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84:防波堤の気さくな男

■貝殻と浮き輪と、妙な出会い


 浮き輪の穴に尻を突っ込み、波に揺られながらぼーっと空を眺めていた。

 雲ひとつない青空。風はゆるやかで、潮の香りが鼻をくすぐる。


「ぷぅふぁ!」

 突然、横で水しぶきが跳ねた。


 小さな水中眼鏡をかけた心優が、勢いよく海面から顔を出す。

 心優はさっきから貝殻拾いに夢中になっていた。


「はい、これも持ってて!」

「あぁ」


 心優はキラキラ光る貝殻をおれに手渡すと、大きく息を吸ってまた潜った。

 おれは手渡された貝殻をビニール袋に放り込む。


 心優はこういうキラキラ光るものが、子供のころから大好きだ。

 たぶん、帰ったらお気に入りを選別して部屋に飾るんだろう。


 浮き輪に乗ってから三十分くらいは経っていると思う。

 ヤシの木が離れて見えるので、少し流されたようだ。

 眠くなってきたとき、後頭部に鈍い衝撃が襲った。


「痛ってぇ」

 振り向くと、そこには無機質なコンクリートの壁があった。


 防波堤か。

 浮き輪に揺られながら、おれはぼんやりと空を仰いだ。

 太陽の光がまぶしい。


「よう兄ちゃん、大丈夫か?」 

 誰かが気遣って、声をかけてくれた。


「大丈夫です」

 声のするほうを見上げると、防波堤の上から覗き込む顔があった。


「そんなとこで頭ぶつけたら、バカになるぞ」

 気さくに話しかけてくる男の顔は、歩行者信号のようだ。

 そのとき――


「ぷぅふぁ!」

 おれのすぐ横で、水から心優が飛び出した。


「たっくん、これ見て! すごくキラキラしてるでしょ! このピンクの貝殻!」

 タイミングが悪い。


「よう、おねえちゃん。浮き輪の兄ちゃんの彼女か?」

 心優は驚いて顔を上げるが、そのままフリーズして……


「おっ、おい!」

 沈んでいく心優の手を慌てて掴み、浮き輪に引き寄せた。


「げほっ、げほっ……」


「大丈夫か? おねえちゃん」

 その様子を見ていた異常者は、気まずそうな顔をしているように見えた。


「脅かして悪かったな、可愛いおねえちゃん」

 心優は咳き込みながら、防波堤を見上げる。


「ご心配かけてすみません。ごほっ…… あのう、そんなところで何をしているんですか?」

 心優の言葉に異常者はくつくつと笑い出した。


「俺か? 俺はここで瞑想してたんだが、飽きてきたんで寝転んで妄想にふけっていたとこよ」

「妄想ですか?」

 心優が首を傾げる。


「そうさ、妄想は楽しいぞ。そこの彼氏に訊いてみな。昨夜はどんな妄想にふけってたんですか、ってな」

 ……余計なお世話だよ。


「たっくん、どんな妄想にふけってたんですか?」

 そんなに興味深そうにするなよ!

 言えるわけないだろ!


 おれは話を逸らすために、異常者に話しかけた。


「もう瞑想はお終いですか?」

「いや、もう少しで何かを掴めそうなんだ。そろそろ再開する」

 そう言って、男は頭をひっこめた。


 おれたちは呆然と防波堤を見上げていたが……

 心優が突然、くすくすと笑い出した。


「面白い人だったね」

 つられて、おれも笑ってしまう。


「本当だ。変な人あつかいして悪いことしたな」

 もう一度防波堤を見上げると、男がまた顔を出していた。


「お前ら、悪いことは言わねぇ。今日は早く帰れ」

 男は、心配しているような表情をしている…… と思う。

 ペイントのせいでよくわからんが。


「どうしてですか?」

 心優が尋ねた。


「とにかくだ。いいか、忠告はしたぞ」

 それだけ言うと、男は再び頭をひっこめた。


□唐揚げひとつで騒がしくなる昼

「いっただきまーす!」


 昼飯を海の家で買ってきたみんなは、レジャーシートの上で思い思いに食べ始めた。

 正面に座る心優は、焼きそばを豪快に頬張っている。


「お前よく食えるな。さっき渦巻きソーセージを食ってたのに」

「たっくん、わかってないね。渦巻きソーセージは食前食だよ。この焼きそばはお昼ごはん」


 得意げに言うが―― 何言ってんだ?

