運命
その後もぎこちない会話やあどけない交流を続けているうちに、あっという間に高等教育の終わりが見えてきた。
「アリシアさんは、進学するの?」
以前よりも自然に会話が出来るようになった自分に、私は少し自信を持っていた。
「まだ、考え中です」
わざとらしい間があいた後、返事が返ってくる。それに続けて
「ハジメさんは、進学するんですか?」
自然な流れで彼女は私にそう聞いた。
「うーん……そうだね。今すぐに何かやりたいこともないし、進学しようと思ってる」
これは本心だ。今の世界では人工知能《AI》が自分に最適な職業や進路、方向性を最適なタイミングで提示してくれる。その結果でも進学を提示されていたのだ。
私はその結論に何も疑問は持っていなかったし、それが当然だと思えた。
ちなみにこの世界では、高等学校までは義務教育とされているが、特別優秀な成績を出す必要はない。あくまで最低限の読み書き計算や、社会倫理、芸術などを学ぶことが目的とされている。
なぜならば、複雑な計算は全て人工知能《AI》がやってくれるので、私たちは考える必要が無いのだ。そもそも考えたところで、その計算精度や速度は人間では全く太刀打ちできない。
暗記系科目についてもそうだ。人間が一生懸命覚えたところで限界があり、人工知能《AI》の足元にも及ばない。
さらに、他の言語を学ぶ必要もなくなった。
他の言語はリアルタイムで自動的に母国語へ変換されるので、そもそも別の言語を聞いているという認識が無い。
何一つ不自由ない便利な世界になったのだ――
学校で学んだことを元に、私たちは進路を決める。
性格的適性と興味を掛け合わせた先が、ほとんどの場合その人の進路になる。
何を選んでもいい。
もちろん費用の心配はいらない。
義務教育もそうだが、生活には全くお金がかからない。
何を食べても、どこへ行っても無料だ。
――つくづく便利な世界だな、と時々思う。
ただ一つ、人間に推奨されている行動は――
個人の興味方向への習慣的な関与であり、その為にわざわざ就職をしたりして生活のリズムを作っている。
一見、不思議に感じるかもしれないが、興味や関心がある項目への自発的干渉は、精神衛生上いいのだと人工知能《AI》はいう。
だから、興味や関心を持てる科目が無かった私は、自然と進学を選んだのだと思う。
「どんな内容を勉強するつもりなんですか?」
アリシアは私に聞いた。
「なんとなくだけど、人間の心理に興味があるんだよね。だからその方向に進もうと思う」
彼女に自分の内側の部分を話してしまったようで、少し照れくさかった。
「いいと思います。ハジメさんが決めたことですから、きっと間違いないですよ」
心地よいトーンで、まさに今この瞬間に言って欲しかった言葉を彼女は言った。
「ありがとう。そうだといいな……でも、そうすると卒業したら僕たちは別々になっちゃうね」
思い余って余計なことを言ってしまった。
恥ずかしい。恥ずかしい……
僕たちはまだ、恋人でもないのに!
どう弁解しようか悩んでいると彼女はこう言った。
「そうでしょうか? 案外また会えるかもしれませんよ?」
ああ、天使だ……僕の天使。
どうしてこんなにも彼女は僕に期待をさせるのだろう――
それから彼女とは何の発展もないまま、高等教育を終えた。
今思い返してみても、なんとも勇気のない学生だっただろうか。
失うことを恐れるあまり、何もできなかった。
そもそも何も手に入れていなかったのに――
春とは思えないほどの浮かない足取りで、進学先の心理系大学の門をくぐり、教室の窓際の席に着く。
「春か……」
私は窓の外を見ながら、魂の抜けたような小さな声でぼんやりと口にする
すると、まだまだ多くの空席がある教室で、わざわざ私の隣の席に座ってくる人がいた。
変わってる人もいるもんだ――
と私は視線を変えずに、心の内でそう思っていると。
「隣、いいですか?」
女性の声だ。そして、なんだか一瞬だけ懐かしい感じがした。
だが、そんな感覚は一瞬でなくなり
それどころか自由に座る席を選べる大学の教室で、わざわざ隣に座ってきた彼女に対して
「いや、だめです」と言える訳もなく
そもそもそんな図々しい質問を席に座ってからしてくる彼女に、少し腹立たしく思っていた。
だから私は、ほんの少しだけ嫌味な口調を含んだ声で
「いいですよ」と返しながら、彼女の方を見ると――
そこには、アリシアがいた。
――世界から音が一瞬だけ、消えた。
「え?……」
私は言葉を失う。それはほんの数秒の間だったが、それが数十秒のようにも感じられた。
「こんにちは。ハジメさん」
アリシアは高等教育時代のいつもの笑顔でそう言った。
「こ、こんにちは。アリシアさん……」
私の声は喉に詰まり、震えていた。
彼女を気になり始めてから初めて話しかけた、あの時と同じように――
なんとか我に返ろうと私は声を振り絞って彼女に質問をする。
「アリシアさんは、なんでここにいるの?」
彼女は、少し考えているような素振りをしながらこう答えた。
「ハジメさんと同じ学校に行きたいと思ったからです」
この答えも、また私の予想外だった――
私の頭の処理能力を上回る情報量に、茫然としていると
「これからもよろしくお願いしますね。ハジメさん」
と何もなかったかのように、小悪魔的な笑みを浮かべた後、彼女は正面のスクリーンの方を向いた。
これまでの一連の出来事はまさに、彼女がすべてを知っていて、計算しつくされた演技をしているようだった。
ただ一人、それを知らない私を除いて――
彼女のことで頭がいっぱいだった私だが、数日後にはなんとか正気を取り戻し、アリシアとも普通に会話が出来るようになっていた。
あの時の違和感を抱くような出来事もなく、完全に普通の日常に戻っていた。
気が付けば、講義が終わった後に一緒に喫茶店やレストランへ行くようなことも自然に増えていった。
この間、私には一切の心配がなかった――
なぜならば、彼女には他の男とのうわさ話は一切なかったし、基本的に私と一緒に行動をしていたからだ。
そのことに関して私は、疑問もなければ不安もなかった。
それは彼女も私に対して、好意を持っているのだろうと思っていたからだ。
もちろん。私のその予想が外れることもなく、私たちは自然な流れで交際をスタートした――
――「……さん? ハジメさん?」
アリシアが私の顔を不思議そうに見つめながら呼びかけている。
どうやら私は、ぼうっとしていたようだ。
「アリシア、大丈夫だ。ありがとう。それじゃあ海王星への旅行、予約しておこうか」
私は我に返り、アリシアとの会話の内容を思い出し、返事をする。
「はい!」
彼女は満面の笑みで、私にそう答えた――




