83:あの夏のように、手を引かれて
□バッタもんの実力
ヤシの木の下に戻ると、長めの日焼け防止用の上着、パーカー―― ラッシュガードていうんだったかな?
を羽織った心優が目をキラキラさせながら駆け寄ってきた。
女子はみんなラッシュガードを着て上半身を隠している。
男も女も座って、何やら話していた。
「たっくん、さっきの見た?」
「水柱か?」
「そうそう! すごかったよね! あれって、なんだったんだろう?」
それはおれも知りたい。
防波堤の男はまた座って、沖を眺めていた。
「僕は防波堤に座っている人が、何か投げたんじゃないかと思ったんですけど」
和樹君がおれに変わって、心優の質問に答えようとしてくれたが――
「あの人、なにも投げていませんよ」
と割って入ったのは、目立つピンクのラッシュガードを羽織ったおさげちゃんだった。
「愛衣ちゃん、どうして知ってるの?」
おさげちゃんは、愛衣ちゃんというのか。
「私、あの人が気になって水柱が上がったときも見てたんですけど、ときどき腕を伸ばしたりしているくらいで、何かを投げる動作はしてなかったですよ」
「それじゃ、なんだったんでしょう」
和樹君が顎に手をやり異常者を見ると、みんな揃って訝しげに異常者を注目しだした。
おいおい、やめろよ。
気づかれたらどうするんだよ。
幸い、異常者は沖に向かって、おかしな動作をするのに夢中だ。
「ところでたっくん。どうしたのその水着」
「神木先輩も気付きました? これイタリアのブランドの最新モデルの水着ですよね」
えっ、何言ってんのこいつら。
「そうですよね。僕もさっき気が付いて驚きました。これ十万円くらいするやつですよ」
へっ?
おれは自分が履いている水着を見る。確かにデザインは派手だがかっこいい。
さっきからやたらと周囲の視線が下半身に集まってる気がしてたけど、理由はそれか!?
「すごいな。履き心地もいいのか?」
身を乗り出して訊いてきたのは、黒い顔に白い肌の背の高い二十歳くらいの男。
声も体もデカいので圧がある。
「いぇ、その、スクール水着みたいな履き心地です」
だって、スクール水着だし。
「慎也さん、凄い食いつきぶりだな」
そうツッコんだのは、美奈代だ。
「これ、俺も欲しかったんだよ。でも履き心地がスクール水着ってのは意外だな」
自分で頼んだとはいえ、ダミアンのやつ、どんだけクオリティの高いバッタもんを作ってんだよ。
あいつのドヤ顔が目に浮かぶ。
このままだと、嘘をついているようで心苦しいぞ。
「す、すみません! これ、手作りなんで…… そんな高級品じゃないです。スクール水着に手を加えただけで……」
5,6人に囲まれて、おれは縮こまって言った。
一瞬の静寂のあと。
「「「「「えぇっ!?」」」」」
囲んでいた連中が一斉に叫ぶ。
「これ、手作りなんですか!?」
「嘘だろ、そこらのブランド品より品質良さそうだぞ」
「スクール水着って言うけど、色も形も全然違うじゃないですか! ねぇ、神木先輩」
マジマジ見ていた心優が、おもむろにおれの水着をつまんだ。
「……ほんとだ、この手触りは学校の水着だ」
心優の言葉に、全員が「マジで?」って顔をした。
帰ったらダミアンに「ほどほど」って言葉を教えておこう。
それにしても、エミリアの裁縫スキルってすごいな。
おれの水着の話題で、防波堤の異常者の話はすっかり吹き飛んだ。
心優に「誰が作ったの?」としつこく訊かれたが、化け猫に作ってもらったとは言えない。
仕方なく、「バイト先で知り合った人に相談したら作ってくれた」と適当に誤魔化した。
あきらかに納得している顔ではなかったが……
□気安く触るな
メンバーの何人かは、既に海に入っていた。
おれの前に座って、海の家のメニューについて熱く語っていた心優が、ふと泳いでいる友達に目を向ける。
「たっくん、泳ぎに行こうよ」
心優はすっと立ち上がり、長めのラッシュガードを脱いだ。
まじか。
ラッシュガードが長かったせいで気づかなかったが、その下には水色のビキニが隠れていた。
おれの背後から「おおぅ……」と感嘆の声が漏れる。
心優は苦笑いして小さく会釈した。
その中にはおさげ、いや愛衣ちゃんの彼氏も混ざっている。
お前ら彼女と一緒に来てるんだから、ほかの女に歓声上げるなよ。
心優はそんな男性陣の視線から逃げるように、おれの前にちょこんと座り直した。
心優の水着姿を見るのは小学生以来だ。
おれは脳内のグラビアアイドルフォルダを開く。
推定Ⅾ?
しかも、そのパンツ、紐で結ぶタイプだよな…… いや、紐は飾りか?
でも、もしあの紐を引っ張ったら?
いやいや、落ち着けおれ!!
そんなこと考えてたら、また立てなくなる!!
ったく、どうしてそんなエッチな水着を着てくるんだよ。
おれの内心を知ってか知らずか、心優はニコッと笑いかけてくる。
「ねぇ、海に入ろうよ」
なんか既視感があるな。
小学生のとき、一緒に海に行ったあの夏の日。
あのときも、心優はこんなふうに、おれを海へと誘った。
「……おれが泳げないの、知ってるだろ」
「知ってるよぉ。だから、はい」
心優が手渡してきたのは、カラフルな魚のイラストが描かれたビニール製の何かだった。
「広げてみぃ」
心優の言うとおり広げてみると。
「浮き輪……」
「それがあれば大丈夫でしょ♪」
海に入っている人をざっと見渡したが、浮き輪にしがみついている男は――
いない。
「恥ずかしいんだけど」
心優が頬をふくらませ、おれの腕をぐいっと引っ張る。
「行こうよ」
抵抗するものの、心優の力は思いのほか強く、砂の上をずるずると引きずられていく。
「ねぇ、その子、海に入るの嫌がってるみたいだし…… だったら俺と泳ごうよ」
気が付くと愛衣ちゃんの彼氏が、心優の肩に手を回し海に誘っていた。
「で、でも…… あなたは愛衣ちゃんの……」
心優は驚いて目を白黒させている。
おれは立ち上がり、迷わずそいつの手を払った。
「痛いなぁ、何するんだよ」
心臓がどきどきする。やっぱりトラブルは苦手だな。
小さく息を吸って吐く。
「すみません。この子おれの連れなんで、気安く触らないでくれませんか」
思ったより声が上ずったが、引くことは出来ない。
おれ以上に心優はトラブルに弱い。
心優は困惑した顔であわあわしながら、おれとこいつの顔を交互に見ている。
一歩前に出ようとしたとき、
「秋葉さん、こんなところで何してるんですか?」
澄んだ声が割り込んだ。
愛衣ちゃんが、秋葉の腕をぐいっと引っ張る。
こいつは秋葉っていうのか。
「たっくん、海、早く海に行こ!」
心優が愛衣ちゃんと視線を交わし、こくりと頷くと、おれの腕を引っ張って海へ向かった。
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