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電脳世界の終わり方  作者: ナナフシ
6章:掴んだ真実、望んだ未来
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託されたもの

「この世界をどうするか……か」

記憶を失う前の私が残した言葉の本意は、今の私にはわからなかった。


そもそも私が世界を変えられるのか?

それなら、なぜ今の私は記憶を失っているのか。

考えようとしても、霧がかかったように思考が空回りするだけだった。


沈黙の時が流れる――

その間、ずっと私を見守っていたアリシアが、静かに動き出した。


「ハジメさんから預かっているものは、他にもあります」

彼女は行き詰っている私に助け舟を出した。


私は顔を上げ、彼女を見る。

彼女は、どこか遠い場所を見るような目で、じっとこちらを見つめていた。

その瞳に、なぜだか少し胸が痛んだ。


どんな情報だったとしても、今の私には必要だ。

ここまで来て今さら引き返すことはできない。

だから私は――

「わかった。教えて欲しい」

と返事をした。


さて、過去の私はどんなものを残したのか。

彼女は鞄から小さなものを一つ取り出し、手で握りしめた。

胃の奥がきゅっと締めつけられる。

それが不安なのか期待なのか、自分でも判別がつかない。


そして彼女は、握りしめた手を私の前に出し、開く――

差し出された手は、ほんのわずかに震えていた。

本来なら震えるはずのない手のはずなのに。


強張った表情に、硬く結んだ唇。

それらすべてが、そのものの重さを物語っているようだった。


緊張で胸が苦しい。

僅か数秒の間に、様々な感情が体中を駆け巡る。


開かれた手の中から現れたのは――

「指輪……?」

私はそのものの正体を口にした。


彼女は何も言わずにこちらを見ている。

以前の私から託された大切なもの。

それを彼女は百年以上もの間、その時が来るまで持ち続けていたのだ。


私は、彼女と以前の私の期待に応えられるだろうか……

不安に押し潰されそうな感情の中、彼女の掌の上の指輪へと手を伸ばす。


そして、指輪に触れた――


「……っ!」

雷に打たれたような衝撃が体中に走る。


「これは……」

記憶の断片が、体の奥底から湧き上がってくる。

匂い、声、光の色――言葉になる前の感覚が、胸を満たしていった。


それは思い出だ。

私の父と母の、そして研究室のデコモリ室長と過ごした時間の。


途端に、涙が頬を伝って流れて落ちた――

彼らと過ごした時間は偽物ではなかった。

そして――

胸の奥で、ずっと引っかかっていた違和感の正体を、ようやく掴んだ。


胸の奥がじんと熱くなる。

私は今、どんな顔をしているだろうか。


触れた指輪は、アリシアの手の中で温められていたのか、とても温かい。

今の私の胸の感情と同じだ。


「思い出させてくれてありがとう……」

私は彼女に向って感謝を伝える。

失った悲しさ、思い出せた喜び、そのすべてが入り混じり、心を支配していた。


感極まっている私に彼女はこう言った。

「……まだ、終わりじゃないです」

表情を変えないまま、私が受け取った指輪を再度手にする。


「これが本当の、預かっているものです」

そう言って彼女は、私の左手をそっと取った。

そして、迷いのない動作で薬指に指輪を嵌める――



私は、たくさんの機械に囲まれた部屋の中にいた。

窓の無い人工的な灯りに照らされた息の詰まるような空間。


その中で一人、”私”が1台のコンピュータに向かいながら、頭を抱えていた。

その光景を”私”は、自分の過去を再生するように俯瞰して眺めている。


私は憶えている――この景色を。

「そうだ……私は、研究者だったんだ」

記憶が、感情が、心がすっと私の中に入ってくる。


暗く、冷たく、静寂なこの研究室の中で、私は作業をしていた――

それは、一人の人間が抱えるにはとても重く、そして頭がおかしくなりそうなほど辛い作業。


毎日毎日、私はただ――世界を終わらせるために――働いていたのだ。

他にはもう誰も人間はいない。


残された私一人が、最後の指令コードの入力と確認を行っていた。

キリキリと胃を痛めながら、全く気分の乗らない作業を少しずつ、確実に終わらせていく。


時折、自ら頭を机に強く打ちつけながら、どうしてこうなってしまったのかと一生懸命に考えていた。

しかしながら、時が経てば経つほど、底なし沼のようにすべて飲み込まれていく……


研究室にいる私を眺める私も、無力感でいっぱいになった。

思い出した自分の過去にほろりと一筋の涙が流れたとき、研究室に誰かが入ってきた。


「あぁ……」

意図せず声が漏れる。


その容姿を一目見ただけで、誰だかわかった。

温かくて優しい、そして笑顔が素敵な――


「アリシア、君は……」

堪え切れず目の前が涙で滲んで見えなくなった。


ずっと一緒だった――私とアリシアは。

今の世界でも、その前の世界でも。


いつも一緒にいてくれた――彼女は私の為に。

取り残された世界から、今の世界まで。


無力感でいっぱいだった私の心に、小さな灯りが灯った。

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