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80:押し入れの仕立て屋

■悪魔と通販

 帰宅すると、ダミアンは押し入れで何かを作っていた。


「なぁ、最近忙しそうにしてるけど何してんだ?」

「うるさい」

 機嫌悪そうだな。


 押し入れを覗くとダミアンは針と糸を持ち、チクチクと何かを縫っていた。


「あぁっ、針が太くて長いから、細かいところが縫いにくい!」

 手元を見ると人形サイズのドレスに針を通しているところだった。

 フリルをつけようとしているみたいだが、今の針じゃ細かい作業がやりづらいらしい。


「いつも思うけど、お前本当に器用だな」

 押し入れの中にはいつの間にかハンガーポールが取り付けられていて、小さなハンガーにずらりと二十着ほどの服が掛けられていた。


「おい、レディの寝室を勝手に覗くんじゃない」

 寝室って……

 お前、いつも土鍋で寝てるじゃないか。


「これ、いつ着るんだ」

「貴様ごときに教える必要はない」

 教える気はないようだ……

 まぁいい。


 おれは机に向かい、デスクトップパソコンを立ち上げた。

 ネットのショッピングサイトで、目的のものを検索する。


 あったぞ。


「なぁ、ダミアン、ちょっと相談があるんだけど」

「なんだ、言ってみろ」


 ダミアンは相変わらず縫い物に夢中で、こちらを見もしない。

 仕方ないので、週明けに心優たちと海へ行くことを伝えたが、あまり興味を示してくれない。

 日が暮れるまでに帰ってくるなら、好きにしろという態度だ。


 知り合った頃に比べると、かなり警戒心が無くなっている。

 あの頃は、毎日のように学校までついて来ておれの身辺を警戒していたのに。


「それで、相談とは何だ。さっさと言え」

 言えというので、言うことにした。


「月曜までに水着を作って欲しいんだけど」

「店で買ってこい」

 返事は即答でバッサリだった。

 まぁ、想定内の返事だったが――


「長さ3センチの超極細針、五百円」

「えっ?」


 ダミアンは光の速さで押し入れから飛び出し、マウスを握るおれの手の上に座っていた。


「……おい」


 キラキラと輝く瞳を液晶モニターに向け、ダミアンは無邪気に口を開く。


「琢磨、早くポチれ」

 ダミアンはマウスを両手で押して、マウスカーソルを購入ボタンの上に移動させようとするが、おれも負けじとマウスが動かないように抵抗した。


「……水着の…… 件…… だけど」

「水着がどうした?」

 こいつ、おれの頼みを無視しょうとしてるな。


 そんなことを考えている間にも、マウスカーソルはじりじりと購入ボタンへ近づいていく。

 こいつが狙っているのは、『1クリック購入』ボタンだ。

 咄嗟にダミアンの力の流れを利用し、マウスを机の外へ滑らせた。


 マウスカーソルは液晶モニターの一番左まで移動し、ダミアンはその場でベタンと顔から倒れ込んだ。


「ぐはっ……!」

 ダミアンは鼻を押さえて立ち上がった。


「貴様、どういうつもりだ」

「だから、水着を作ってくれよ。頼むから」

 おれはダミアンを拝む勢いで懇願した。


「店で買え!」

「金が無い!」


「チッ」

 ダミアンは顔を歪めて、デカい舌打ちをする。

 不満げな顔で腕を組むダミアンに、おれは交渉を仕掛けた。


「この超極細針を買ってやるから! このとおり、一生のお願い」

 両手を合わせ、深々と頭を下げる。


「あぁっ、分かった分かった! 作ってやるから、貴様らが神を拝む、そのポーズで、吾輩を拝むのはやめろ! 縁起が悪い!」

 こいつ、本当にバチ当たりなやつだな。


「お前、そのうち本当に神様に祟られるぞ」

「ひっ」


 夕方、部活を終えた心優が、夕飯のお裾分けを持ってきた。

 ただ、その表情はどこか沈んでいた。

 どうやら、水着の件で謝りに来たらしい。


 おれが金を持ってないことに気づいたんだろう。

 それはそれで情けない気分になるが。


 リビングのソファーで、おれの隣に腰を下ろすと――

「私、たっくんが一緒に来てくれるんだったら、スクール水着でかまわないよ。なんなら、私もスクール水着にするし」

 なんてことを言い出した。


 だが、さすがに心優に恥をかかせるのは不本意だ。


「水着は多分なんとかなるから気にするな」

 そう言って、家に返した。


 あとは、ダミアンに期待するしかない……


◇四十一日目【7月20日(土)】夏休み開始

