73:vs.パズス
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金属音が響いた一瞬あと、何かが倒れる音がしておれは目を開けた。
そこには、鋭い爪を伸ばしたまま倒れ伏すパズスの姿があった。
√ まったく、日が暮れても帰ってこないと思ったらこれだ。
左肩にかかる重みを感じて視線を向けると、苦々しい顔をしたダミアンが立っていた。
「ダミアン……」
ダミアンはおれの肩から軽やかに飛び降り、金色の瞳を向けると、ふっとため息をつく。
――ドサッ
その瞳を見て、張り詰めていた緊張の糸が切れた。
そして、おれは膝から崩れ落ちた。
「痛ってぇ……」
膝を強く打った衝撃で、おれはその場に倒れ込んだ。
ダミアンはそんなおれを一瞥すると、ゆっくりとパズスへと歩み寄っていく。
それに合わせるように、パズスが警戒したように後方へと飛び退いた。
「パズス、久しぶりだな」
エヴァのときとは露骨に態度が違う。
パズスはダミアンにとって格下なのか?
ダミアンは周囲を見回し、おネェ―― いやヴァンパイアの死体に視線を止めた。
√ 離れていろ。
おれはのそのそと立ち上がり、近くの巨大な室外機にもたれ掛かった。
ダミアンはヴァンパイアの死体に近づくと、そのままパズスを見据える。
「こいつは貴様の眷属か?」
そう言いながら、ヴァンパイアの頭を左足で踏みつけた。
「そうじゃ、出来が悪いものを置いておく理由などないじゃろう? だから、始末したまでじゃ」
パズスはそう吐き捨てた。
「パズス、貴様、分量を誤ったな」
「何を言っておるのじゃ。お主」
パズスの返事に余裕が無い。
「このデカいのに魔力を注ぎ過ぎたんだろう?」
ダミアンは美しい横顔に、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふん、何を言うかと思えば…… 馬鹿も休み休み言うがよかろう?」
「認めなくても分かる。貴様よりもこのデカい男から漏れ出る魔力のほうが多いからな」
「ぐぅぅ……」
パズスの表情に、明らかな警戒の色が浮かぶ。
「つまりだ、魔力を使い果たした今の貴様には、新しく人間をヴァンパイアに変える力すら残っていない。そういうことか? 愚かだな」
ダミアンはさらに底意地の悪い笑みを浮かべた。
そういえば、前にダミアンが説明してくれたっけ。
一般的な吸血族の魔力を100とした場合、人間をヴァンパイアに変えるのに45の魔力が必要だとか。
つまり、おネェのほうが魔力を多く持っているとすると、パズスは少なくとも50以上の魔力をおネェに分け与えたことになる。
まてよ、それじゃパズスと眷属であるおネェは、魔力的には力関係が逆転していたのか?
「そういうお主はどうじゃ。その姿、とても人間に憑依したとは思えんのぉ。おおかた人間に憑依しようとして、誤って近くにいた犬っころにでも憑依したのじゃろう? 哀れなもんじゃのぅ。この間抜けめ!」
「ぐぬぬぬぬっ!」
ダミアンの顔が一瞬で真っ赤になり、歯を食いしばる。
惜しい! 大体は正解だが――
こういうのを目くそ鼻くそと言うんだな。こんなバカらしい会話、実際に聞くのは初めてだ。
しかし、こいつの仲間からの評価は「間抜け」なのか?
