第13話 完璧に普通な赤ん坊
養育院には、規則が多い。
時間。
動線。
声量。
表情。
すべてが「適切」でなければならない。
その結果――
職員の動きが、やたらと不自然になっていた。
「おはようございます、対象番号七三――」
言いかけて、職員の女が一瞬止まる。
「……いえ、レオン」
言い直したが、声はどこかぎこちない。
(番号で呼ぶ癖、抜けてないな)
俺は、揺りかごの中で天井を見つめる。
周囲緊張度:高
原因:過剰なマニュアル遵守
(お前らが緊張してどうする)
朝の世話は、三人がかりだった。
一人が抱く。
一人が記録する。
一人が、見ている。
ただ抱っこするだけで、この人数。
(要人警護か?)
「……泣きませんね」
「はい。昨日も」
「……異常でしょうか」
(異常扱いされても困る)
俺は、タイミングを計って――
小さく「ふぇ」と声を出す。
ほんの一瞬。
すぐ止める。
泣き:最小
評価:適切
「……泣きました!」
職員が、なぜか安心した顔になる。
「よかった……」
「記録、正常反応」
(泣かないと評価下がる世界って何)
午前の「自由時間」。
名ばかりだ。
床に置かれ、
周囲に安全具を配置され、
完全に見張られた自由。
俺は、寝返りを打つ。
――ごろん。
職員三人が、同時に身構える。
「動きました」
「記録、記録」
「……止まりました」
(戦闘ログか?)
隣の子どもが、積み木を倒した。
ガシャッ。
職員が一斉にそちらを見る。
その隙に、俺は――
ほんの一瞬だけ、体勢を調整する。
行動:
無駄のない寝返り
「……今、少し速くなかった?」
「気のせいです」
「赤ん坊ですから」
(セーフ)
昼。
食事の時間。
スプーンが、慎重すぎるほど慎重に近づいてくる。
「……熱くありません」
「……量、適切」
「……角度、問題なし」
(進まねぇ)
俺は、口を開ける。
が――
開けすぎない。
(開けすぎると“理解度が高い”判定)
ちょうどいい。
絶妙な赤ん坊ムーブ。
食事行動:
年齢相応
優秀
(“優秀な赤ん坊”って何だよ)
午後。
職員の一人が、勇気を出したように言った。
「……あの」
「この子、少し……」
全員が、そちらを見る。
「……落ち着きすぎでは?」
沈黙。
空気が、凍る。
(やばい)
別の職員が、慌てて首を振る。
「いえ!」
「昨日の検査では問題ありませんでした!」
「そうそう」
「記録にも――」
紙をめくる音。
「……“異常なし”です!」
全員が、ほっと息を吐いた。
(異常なしって書いてあるから異常じゃない理論)
俺は、内心で頷く。
(いいぞ、そのまま思考停止してくれ)
夕方。
女職員が、俺を寝台に寝かせながら、ぽつりと呟く。
「……静かで、いい子ですね」
その声には、
ほんの少しだけ、安堵が混じっていた。
俺は、目を閉じる。
一日評価:
問題なし
(完璧だ)
だが。
部屋を出た直後。
「……ねえ」
「なに?」
「この子……」
「“いい子”すぎない?」
廊下で、小さな声が交わされる。
俺は、目を閉じたまま、内心で思う。
(だから言っただろ)
(“普通”を演じるのが、一番難しいって)
パネルの端に、
小さく文字が浮かぶ。
現在戦略:
目立たず、完璧に普通
成功率:高
(よし)
この施設では、
泣かないことも、賢すぎることも、問題になる。
なら。
(問題にならない存在でいればいい)
静かな部屋で、
俺は今日も“何もしない”。
それが、
今の最適解だった。
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