第15話 変なやつ
正直に言うと――
あいつは、変だ。
最初にそう言ったのは、誰だったか。
もう覚えていない。
でも、養育院の子どもたちは、
だいたい同じ意見だった。
「あのさ……」
「ほら、あの赤ん坊」
「……ああ」
「“保護”されてるやつ」
(※もう通称が「保護」)
俺たちは、廊下の端でひそひそ話していた。
奥の部屋。
窓が少なくて、
大人がやたらと出入りする場所。
そこに――
あいつがいる。
「泣かないんだって」
「赤ん坊なのに?」
「泣かない」
「騒がない」
「笑わない」
誰かが、声を潜めて言った。
「……怖くない?」
別の子が、すぐに首を振る。
「いや、怖いとかじゃなくて……」
「“無”じゃない?」
(無って何だよ)
俺は、遠くからあいつを見たことがある。
職員に抱かれて、
廊下を移動している時。
小さくて、
普通の赤ん坊で――
なのに。
「……見てくる」
「分かる」
「見てるよな」
目が合うと、こっちが落ち着かなくなる。
理由は分からない。
威圧されてるわけでもない。
ただ。
「……何考えてるか、分からない」
それが、一番怖い。
ある日。
俺たちは、簡単な遊びの時間を与えられた。
積み木。
絵。
音の出る玩具。
そこに、
珍しく――
あいつが連れてこられた。
「……来たぞ」
空気が、変わる。
職員が三人。
距離を保つ配置。
(赤ん坊一人に、この警戒)
あいつは、床に寝かされた。
動かない。
泣かない。
ただ、天井を見ている。
「……寝てる?」
誰かが言う。
「起きてるって」
「目、開いてる」
俺は、少し近づいた。
――視線が合う。
心臓が、跳ねた。
(……なんだよ)
睨まれたわけじゃない。
でも、
見られた気がした。
その瞬間。
あいつが、
ほんの少しだけ――
瞬きをした。
「……今の、何?」
「え?」
「何もしてないだろ」
(いや、した)
俺は、理由もなく一歩下がった。
その時。
積み木が、崩れた。
ガシャッ。
音に反応して、
職員が一斉に動く。
「大丈夫ですか」
「問題ありません」
「……対象は静穏です」
対象。
(赤ん坊に使う言葉か?)
あいつは、相変わらず動かない。
だが。
「……さっきより、近くない?」
「え?」
気づくと、
あいつの位置が、
ほんの少しだけ――
変わっていた。
(……気のせい?)
誰も、何も言わない。
職員も、
「問題なし」としか言わない。
遊びの時間は、すぐに終わった。
あいつは、
また奥の部屋へ戻されていく。
廊下の角で、
誰かがぽつりと呟いた。
「……なぁ」
「うん?」
「あいつさ」
少し間を置いて。
「……“いい子”すぎない?」
全員が、黙った。
その夜。
俺は、布団の中で考えていた。
あいつは、何もしていない。
泣かない。
騒がない。
ただ、
そこにいるだけ。
なのに。
(……なんで、あんなに気になるんだ)
翌朝。
養育院では、
また一つ、新しい噂が増えた。
「“保護”は――」
「“見てるだけで疲れる”らしい」
理由は、誰にも分からない。
ただ一つ、
全員が思っていることがある。
――近づかない方がいい。
赤ん坊なのに。
何もしていないのに。
それが、
一番おかしかった。
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