第12話 名前のない一日
目を覚ますと、天井があった。
――当たり前だ。
だが、その“当たり前”が、昨日までとはまるで違う。
(……静かすぎる)
村の朝は、もっと騒がしかった。
鳥の声、家畜の音、人の気配。
ここには、それがない。
時間帯:朝
周囲音量:極低
(管理施設の朝だな)
扉が、音もなく開いた。
「おはようございます」
入ってきたのは、若い女だった。
柔らかい声。
整った動作。
だが――
感情が、薄い。
(世話係……いや、管理員か)
女は、俺を抱き上げる。
扱いは丁寧。
だが、抱き方は“均一”。
誰にでも同じようにする動作だ。
接触評価:
安全
情緒反応:最小
(悪くはない。良くもない)
別室に連れて行かれる。
そこには、他の子どもたちがいた。
五人。
年齢は、俺より少し上。
誰も、騒がない。
誰も、笑わない。
(……選別済みだな)
周囲個体:
才能兆候:有
抑制傾向:高
女が、淡々と説明する。
「今日は、体調確認と簡単な反応検査を行います」
「怖くありませんからね」
(怖がらせる気はない、か)
最初の子が呼ばれる。
机の上に置かれた、水晶。
魔力測定具。
(……あれ、嫌なやつだ)
水晶が光る。
記録される。
子どもは、何も言われず、戻される。
次。
また次。
(効率重視)
そして――
俺の番が来た。
女が、俺を机の前に置く。
「この子ですね」
別の男が、記録板を確認する。
「……村から来た個体か」
(“個体”ね)
水晶が、近づく。
検査対象:自己
推奨行動:秘匿
(いつも通りだ)
俺は、昨日と同じ処理を行う。
魔力:安定(外部影響下で沈静)
水晶は、淡く光り――
それ以上、何も起きなかった。
男が、少し首を傾げる。
「……反応は低いな」
「年齢相応、ということですね」
「……記録しておこう」
(よし)
評価結果:
即時処分:否
優先度:低
(今は、それでいい)
検査が終わり、
子どもたちは、それぞれの場所へ戻される。
俺は、部屋に戻された。
同じ天井。
同じ寝台。
完璧な環境。
(……孤独だな)
村では、一人になることはなかった。
ここでは、
誰とも関わらなくていい。
それが、逆に重い。
心理状態:
安定
孤立
昼。
決められた時間に、
決められた量の食事。
味は、悪くない。
だが、記憶に残らない。
(効率的すぎる)
午後。
簡単な刺激反応テスト。
音。
光。
匂い。
俺は、すべて“赤ん坊として適切”に反応する。
(出しすぎるな)
(目立つな)
行動評価:
適切
異常なし
夕方。
女が、記録をまとめながら、ぽつりと言った。
「……静かな子ですね」
それは、評価でも、感想でもない。
ただの事実。
俺は、何も返さない。
返せない。
夜。
一人で寝台に横になる。
灯りは、完全には消えない。
(……監視用だな)
観測:継続
睡眠:可能
俺は、目を閉じる。
母の声は、聞こえない。
父の背中も、ない。
ミアの視線も、届かない。
それでも。
(忘れない)
(ここで、終わるつもりもない)
静かな部屋で、
俺は一日を終える。
生活記録:
異常なし
その一行が、
今の俺には、何より都合がよかった。
――名前のない一日。
だが、
この積み重ねこそが、
次に動くための土台になる。
誰も、それに気づかないまま。
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