 それに箸を振り回しながら喋るのはやめてほしい。

 焼きそばが飛んできそうだから。


「それにね、ソーセージはタンパク質、焼きそばは炭水化物でしょ。私、ちゃんと栄養のバランスも考えて食べてるんだからね」

 どこから突っ込むべきか迷うが、相手にしているとキリがないので、おれは家から持ってきた弁当のふたを開けた。

 暑いので、弁当と一緒に入れておいた保冷剤は、すっかり溶けてふにゃふにゃだ。


「うぉぉ、豪華だね! たっくん」

 心優が大きな声を上げるせいで、水着に続いてまた注目を浴びてしまった。

 あんまり見られたくないんだけどな。


「吉野、それ自分で作ったのか?」

 たこ焼きを片手に、美奈代が弁当を覗き込んでくる。


「いや、姉ちゃんが作ってくれた」

 そう、姉ちゃんが朝早く起きて作ってくれたのだ。


『せっかくみんなで海に行くのに、お小遣いをあげられなくてごめんね』

 なんて、申し訳なさそうに言われたときは泣きそうになった。

 そして、


『海の家で使うお小遣いをあげられない代わりに、ちょっと豪華なお弁当を作ったよ』

 そう言って、姉ちゃんはおれに弁当を手渡してくれた。


「さすが、ななちゃんだね。どれも美味しそう」

 大盛りの焼きそば片手に何言ってんだか。


「ななちゃんって、心優がいつも話してる向かいの家の万能姉さんのこと?」

 美奈代が興味津々で尋ねる。


「そうだよ。すっごく美人で、頭良くて、家事は何でも出来るスーパーお姉さん! 私、小学生のときからずっと勉強を教えてもらってたんだよね。どうして私じゃなく、たっくんのお姉さんなんだろう」

 心優は口を尖らせる。


「お前、毎日のようにうちに来て、姉ちゃんと何時間も話してるだろ。ほとんど姉妹みたいなもんじゃないか。一緒に出掛けたら、いっつも姉妹と間違われてたし」

 小学生のころから、そんな場面を何度も見てきた。


「そうだよね、逆にたっくんは姉弟に間違われたことないよね」

「ほっとけ」

 おれは心優をキッと睨む。


「それより吉野。このから揚げ、一個もらっていいか?」

 美奈代がさっきから弁当の唐揚げをじっと見ているのに気づいていたから、断りづらい。


「あぁ、一個だけな」

「やった、ありがとう!」

 美奈代はたこ焼きのつま楊枝でから揚げを刺すと、ぱくりと口に放り込んだ。


「うっま。吉野、この唐揚げマジで美味いな」

「だろ」

 姉ちゃんの唐揚げを褒められると、おれまで嬉しくなる。


「お礼にたこ焼きあげるよ」

 美奈代はたこ焼きを二つ、おれの弁当箱の蓋の上に置いた。


「二つも?」

「この唐揚げには、それくらいの価値があるよ」

 美奈代をこんなに身近に感じたのは初めてだ。

 グンと距離が縮まった気がする。

 勘違いかもしれないが。


「たっくん、こんなにいっぱい食べきれるの? 無理なら私が一緒に」

「そんな心配には及ばないぞ」


 食べ終わった焼きそばの容器をレジ袋に入れ、から揚げを狙って弁当ににじり寄ってきた心優の頭を押し戻す。


「私も唐揚げ…… 食べたい」

 今度は両手を胸の前で組み、上目づかいで哀願してくる。


「お前、いま大盛り焼きそば食ったばっかだろ」

「ななちゃんのから揚げは特別なの。帰りにコンビニでから揚げちゃんおごるから、私にも分けてよ」


 いつの間にか、美奈代の隣に座っていた愛衣ちゃんが苦笑していた。

 後輩が呆れてるぞ。

 おれは大げさにため息をつきつつ、箸で唐揚げを心優の口へと押し込んだ。


「おぉぉぅ!」

 それを見ていた美奈代と愛衣ちゃんが、声を揃えて驚きの声を上げる。


「なぁ、ラブラブだろう」

「これで付き合っていないなんて無理がありますよね、大久保先輩」


「いやっ、これは……」

 箸で食べさせたのはまずかったかな。


 心優、お前も何か言えよ。

 そう思って視線を向けると、心優は幸せそうに唐揚げを噛みしめていた。

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