85:林の奥で始まる戦い
■アドレナリンと、赤い砂
「それじゃ、行ってくるね!」
心優は愛衣ちゃんと和樹君を連れて、ハンバーガーを買いに行った。
今年のビーチはキッチンカーが大繁盛していて、心優はその中でもトイレの少し向こう側に停まっていたハンバーガーのキッチンカーが気になって仕方がなかったらしい。
他の何人かのメンバーは、少し離れたところでビーチバレーを楽しんでいる。
防波堤の上では、あの男がまだ瞑想中だ。
ふと周囲を見渡す。
愛衣ちゃんの彼氏は…… 見当たらない。
出来れば関りを持ちたくないのでありがたい。
そういえば、愛衣ちゃんと彼氏って、あまり一緒にいるところを見ないな。
そんなことを考えていると、少し離れたところで美奈代と慎也さんが楽しげに話しているのが目に入った。
「なぁ、吉野」
彼氏と話していた美奈代が、おれに話しかけてきた。
「なに?」
美奈代と慎也さんが、周囲を見回しながら眉をひそめる。
「愛衣の彼氏、どこにもいないんだけど。もしかして心優の後をついて行ったんじゃないか」
「そうだな。あいつ、心優ちゃんのことばっかり見てたし、吉野くんが一緒にいないのをチャンスだと思って、ついて行ったのかも」
「まさか」
そんなことを言われると、途端に胸がざわつく。
「気になるのでちょっと行ってくる」
おれが立ち上がると、慎也さんが声をかけてくれた。
「俺も一緒に行こうか?」
ありがたい申し出だけど、美奈代たちの楽しい時間を邪魔するわけにはいかない。
「いえ、おれだけで大丈夫です」
□
おれは遊歩道をキッチンカーに向かって急いだ。
心優は愛衣ちゃんと一緒にいるんだから、おかしなことにはならないと思う。
……なのに、なぜか胸騒ぎが止まらない。
ハンバーガー屋ののぼり旗が小さく見えてきたので、少し足を速めた。
大きなトイレの建物の横を通り過ぎようとしたとき――
「うわっ!」
トイレの横から飛び出してきた少年とぶつかった。
おれは地面に尻もちをつき、少年も膝をつく。
「大丈夫かい?」
顔を上げた少年は泣きそうな顔でおれを見た。
「吉野さん! 心優さんと、愛衣さんが!」
和樹君?
和樹君の様子が尋常じゃない。
「心優がどうしたって?」
おれは和樹君の両肩をつかみ、揺さぶるようにして問い詰めた。
「はっ、早く。一緒に来てください!」
おれはすぐに立ち上がり、和樹君の背中を追いかけた。
□
和樹君がおれを連れてきたのは、トイレ裏の林だった。
ざわつく男たちの声が聞こえる。
「やめてぇ!」
今の声は…… 愛衣ちゃん?
「和樹君は人を呼んできて!」
おれは和樹君をその場に残し、先に進んだ。
生い茂る細い木の枝をかき分けると、三人の男が、倒れた男を囲んでいた。
さらに奥には、女の首に腕を回し身動きを封じている男、別の女の腕を捻じりあげている男がいる。
首に腕を回している男は、片手にビールの缶を持っていた。
たちの悪い酔っ払いか……
「たっくん!」
首に腕を回されている女が、弱々しい声でおれの名を呼ぶ。
五人の視線が一斉におれを刺した。
落ち着けぇ、落ち着けぇ。
おれは自分に言い聞かせる。
心優の水着は乱れていない。
愛衣ちゃんも同じだ。
相手は五人。
単純に考えて勝ち目はない。
心優を捕まえている男は、郷原みたいに背が高く、ガタイがいい金髪男。
愛衣ちゃんの腕を捻じりあげている男も筋肉質だが、少し背が低く横に広い体格をしている短髪。
残りの三人は、金髪と短髪に比べて貧相な体つきだ。
右から赤いロン毛、青毛、最後は…… 緑? こいつら異世界から来たのか?
金髪と短髪はおれより幾分年上みたいだが、異世界トリオは同い年くらいに見える。
「あっ、あなた達は何をしているんですか?」
おれは手のひらを見せながら、慎重に金髪男へ歩み寄る。
数歩踏み出したところで、足を止めた。
足元の砂の色が変わっている。
これは⋯⋯
血?
倒れた男を囲んでいた三人が、おれのほうへ向き直り、横一列に並んだ。
彼らの背後で倒れているのは、愛衣ちゃんの彼氏―― 秋葉っぽい。
砂だらけで、顔や体に血が付着している。あれは鼻血だな。
じゃぁ、この足元の血は秋葉の鼻血か。
「なんだ、お前」
金髪男が気だるそうに言った。
「おれは、その子たちの連れなんですが、なにかあったんですか?」
「ふっ」
金髪男が鼻で笑う。
「俺たちは、このお嬢さんたちを“海上ツーリング”に誘っただけさ」
「海上ツーリングというと?」
周囲を警戒しながら、話を長引かせることを考えた。
和樹君が助けを連れてくることを期待するしかない。
「なぁに、水上バイクで向かいの島まで遊びに行くだけだよ」
……それって、どこか分からない場所に連れ去るってことか!?
「それはちょっと…… 誘拐になりません?」
おれも金髪にあわせて、笑って見せる。
「そんなことはないぞ。もう一緒に遊びに行こうって話になってるんだから。なぁ、おじょぉさん」
心優は小さく首を横に振り、イヤイヤと拒否の意志を示す。
くっそ、なにがなんでもここで心優たちを取り戻すしかない。
でも、どうやって水上バイクまで連れて行く気だ?
心優達がおとなしくついてくるとは思ってないだろう。
周囲に助けを求めれば、水上バイクまで連れて行くのは不可能だ。
おれは金髪男の服装を確認する。
薄手の黄緑のパーカーに海水パンツ。
んっ……?
ポケットが下に引っ張られている。
中に何か重いものでも入っているのか?
変形したポケットの形状からして、15センチくらいの棒状の物体が収まっているのがわかる。
恐らくあれは……
折りたたみ、もしくは飛び出しナイフ?
ナイフで脅かして、水上バイクまで連れて行く気か。
おれが睨みつけると、異世界トリオがじりじりと包囲を狭めてきた。
「やれっ」
金髪が冷たく言い放つ。
「悪いな、兄ちゃん」
正面にいた赤ロンが、おれの首に腕を回した。
「あはは、お手柔らかに。ぐっ……」
おれはその場に膝をつく。
話している最中に腹を蹴り上げるなんて、礼儀知らずもいいところだ。
「座っていいなんて言ってないだろ」
すかさず後頭部を蹴られ、砂の上に突っ伏した。
口と鼻に砂が入った。
最悪だ。
すると突然――
体に電流が走った。
驚いていると、横から腹をもう一度蹴られ、おれは横に転がりながら体を丸めた。
口の中に変な味が広がる。
地面を見ると、おれがキスした砂は赤黒く染まっていた。
この味は⋯⋯
秋葉の鼻血かよ。
「なんだ、もう終わりか?」
そうだな、普通ならもう終わりだ。
だが、おれはゆっくりと立ち上がった。
異世界トリオの位置を確認する。
赤ロンはおれの正面にいた。
位置的に横からおれを蹴ったのは青毛だ。
じゃぁ、おれの後頭部を蹴り飛ばしたやつは……
緑毛。
いやミドゲ。
どいつもむかつくが、頭を蹴ったやつは特にむかつく。
おれはターゲットをミドゲに絞った。
今まで感じたことのないこの気分……
もしかして、アドレナリン?
おれはニタァッと笑った。
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