第三章 冷徹侯爵の再訪
ノースゲートでのルチアの改革から三ヶ月が過ぎた。
痩せていた土地には、早生種のジャガイモや寒さに強いライ麦の芽が出始め、地熱を利用した温室では、色鮮やかなハーブや野菜が育っていた。領民たちの顔には、久しく見られなかった活気が戻ってきていた。
そんなある日、ノースゲートに一人の訪問者が現れた。
銀色の髪に、冷たい輝きを放つ銀の瞳。それは、ルチアの元婚約者、アベル・フォレスト侯爵だった。
彼は簡素な旅装を纏い、数名の護衛を連れていたが、その威圧感は変わらない。
「ルチア・アルベール。まさか、貴様がこのノースゲートをここまで変えるとはな」
侯爵館の前に立つアベルは、ルチアが着ている汚れのついた作業着と、陽に焼けた健康的な顔を、微かに驚いた表情で見つめた。
ルチアは警戒心を抱きながらも、毅然とした態度で応じた。
「元婚約者殿。何か御用でしょうか。私は追放の身。王都の貴族が立ち入る場所ではありません」
「私は領地視察の一環として来た。このノースゲートが、貴様のような追放された女によって荒廃していないか確認するためだ」
アベルの言葉は冷たいが、その視線は館やルチアではなく、領地の畑や、領民たちが働く温室に向かっている。
ルチアはため息をついた。
「残念ながら、殿下の想像通りにはなっていません。ここは荒れてなどいない。むしろ、豊かになりつつあります」
ルチアはアベルを案内し、自分が開墾した畑、水路、そして領民が作り始めた薬草園を見せた。
「この魔法は、ゲームでは『観賞用』だと笑われていたものです。でも、この土地では最高の宝になった。私の魔法は、誰かを攻撃するためではなく、命を育むためにある」
アベルはルチアの言葉に何も答えなかったが、彼の瞳には、ルチアの知らない感情の揺らぎがあった。
数日後、ルチアはアベルから衝撃的な事実を聞かされる。
「ルチア、お前が断罪された、あの暗殺未遂事件。あれは、聖女リリアによる自作自演でも、お前の悪意でもなかった」
アベルは、ルチアが追放された後、独自に事件の調査を続けていたのだという。
「真犯人は、公爵家の側近だった。奴はお前の父、アルベール公爵の失脚を狙い、お前がリリアを妬んでいるという事実を逆手に取った。魔道具は、お前の部屋から盗まれたものとすり替えられていたのだ」
ルチアは愕然とした。彼女が避けようと努力した断罪は、彼女自身の悪行ではなく、最初から仕組まれた陰謀によるものだった。
「なぜ、それをあの場で言ってくれなかったのですか!」
ルチアの怒りは、アベルに向けられた。
アベルは静かに銀の瞳を伏せた。
「私には、その側近と繋がっている公爵家をすぐに断罪する力がなかった。そして、当時の私は……お前の行いを信じきれていなかった。ゲームのシナリオ通り、お前が嫉妬に駆られたと疑ったのだ」
彼の告白は、ルチアの心に深く突き刺さった。彼の無関心は、彼女を疑う自分自身への苛立ちだったのかもしれない。
「だが、私はお前が王都から姿を消したことで、初めて冷静に周りを見ることができた。お前が真犯人なら、こんな寒々しい辺境で、わざわざ泥まみれになって領民のために尽くすはずがないと」
アベルは一歩踏み出し、ルチアの肩を掴んだ。
「ルチア。私は、お前に謝罪したい。そして……お前が王都へ戻る道を用意する。お前の名誉は、私が必ず回復させる」