エヴァもダミアンを間抜けと呼んでいたが。
「ふふん、この体格差じゃぞ? お主、本気で勝てると思っておるなら、正気を疑うわい」
「貴様こそ、魔力を込めた吾輩の爪を受け止めることが出来るのか? 貴様の魔力が回復するには、まだまだ時間がかかるんだろ?」
ダミアンは伸ばした爪で、ビュンと空気を切り裂く。
一方、パズスは守りの姿勢をとる。
「ところでダミアン、そこの抜け殻はお主の眷属か?」
ダミアンは一瞬考え、フッと笑う。
「アドバンの抜け殻だ」
「なに……? あのアドバンが死んだのか?」
パズスは驚いたように、おれを見た。
その視線を避けるように、ダミアンへと目を向けたとき――念話が飛んできた。
√ 何も言うなよ。
ダミアンは何事もなかったように会話を続ける。
「そうだ、あいつに憑依していたアドバンは死んだ。アドバンとのよしみで面倒をみているだけだ」
「ほほう、たった一人の味方を失ってしまったかえ? さぞ心細かろうなぁ…… ならば、その寂しさごとわらわが葬ってやろうぞ」
パズスが右手の長く鋭い爪を構え、攻撃の姿勢に入った。
ダミアンも構えるが爪の長さは体の大きさに比例し、パズスの四分の一程しかない。
どう見ても分が悪い…… が、ダミアンは不敵に笑った。
「ふん。貴様の眷属と同様、その首、切り飛ばしてやる」
そう言い放ち、膝をわずかに曲げると、走り出す体制に入る。
――首を切り飛ばすって物騒だな。
そんなことを考え、パズスをぼんやり見ていたがあることに気づいた。
次の瞬間、ダミアンが駐車場の床を蹴り、一気に距離を詰める。
「ダミアン、殺すなぁ!」
おれの叫びと同時に、キィン――と鋭い金属音が響き渡った。
続いて、カランカラーンと何かが床を転がる音。
転がったのはパズスの爪だ。
親指以外の爪が、すべて根元から折れている。
そして、パズスの首は……
三分の一ほど切り裂かれ、無惨にも傾いていた。
√ なんだ、邪魔をするな。
ギロリとダミアンが睨みつけてくる。
「そいつの宿主、おれの友達なんだ」
チッ。
ダミアンは舌打ちすると、パズスに向きなおる。
パズスは震えながら、傾いた首を手で支え、ゆっくりと持ち上げた。
その傷口はじわじわと塞がっていくが、その顔には明らかな怯えの色が浮かんでいた。
「もういいか?」
傷が完全に塞がるのを待っていたかのように、ダミアンが再び爪を構える。
「ひっ……!」
パズスは反射的に逃げようとしたが――
その動きを読んでいたダミアンが、一瞬で追いつき、鋭く斬りかかる。
パズスは魔力盾を展開して身を守りながら、折れた爪で応戦した。
ダミアンはパズスを殺すつもりなのか?
「ダミアン!」
√ 邪魔をするな、殺しはしない。
ダミアンは何度もパズスの爪に、盾に、自分の爪を叩きつけた。
火花が散り、甲高い音が響く。
パズスが上空に飛び上がり逃げようとするが……
遅い!
ダミアンはパズスの上に大きく先回りし、急降下して勢いをつけパズスの盾に渾身の一撃を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
衝撃でパズスの体は弾かれ、十メートル下の駐車場へ、背中から叩きつけられた。
ダミアンは静かに降下し、鋭い爪先をパズスの首元に突き付ける。
「まだやるか?」
パズスが横目でダミアンを見ると同時に。
――パキーン
パズスの鋭い親指の爪がダミアンの胸を突いたが、その爪はいとも簡単に折れてヴァンパイアの首の横まで転がっていった。
ダミアンは魔力の鎧を纏っていたようだ。
「なんだパズス、魔力切れか? その様子だと、もう飛び上がることも出来そうにないな」
パズスは諦めたように上空を見つめた。
「そうじゃのう…… どうやら、わらわの魔力も尽きたようじゃなぁ。体を動かすことも出来んわい。もう少し戦えると思ったんじゃがのう」
「ふん、貴様の魔力がもう少し残っていれば、少しは苦戦したかもしれんな」
ダミアンは突きつけていた爪を、首から心臓のあたりへとゆっくり移動させた。
「ヴァンパイアに魔力を注ぎ過ぎたときから、こうなることは予測しておったわ。お主になぶり殺されるのは御免じゃ。早う殺せい」
しかし、ダミアンはゆっくりとしゃがみこみ、パズスの顔の横で笑った。
「吾輩はアドバンに抜け殻の世話を頼まれておってな。あの抜け殻が、貴様の宿主の命乞いをするのだ」
ダミアンはパズスの心臓の辺りを、爪先でポンポンと叩く。
「貴様は特筆すべきところが一つもない、ごくごく一般的なプレーヤーだったな。ということは、魔力の全回復まで四ヶ月というところだろう」
パズスがダミアンを睨みつける。
「……なんじゃ、殺さんのか?」
「三か月ほどしたら、もう一度戦ってやろう。そのときは、また魔力切れにしてやる。それまでに、他の仲間に狩られるなよ」
ダミアンは立ち上がった。
√ 行くぞ。
おれはダミアンの後を追った。
途中、ちらりとパズスを見ると――放心したように、ただ夜空を見上げていた。
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