■美帆さんの微笑みと、少しの自信


「いやぁ、助かるよ、吉野くん! 正直、あんな事件があったからさぁ、みんな辞めちゃうんじゃないかって心配しちゃった」

 バイト先のファミレスに着くなり、店長が勢いよく駆け寄ってきて、おれの両手をガシッと握った。


「えっ、誰か辞めたんですか?」


「ウエイトレスの子がね、五人も辞めちゃって。今、ギリギリの人数で回してるんだよね。よかったら女の子の友達誘ってよ」

 店長は拝むように両手を合わせてくる。


「すみません、おれ友達少ないんで。しかも女の子の友達なんて……」

 心優と美帆さんくらいしか思い浮かばない。


 店長は一瞬ハッと息を呑むと、なにか哀れなものを見るような目でおれの顔をジッと見つめた。


「ははは、そうだよね。そんなに都合よくいかないよね。いいんだ、忘れてね。ごめんね」

 なんだろう、店長との間に流れる、この気まずい空気は。


 店長は気まずそうにもう一度「ごめんね」と言って、そそくさとバックヤードに逃げていった。

 釈然としない気持ちでバックヤードに戻る店長の背中を見送っていると、後ろから小さな笑い声がした。


「美帆さん、何がおかしいんですか?」

「ううん、何もおかしくないわよ。それにしても店長、失礼ね」

 口元が笑っている美帆さんも同じようなものだ。


「もういいですよ。どうせおれは、美帆さんみたいに美形じゃないですから」

「怒った?」


 否定はしないんだ。

 自分が綺麗だって、自覚があるんだろうな。


 やっぱり、姉ちゃんや心優も自覚しているんだろうか。

 おれが怒っていると勘違いしたのか、美帆さんがちょっと不安そうな表情を浮かべる。


「怒ってないです」

「そう? なら、よかったわ」

 美帆さんは綺麗な笑みを浮かべる。


「姉ちゃんに似ていたら、おれも美形だったんでしょうけどね。こればかりは親を怨むしかないです」

「そう? 吉野くん、お姉さんに似ていると思うのだけど」

 美帆さんが首を傾げる。


「美帆さん、うちの姉ちゃんを見たんでしょう?」

「えぇ、見たわ。お姉さん、とても綺麗ね」

 美帆さんがにっこりと笑う。


「おれが姉ちゃんと一緒にいると、誰もが必ずこう言うんです」

 おれは一呼吸置いた。美帆さんはじっとおれを見る。


「君たち、本当に姉弟?」


「ぷっ」


 やっぱり、美帆さんはふき出した。

 笑われると思ってたけど、ちょっとショックだ。


 ようやく笑いが収まると、美帆さんはそれでも真剣な表情で言った。


「でも、やっぱり似てるわよ。目元とか鼻とか口とか…… あと、耳の形も」

「そうですか? じゃぁ、どうしてこんなに違うんでしょう?」


 美帆さんは人差し指を顎に当て、しばし考え込む。


「そうね、配…… 置?」


「配置は同じです」

 配置が違ったら人じゃなくなるぞ。


「ごめんなさい、バラン…… ス、かしら?」


 美帆さん、地味にひどいな。

 ちょっと涙が出そうだ。


「でもね、吉野くん。君は二枚目じゃないけど、いい顔していると思うの。私は好きよ」


 ドキリとして美帆さんを見ると、

「自信持ってね」

 と言って、優しくおれに微笑みかけてくれた。


■押し入れの向こう側


 この日の夜、ポストを見ると待望の超極細針が届いていた。


「針が届いてたぞ」


 自室に入り、机の上に超極細針が入った封筒を置くと、ベッドの上で丸くなって寝ていたルナの姿のダミアンがむくっと頭を持ち上げた。

 そして、机の上に飛び上がり、くるっと回って人型になる。


 封筒を手に取ると、子供がプレゼントを開けるようにびりびりに破り、中に入っていた針を取り出す。


「おぉ、これこれ。吾輩はこのサイズの針が欲しかったのだ」

 ダミアンは針を天井に向かって掲げ、なぜか悪い笑顔をおれに向けた。


 まるでアイスピックを持った殺人鬼人形のようだ。


「琢磨、スクール水着、持ってこい!」

「おっ、おう」


 おれは水泳バッグの中を漁って、スクール水着を取り出し、ダミアンに渡した。

 ダミアンは嬉々として、おれのスクール水着を持ち、押し入れの上の段に飛び乗る。


 そして――


「吾輩が水着を作っているときは、このふすまを決して開けないでください」

 と言って、またもや悪い笑顔をおれに向け、正座をしたまま両手でそっとふすまを閉めた。

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