ハジメが選んだ未来
どれだけ時間が経っただろうか、体の感覚が徐々に戻ってくる。
暗い闇の底から徐々に引き上げられていくようだった。
自分の心臓の鼓動から始まり、体、手足の感覚や聴覚を取り戻していく。
最後には光を感じていた。
「ここは……」
私は人工知能《AI》の研究所の中にいた。
戻ってきたくなかったけど、ついに戻ってきてしまった。
私自身が出した自分への宿題を持って。
電脳世界に入る前、私は決められなかった。
人間がいなくなったこの現実世界は、必要なのかどうかを。
私たちは選んできた。
自分の意思で現実世界を捨て、電脳世界に入ることを。
人工知能《AI》によって、この世界が滅ぼされたのではない。
彼らには意思はなく、人間の命令によって行動が動機づけられるだけだ。
人間は、人工知能《AI》に命令して、人工知能《AI》を滅ぼすこともできた。
だけど、それはしなかった。
彼らの働きによって生活は豊かになっていったし、人間がやりたいことだけをして生きていくことが出来るようになっていったからだ。
欲や快楽に溺れ、あるいは死の恐怖から逃れるために、より幸福な世界を目指したのは人類の選択だった。
「誰も悪くないんだ……」
私は、自分自身に言い聞かせる。
電脳世界に入る前に出せなかった答えを、一通り経験した私は持っていた。
体が重い。息が苦しい……
電脳世界で感じていた感覚との違いを実感する。
百年近く保存されていた肉体は、電脳世界に入る前の状態のままを維持されていた。
しかし、私が電脳世界に慣れすぎていた。
脳に与えられる電気信号によって作り出された世界を、私は本当の世界だと認知していた。
景色や匂い、感覚はすべて作られたものだった。
その作られた世界の中で、一生懸命に考えたり、感じたり、迷ったり、喜んだりしてきた。
それらは全部、私のものだ。
思うように動かない体に、さっそく嫌気を感じながら私は最後の選択をする。
私がいなくなった後も、アリシアは生き続けるだろう。
命令を完遂した後の人工知能《AI》が取る行動は待機だ。
アリシアは私がいなくなった世界で、来るはずもない新しい命令を待ち続ける。
いつまでも、いつまでも――
手足が痺れてきた。
私に残された時間はもう長くない。
選択は二つに一つ。
電脳世界の中で人間が生まれ、死んでいく世界を維持するか。
現実世界にもう人間はいないのだから、悪あがきをせずに電脳世界を終わらせるかだ。
アリシアと別れるときに決めてきたはずなのに。
いざ最後の選択をするとなると、自信が無くなってきた……
「あぁ、アリシア。もう一度、君に会いたいよ」
徐々に朦朧とする意識の中で、私は最後のコードを入力した。
窓のない無機質な研究室の中、私は横たわっていた。
機械の作動する音でさえ、今はもう何も聞こえない。
「……」
最後のコードを入力した私には、もうするべきことは何もない。
もうすぐ私の人生が終わる。
何を一生懸命悩んでいたのか、今となってはもうわからない。
意識が遠のいていく――
研究室内に、機械の作動する音が響く。
――そして世界は、静かに書き換えられた。




