81:海に来たはずが、試練が多すぎる
◇四十三日目【7月22日(月)】
■今日も心優は厄介事を連れてくる
「海だぁーっ!」
西港西海岸駅を出てすぐ、心優が叫んだ第一声は、まるで青春アニメのワンシーンみたいだった。
駅を出てすぐ南側には広がる青い海。
そう、この駅は海岸に直結している。
西港西海岸は東から西へと約2キロにわたって続く、地域屈指の海水浴場だ。
西港市はもちろん、西都や周辺の都市からもたくさんの海水浴客が訪れる。
これだけ大きな海岸なのに、人でいっぱいだ。
平日でもこの混雑だ。土日なら、もう人で溢れ返っているだろう。
駅が海岸の西寄りにあるせいで、ビーチは主に東側へと広がっている。
西側は狭くなっていて、その先には漁船が何隻も並ぶ漁港がある。
ビーチの少し沖の方には防波堤がいくつもあり、防波堤と防波堤の間にはサメよけネットが張られている。
そのさらに向こう側では、数台の水上バイクが派手に波しぶきを上げながら疾走していた。
一台の水上バイクが、サメよけネットの向こうで急激に方向転換した。
大きな水しぶきがあがり、サメよけネットの近くで浮き輪に捕まって遊んでいた子どもたちに、勢いよく水がかかる。
危ないな、あいつら。
さて、今日のメンバーだが──
二年生はキャプテンの美奈代、心優、リボン、団子、ネコ、三編み?
一年生は先日おれを誘いに来た、おさげ、ポニテ、ショートの女子九人、荷物持ちの男がおれを含めて九人、計十八人だ。
ちなみに、おれがちゃんと名前を知っているのは心優と美奈代だけ。
他の連中は、特徴で呼ぶしかない。
「ねぇねぇ、あそこ空いてるよ! あそこにビーチパラソル立てようよ!」
今日の心優はやけにテンションが高い。
いや、今日もか。
「心優、この辺は人が多いから、もう少し東の方へ行こう」
美奈代が東の方を指さした。
東側には遊歩道と海に挟まれた、白く長いビーチがどこまでも続いている。
「そうですよ、神木先輩。端っこじゃなくてもっと東の方へ行きましょう!」
そう言ったのは、小柄なおさげの後輩、おさげちゃんでいいか。
「そっ、そう?」
おさげちゃんが心優の手を引っ張りながら、遊歩道を東の方へと歩き出した。
おれはすっかり荷物持ち役と化した彼氏さんたちと一緒に、女子たちの後ろをぞろぞろとついていく。
遊歩道沿いにはたくさんのキッチンカーが並んでいる。
心優はハンバーガーのキッチンカーに気をとられつまずいた。
つま先を押さえて、ケンケンをしている。すっごく痛そう……
「ねぇあんた、あの可愛い子の彼氏?」
声をかけてきたのは、おさげちゃんの彼氏だと言ってた男だ。
長身でガッチリした体格、ちょっとチャラい感じがする。
確か大学一年生だって言ってたな。
同じチャラ男でも悠斗とはちょっと毛色が違う。
悠斗は念願の彼女をゲットして、落ち着いてしまったが。
「いや、ただの幼馴染だけど」
「えっ、マジで? じゃあさ、今あの子はフリーってこと?」
「そうかもしれませんね」
おれは男をジロリと睨む。
「あっ、警戒させちゃった? いやさ、あんたの幼馴染、この中でも飛び抜けて可愛いから、ちょっと話してみたいな~って思ってさ」
なんだ、この男、心優に興味があるのか?
お前、あのおさげちゃんの彼氏だろ。
それにしても、なんで心優はこういう面倒な男を引き寄せるんだろうな。
あいつの体から、厄介な男を引き寄せるフェロモンでも出てるんじゃないか?
「あの子のこと、詳しく教えてよ」
あぁ、またいつものやつか。
「そんなの本人に訊いてください」
おれはおさげちゃんの彼氏を鋭く睨みつける。
「おぉ、怖い怖い。でもさ、あんた、あの子の彼氏じゃないんだろ? だったら教えてくれてもよくね?」
不機嫌になったのか、おさげの彼氏は威圧的におれを見下ろしてくる。
いつもならここでビビってしまうのだが、今日のおれは違った。
人外の化け物に何度も襲われてんだ。
こんな奴に睨まれたところで、大したことはない。
「あなた、あのおさげの子の彼氏なんでしょ。そんなこと言ってていいんですか?」
目の前で心優の手を引くおさげちゃんに目をやると、男は舌打ちし、露骨に不機嫌な顔をして離れていった。
海に来たばかりなのに、すでに気が重い。
他の七人もこんなんばっかじゃないだろな。
ビーチの中頃まで来ると、大きなヤシの木が四、五本あり、その周辺は少し空いていた。
水辺までは2,30メートルくらい。荷物を置くには絶好の場所だ。
駅周辺ほど混雑していないし、更衣室やトイレもそれほど遠くない。
気になることと言えば……
正面の防波堤の上に、ひとりで沖を見つめる男がいることだ。
時折、座ったまま変なポーズを取っている。
「ここにしよう!」
美奈代の号令で、みんながヤシの木の下に集まる。
「いいねぇ、美奈代ちゃん、ヤシの木の陰だと涼しいし」
「さすが先輩、最高の場所じゃないですか!」
心優とおさげちゃんが嬉しそうにはしゃぐ。
ヤシの木なんて、上のほうに葉っぱがちょろっとあるだけで、影なんて申し訳程度しかできないんだが……
それに、いつまで泳ぐつもりなのか知らないが、太陽の位置が変われば影も移動する。
まさか、影を追いかけて場所移動する気じゃないよな?
