
試しに、慎重に、意識で触れてみる。
首部支持力:未発達
→ 首部支持力:未発達(補助があれば安定)
文章が、わずかに変わった。
次の瞬間。
「……あれ?」
母が小さく声を上げた。
「この子、さっきより落ち着いてる」
父も首を傾げる。
「本当だ。さっきまでぐらぐらだったのに」
(成功か)
筋力そのものが上がったわけじゃない。
ただ、世界が“補助があれば安定する”と認識しただけだ。
(つまり……抱き方補正が入った?)
実際、父の腕の中で、さっきより首が安定している。
無理な力は入っていないのに、落ち着いている。
(なるほど。直接強くするんじゃなくて、前提条件を変える……)
内心で満足していると、母が微笑んだ。
「この子、賢い子になるわね」
(やめてくれ、そのフラグ)
俺は全力で赤ん坊らしい表情を作った。
にこっと。
周囲評価:好意的
リスク:過度な期待
(だから期待するなって……)
その日の夕方。
父は俺を揺りかごに寝かせながら、ぽつりと呟いた。
「この村は静かだ。……お前は、ここで大きくなればいい」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。
(ああ……)
守られている。
今はまだ。
パネルの一番下に、新しい項目が追加されていた。
保護者:登録済
備考:安定した環境
(……悪くない)
首はまだ据わらない。
歩けもしない。
しゃべれもしない。
それでも。
(この世界、思ったより攻略しがいがあるな)
俺は目を閉じ、赤ん坊として眠りについた。
――世界の仕様書を頭に入れながら。
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