作られた家族
しばらく月日がたった後の週末、私とアリシアは公園に遊びに来ていた。
この公園は、大学時代によくアリシアと一緒に来ていた思い出のある場所だ。
敷地の広さもさることながら、季節ごとに来園者が楽しめるような工夫が施されており、何度来ても飽きない。
私たちは、いつもよりも歩く速度を少し落として、時々立ち止まりながら園内をゆっくりと散歩し、思い出話に花を咲かせていた。
春の日差しが優しく、葉や木々を照らしていた。
その心地よさの影響か、集まってきた子どもたちが、公園内を無邪気に走り回っている――
「懐かしいですね」
彼女は景色を眺めながら言う。
「そうだね。もう、何年も前の事なんだよな」
私は昔を思い返しながら、返事をする。
「はい。あの時はまだ、アリシアさん。って、ハジメさんは呼んでましたよね」
景色から私の方に視線を変えて、彼女はそう言った。
「あ、ああ。たしか、そうだったっけな」
急に恥ずかしい気持ちになり、私ははぐらかすような返事をする。
――全身がゾクッとした。
「そうですよ。私、ちゃんと憶えてますよ。あの時のハジメさんは、少し緊張してましたよね」
彼女は私の気持ちなどお構いなしに話を続ける。とくに悪びれるつもりは無いのが分かった。
「そうだったな……今思ってみれば恥ずかしい思い出だけど、その先に今があるって思えば、いい経験だったな」
彼女の変わらない態度のおかげで、私は落ち着いて返事が出来た。
週末ということもあり、公園内には家族連れも多くみられる。
子どもが遊べる遊具のゾーンや、ボール遊びが出来る広い芝生のエリアもあるので、それぞれの好みにあった遊び方が出来るためだろう。
そういえば、私たちは付き合ってからそれなりに経つが、結婚や子どもの話をしたことが無かった。
――私はこういうところに疎い。
少し言い訳をすれば、この世界では結婚という概念が、あまり強い意味を持っていないということも影響しているかもしれない。
なぜならば、今の世界で子どもは、自然出産からは生まれないからだ――
これは人工知能《AI》が演算し、最適化した結果なのだという。
欠陥的な遺伝情報をもつDNAは排除され、今は遺伝病といわれるようなものは、すべてなくなった。
さらに、高度な医療の発達のより、人間は病気で死ぬことはなくなり、30歳くらいの肉体の状態を、寿命が来る時まで維持できるようになった。
――こういう科学と医療の進歩には、私は頭が上がらないほど感謝をしている。
もし死ぬとしたら、事故か寿命だろう。
もちろん、今の世界で事故の確率は限りなく低い。
そんな人間の寿命は、人にもよるが、大体200年とされている――
これらの内容を私たちは、義務教育時代に学校で学習した。
子どもについていえば、人間の数は国によって管理されているので、予約制なのだ。
人口の上限に合わせて、申し込み順で順番に、子どもを授かる。
――文字通り、人工出産された子どもを授かるのだ。
子どものDNAは調整が可能なので、単純に両親のDNAを掛け合わせることもできるし、運動能力の高いDNAを混ぜることも可能だったりする。
――そんなことを考えていたら、アリシアとの未来まで想像していた。
「私とアリシアの未来は、どうなっているかな……」
考えていることが、ついつい口から出てしまった。
「未来ですか……ハジメさんは、どんな未来がいいんですか?」
私の言葉が聞こえていたアリシアは、そう聞いてきた。
「うーん……」
私は一度、彼女の方を向いた後、考え込むような姿勢をしながら返事をする。
「さっき、家族連れの方を見てましたよね。ハジメさんは子どもが好きなんですか?」
彼女は興味津々といった感じで、私の顔を観察している。
――恥ずかしいっ!
こんな状況で平然と回答できる人間がどこに存在するだろうか。
悪気の無い彼女の行動にいつも私は押し切られてしまう。
「……子どもは好きだよ」
若干の変な間はあったものの、私は返事をした。
「そうなんですね。それじゃあ、子どもは欲しいですか?」
私に追い打ちをかけるように躊躇なく、彼女は私に聞いてきた。
いくら今の世界で自然出産が無くなったとはいえ、人類が昔の時代に生殖行為によって子孫を増やすことを知っていた私は、照れを隠せなかった。
――顔が熱くなるのを感じる。
「欲しいけど……今はまだ、二人がいいかな」
落ち着くための間を充分に取った後、少し下の方を向きながら私は答えた。
すると、
「よかった。私も同じです」
と、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべながら、そう言った。
賑やかだった公園だが、その瞬間だけ風が止み、静寂に包まれたように感じた――
その時の彼女の笑顔は私の心を動かし、一枚の写真のように、脳裏に焼き付いた。
――かなわないなぁ。
心の中で、そう思った。
彼女のことを大切に思っている気持ち、彼女と一緒に描きたい未来、いろいろな感情がこみ上げてきた結果、湧き出た言葉だった。
「もう少し歩こうか」
たくさんの温かい気持ちを与えてもらった彼女に心の中で感謝をしつつ、私は言った。
「はい!」
いつも通り、シンプルで心地の良い言葉が返ってくる。
心地よい春風が、公園の木々や彼女の髪を揺らす――
週末の昼下がりの公園で流れる穏やかな空気。
ゆっくりと歩き出した私たちの、視界の奥に映る3人家族の父親が――突然、倒れた。
父親が持っていたボールは、行き場をなくして、地面を転がっていく。
「えっ……」
――全身から血の気が引いていく。
つい先ほどまでの温かさを忘れ、ただただ茫然と立ち尽くしている――
突然のことに混乱していて、私は動けなかった。
そもそも目の前で起こっていることが、理解できなかった。
この世界には、病気は存在しないのだ――
その前提が崩された今、真っ白な頭の中で必死に他の可能性を探していた。
その間、私はただ立ち尽くしているだけだった……が、彼女は違った。
彼女は、私の様子を確認した後
「ハジメさん、少しだけ待っててくださいね」
といって、倒れた父親の方に駆け寄っていくのであった。
この周辺を取り巻く状況は、少々異常であった。
ただ立ち尽くす者、うろたえる者がいる一方で、すぐに父親に駆け寄り、視線を遮断し、事態を解消しようとする者がいた。
さらにいえば、駆け寄った者たちの動きや連携は洗練されていて、無駄のないようにさえ見えた。
その割合は、半分半分くらいで分かれている――
周辺の状況が整理できるくらいには、落ち着きを取り戻したところで、私はアリシアの方へ力の無い足取りで向かっていった。
彼女たちの対応はとても素早く、私がアリシアの元に辿り着くころには、彼女のするべきことは終わっていたようだった。
到着した救急隊が、手際よく父親とその家族を車に乗せ、あっという間にその場を去っていってしまった。
そしてその場には、主を無くしたボールだけが静かに、世界から忘れ去られたかのように残っていた――