大きめのレジャーシートを持っていた男達が広げていく。
「お疲れさま。吉野くん、だっけ? 荷物はレジャーシートの角に置いてくれる」
「あっ、ああ」
そういったのは、確か同級生のリボンさんだ。ボブカットの髪にリボンをつけているのが特徴だ。
「吉野くん、だったよね? お疲れさま」
「あっ、ありがとう」
紙コップにミネラルウォーターを入れて、手渡してくれたのはたぶん同級生のお団子さんだ。
頭の上に大きなお団子を乗せているのが特徴だ。
「確か、吉野くんだよね。 あとは私達がやるから、着替えてきなよ」
「よろしく」
荷物番を引き受けてくれたのは、恐らく同級生の三編みさんだ。
みんな、とりあえずおれの名前を知ってるんだな。
おれは髪型で識別しているというのに。
更衣室に向かうためにサンダルを履く。
「吉野、更衣室行くなら、こいつも一緒に連れてってくれないか」
声をかけてきたのは……
誰だっけ? 自身はないが同級生? の、猫耳ロングヘアの女の子だった。
隣には、中学生くらいに見える童顔の男の子が立っている。
「ネコさんの彼氏?」
「誰がネコじゃ、こら」
言葉と同時に、尻に強烈な蹴りが入った。
おれは尻を擦る。
お嬢様みたいな髪型してるのに、柄悪いなぁ。
「去年のクラスメイトをもう忘れたのか?」
言われて、おれはしばし考える。
ネコさんは、下を向いて拳を握りしめていた。
握った拳がプルプル震えていて怖いんだけど。
「吉野、あんた休憩時間になると、トイレに行ったり寝たふりしたりで、クラスの中では完全に浮いていたけど、まさかクラスメイトの顔すら覚えなかったの?」
ごめん、去年は気配を消すのに必死で、クラスメイトの顔は半分くらいしか憶えていない。
怒り心頭のネコさんの後ろに回った男の子が、両手でネコさんの長い髪を掴んで猫耳の辺りまで持ち上げた。
「あっ、去年心優とよく一緒にいたツインテールの、痛てっ」
今度は平手で頭を叩かれた。
「人を髪型で認識するな」
「ごめんなさい」
暴力的だな、この子。
でも、おれのほうが失礼なので文句も言えない。
「桃ちゃん、あんまりたっくんに絡まないであげて」
いつの間にかそばに来ていた心優が、ネコさんの腕に自分の腕を絡ませる。
ももちゃん?
そういや、ツインテールは桃ちゃんって呼ばれてたな。
名前は確か、河村桃子だったような。
「でもな、こいつ私のこと髪型で覚えてたんだぞ」
桃子がふくれっ面で心優に耳打ちする。
「察してあげてよ。たっくん、人付き合い苦手だから、親しい人としか話したがらないんだよ。それでね、親しくならないと名前も覚えないの。名前を覚えている相手には、気を許している分、遠慮が無くなるんだけどね」
桃子も何やら耳打ちで返す。
「だからこいつ、心優だけには偉そうなのか」
こそこそ話してるけど、耳打ちするんだったらもうちょっと小さい声で話せよ。
耳打ちする前と、声の大きさ同じじゃないか。
心優達が言っていることは間違っていないが、事実と言うのは耳にするとちょっと辛くなるもんだな。
「あのぅ、吉野さん。僕達も着替えに行きませんか?」
桃子の彼氏はマトモそうだ。これを口実にこの場から離れよう。
「ももさん、彼氏さんが着替えたいらしいので、おれ達着替えに行きますね」
あれっ、桃子と彼氏がキョトンとしている。
「はぁっ?」
桃子の機嫌がさらに悪化した。
これは…… ヤバい。
「こいつはね、私の弟なの。見たらわかるでしょう、それくらい。それに、どうして敬語なのよ」
敬語なのは、どう見てもおれより格上に見えるからです。
……はい。
「うちのお姉ちゃん、こんな性格だから彼氏なんて出来たことないんで、痛っ!」
弟くん、右足を押さえてケンケンしている。
あそこを蹴られると痛いよなぁ…… 弁慶も泣いたらしいし。
「お姉ちゃん、痛いよ」
パシッ、パシッ。
次々と弟くんに不幸が襲い掛かる。
どうやら弟くんは触れてはいけない地雷を踏み抜いたらしい。
しかし、桃子って容赦ないな……
「和樹、人前でそんなこと言うなんて、いい度胸してるわね」
「ひっ……!」
和樹くん、完全にビビってる。心優は苦笑いだ。
「おれ、和樹くんと着替えに行ってくるから」
そう言って怒れる桃子から、おれ達はそそくさと逃げ出したのだった。
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