78:教会の影
■監視者たち《POV:ソフィア》
西港東公園駅の北側の道路に停まった白いミニバンの助手席で、ソフィアは張り込みをしていた。
同乗しているのはボルギ神父と二人の警察官。
一人は鏑木警部といい、ネクタイを緩めた怖そうなおじさん。
もう一人は青島刑事、スーツを着た頼りなさそうなお兄さんといった印象だ。
ボルギ神父は相変わらず司祭平服―― 全身真っ黒の服装である。
今は自動車のエアコンが効いているからいいが、外に出たら隣にいるだけで暑い。
神父自体が暑苦しいのに、それはもうこの世の地獄だ。
そんな愚痴を胸の奥に押し込みながら、ソフィアは目の前の任務に集中した。
張り込みの対象は前田美帆という女性。
彼女に憑りついていた悪魔は、昨日、ボルギ神父によって浄化された。
いまの美帆からは、あの禍々しい色は消えている。
今回のソフィアの仕事は、美帆と関わる人物の中に新たな悪魔憑きがいないかを識別すること。
そして今、美帆はアルバイト仲間の高校生―― 吉野琢磨と会っていた。
「前田美帆と吉野琢磨、駅の東口に向かっています」
無線からの連絡が入る。
どうやら二人は、こちらに向かっているらしい。
「もうすぐ来るぞ、ソフィア」
「はい」
緊張で喉が渇き、ソフィアは唇を噛んだ。視線を公園の出口に固定する。
若い母親と小学生くらいの女の子が公園に入っていく。
その直後、入れ替わるように二人の若い男女が姿を現した。
息を詰め、目を細めて二人を観察する。
数秒後、肩の力を抜き、ソフィアは助手席のシートに勢いよくもたれ掛かった。
「違います。あの二人、特に問題なしです」
「本当かい? あの男の子、怪しくないかい?」
運転席の青島刑事が、ガラス越しに吉野琢磨を指さした。
「おい、青島。指さすな。気付かれるだろ」
後部座席からドスの効いた声で怒鳴られて、青島刑事が「ひっ」と小さく漏らした。
思わずソフィアも身をすくめる。
怒鳴ったのは鏑木警部、青島刑事の上司だ。
「がははは、大丈夫、大丈夫。二人とも話に夢中で、こっちは見ちゃいないさ」
突然の大笑いに、ソフィアの体が小さく跳ねた。
ソフィアの後ろの席で、豪快に笑ったのはボルギ神父。
ソフィアの上司…… なのだろう、一応。
「そんな大声出さないでください。心臓に悪いです」
ソフィアが振り向いて抗議すると、
「わはは、脅かして済まなかったな、嬢ちゃん」
「がはは、これくらいで驚いていては、悪魔と対峙できんぞ、ソフィア!」
(ひぃえぇ。うしろの二人、マジで怖いんですけど)
ソフィアは内心で悲鳴を上げる。
性格は全然違うのに、なぜか同じ種類の圧を感じるのは気のせいだろうか。
「ところでソフィア、あの少年からは、本当に何も見えなかったのか?」
ボルギ神父の声が急に低く、真剣なものに変わった。
さっきまでの陽気さが嘘のように。
その変化にソフィアは反射的に背筋を伸ばす。
「はい、彼から妖気のようなものは出ていません」
「そうか」
短い返事のあと、車内に沈黙が落ちた。
ソフィアは両手を膝の上で固く組み、心の中で小さく呟く。
(……もう帰りたい)
■神父という厄介者
晩ごはんを食べ終え、自室に戻ると、美帆さんから聞いた話をダミアンに伝えた。
「最悪だな」
ダミアンは押し入れの上の段の手前に腰掛け、脚をブラブラさせながら言った。
「パズスが死んだってことは、むしろいいことなんじゃないか?」
たとえ悪魔でも、死んだことを良いことだと口にするのは抵抗があるな……
でも美帆さんが解放されたんだから、それはよかったと思う。
「ふん、魔力ゼロだろうと、吸血族を浄化する程の力を持ったエクソシストが、この地にいることは問題だ」
エクソシスト?
「エクソシストって、外国人の神父のことか?」
「そうだ。美帆は寝ている間に悪魔祓いを受けたのだ。だが、どうやって……」
ダミアンは脚をブラブラさせながら考え込む。
こいつは本当に子供みたいだな。
「何を考えてるんだ?」
そう聞くと、ダミアンは脚を止め、じっとおれを見た。
「いや、その神父はどうやって、美帆にパズスが憑りついていることを知ったのかと思ってな。普通の人間が索敵スキルなど持っているとは到底思えん」
「エクソシストになるくらいの人なら、それくらいのことが出来るんじゃないのか?」
「うむ、納得は出来んが、例外的にそのような存在があると考えるべきなのかもしれんな」
まったく、納得していなさそうな顔だな。
「あのさ、エクソシストが警察にいるってことは、警察はお前たちの存在を知っているってことだよな。これからどんどん浄化されるんじゃないのか?」
「そうかもしれんな。しかし、索敵スキルを持った相手がいるのは厄介だ……」
ダミアンは悪い顔をする。
「排除するか」
「おい、やめろ」
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