時が過ぎれば
「アリシア……」
私は、彼女の名前を呼んだ。
わからないことだらけで、何から聞いたらいいのか、どうしたらいいのかわからない。
「大丈夫ですか? ハジメさん」
彼女はいつも通りだ。私を心配しながら話しかける。
「あぁ、もう大丈夫だ、ありがとう。それで、アリシア、さっきのは……」
私は、途切れ途切れになりながらも彼女に聞いてみようとする。
「……誰にでもあるんです」
珍しく彼女は、少し考えたような間を開けながら答えた。
「誰にでも?……」
私は彼女の言葉の意味がわからなかった。
「はい。昔の時代に、熱中症という暑さで人間が意識を失うようなことがあったらしいのですが、それと似たような症状です。でも、大丈夫ですよ」
彼女は、何かを知っているが、それを隠すような言い方で私に説明した。
「大丈夫なのか?」
状況が把握しきれていない私は、彼女の言葉を復唱し、確認した。
「はい、大丈夫です」
どこか遠くを見ているような、輝きを失った目を私に向けながら、彼女は言った。
「そうか……それで、なんでアリシアはそれを知っているんだ?」
あの時に、私とは対照的な動きをしていた彼女が気になった私は、彼女に質問してみた。
――自分でもわかるが、この頃にはだいぶ冷静さを取り戻している。
「私が働いている人工知能《AI》の研究施設では、人間が倒れた時に人工知能《AI》がどのように動くかのプログラムを作っているんです。その過程で学んだんですよ」
彼女は淡々とその理由を話した。
私はこの情景に、既視感を覚えていた。
彼女はすべてを知っていて、私だけが知らないようなこの感覚……
もちろん、彼女の言っていることは矛盾していないし、嘘をついているような素振りもない。
私にはこれ以上、彼女を疑う余地が無かった。
落ち着きを取り戻した心は、冷たく重く、現実を感じながらも、体はどこか震えていた。
公園の花々が風で揺れる。小さな雲を抜けた春の太陽が、世界をもう一度輝かせる。
一人の子どもが滑り台から楽しそうに滑り降りた。
静まり返っていた公園には、もう活気が戻っている。
きっと誰もが忘れていく――さっきのことを。
何もなかったかのように、そもそも存在しなかったかのように。
私たちも歩き始めていた。
いつもよりも会話は少なめに、感傷に浸りながら、今ここにいる幸福を噛みしめて。
その後に寄ったレストランで、私たちはご飯を食べていた。
何も考えずにふらっとお店に入ってしまったのが、少し裏目にでた。
運ばれてきた想像以上の量の料理に、驚かされながらも私は
「負けるもんか!……」
と、言いながら一生懸命に食べていた。
そんなやりとりもあり、アリシアとの会話には、お互い笑い声や笑顔も戻っていた。
私が少しやんちゃなことをして、彼女が心配しながら私を見守る。
そして、目があったらお互いにプッと吹き出してしまうような、なんてことのない一場面。
けれど、それがたまらなく愛おしい。
嬉しいことや楽しいことだけでなく、悲しいことやちょっとした失敗も二人で笑い飛ばせる。
二人でいるから、なんでも乗り越えられる――
そんな風にさえ、私は思っていた。
時間をかけながらも最後には、なんとかすべての料理を平らげ、二人で膨れ上がったお腹の写真を撮った。
店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
苦しいお腹を優しくさすった後、軽く背伸びをしながら
「おいしかったけど、少し多かったね」
と、私は苦笑を浮かべながら彼女に言った。
「そうですね。でも、すごかったです。私の残した分も全部食べてしまうなんて……」
彼女は、目を輝かせながら私を見て言う。
「ははは……なんだか、もったいないでしょう?」
少し自慢げに、しかしながら誇張はしないように、私は答えた。
「そうですね。でも、本当に大丈夫ですか?」
理解を示しながらも、彼女は私を気づかって聞いた。
「はは……大丈夫、大丈夫。家に着くまでには落ち着くって」
私はそう答えながら、歩き出した。
本当はかなり限界で、ギリギリのところまで来ていた。
しかしながら、彼女に心配させまいと、小さな意地を通しているのであった。
私たちは家路へと向かう。
他愛ない会話に盛り上がったり、静かになったりしながら。
街灯で照らされた薄暗い夜道を、二人で歩いていた。
春の夜風は、少し冷たく、私たちに向かって吹いていた。
今日、私は一つだけ、彼女に嘘をついた――
本当は、料理の味なんてわかっていなかった。
――あの出来事のせいなのか、それとも別の理由なのか。
それすら、まだ自分でもわからなかった。




