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68:売り場に灯った処刑灯

□脱糖質生活の怪物


 おれたちは売り場へ駆け込み、商品ラックの裏に身を潜めた。

 足を引きずる音が近づき、男が店内へ入ってくる。


 ギィ…… 

 と扉が閉まると、中央の小窓から差し込んでいた太陽の光が遮られ、売り場は漆黒に沈んだ。


 いや正確に言うと、扉の上部の小さなマジックミラーのガラス窓から、ほんの少し光が入っているが、売り場を照らすほどの光量は無かった。


 すぐに、LEDライトの白い光が闇を切り裂くように走る。

 男は周囲を照らしながら、おれ達を探し始めた。

 LEDライトから距離をとるために移動しないと、すぐに見つかりそうだ。


「美帆さん、少し動きますよ」

 囁くと、美帆さんがおれの背中にぴたりと寄り添った。

 伝わる温もりに気持ちが持っていかれそうになる。


「吉野くん、見えるの?」

 耳元に吹きかかる彼女の吐息が妙にくすぐったい。


「まったく見えません。でも、さっき売り場に入ったときに、商品ラックのだいたいの位置は把握しました」

「私、夜目が利くの。どっちに行くか教えて」


 こんなに暗いのに見えるのか?

 いや、今は助かる。


「あの光から遠ざかるように移動してください。日が沈んだら男の隙を見て扉から隣の部屋に戻って、窓から逃げましょう」

 いま扉を開ければ、太陽の光が差し込んで、おれ達の位置がばれるからな。


「わかったわ」

 美帆さんはすっと立ち上がると、おれの手を引いてゆっくりと進み出す。


 夜目が利くというだけあって、美帆さんはなんの迷いもない。

 危なげなく、LEDライトの光から離れていく。


「右側に瓶が落ちているから蹴らないで」

「はい」


 すごいな……

 おれはまだ目が慣れず、ほとんど何も見えていないのに。


 LEDライトと距離を取りながら、おれ達は音を立てないように慎重に売り場の中を大きく小さく回っていく。

 時々、苛立った男が「出てこい!」と大声を張り上げた。


 だけど、広い売り場と、たくさんの商品ラック、そして暗い室内という悪条件のせいで、男はおれ達の居場所が掴めない。


「ねぇ、吉野くん。ここを真っ直ぐいった先に、人影が見えるんだけど」

 人影?


「もしかしてそれ、作田さんじゃないですか?」

 そう言うと、美帆さんはおれの手を引っ張り、商品ラックに隠れた。


「作田くんじゃないわ。もっと大きな男よ」

「もう一人いるってことですか?」

「そうね」


 やばいな、ますます逃げることが困難になった。


「吉野くん、こっち」

 気がつけば、LEDライトと大男に挟まれそうになっていたが、美帆さんの誘導でうまく二人と距離を取ることができた。


「申し訳ございません。売り場にいるのは確かなんですが」

 男が言う。


「あら、あなた。こんなに探しても、まだ見つからないの? 本当に要領が悪いのねぇ…… ほら、照明をお点けなさいな」

「はい、今すぐ」


 なんだ、もう一人は大男じゃなかったのか?

 いや、話し方は女っぽいが、声はおっさんのそれだった。

 まさかのおネェキャラ?


 バックヤードへ走る足音がして、天井の照明がバックヤードのほうから順番に点き始める。

 一瞬、目が眩んだがすぐに視界を取り戻すことができた。


「美帆さん、ここにいてください。おれ、大男の様子を見てきます」

 美帆さんは小さく頷いた。


 おれは商品ラックに隠れながら、大男の声がしたほうへ向かう。

 そして、そっと商品ラックの陰から覗き込んだ。


 冷凍食品を入れる、背の高い冷凍庫の前にそれはいた。

 でかい。


 それが第一印象だ。


 髭面の大男で見た目は三十代くらい。

 だけど、目つきと仕草が妙に艶っぽい。


 おネェは両肘を抱くように腕を組み、ピタッとしたジーンズに長い脚を通し、片足をスッと前に出している。

 なにより衝撃的だったのは……


 男が着ていた、薄汚れた大きめのダボダボのシャツだ。

 胸に書かれた『脱 糖質生活』の文字を見て、おれは脱力した。

 このシャツ、流行ってるのか?


 おれはおネェの周囲を確認する。

 ??


 おネェの足元でボロ雑巾のようになった男が倒れていた。

 衣服は汚泥のような物で汚れ、いやあれはさっき見た女性の周囲に散乱していた汚物だ。


 床には血痕が落ちている。

 おれは今まで見たことがない惨状を目の当たりにし息を呑んだ。


 まさか、おネェにリンチでもされたのか?

 あんな状態の作田を連れて逃げることは不可能だろう。


「照明を点けてきました」

 いつの間にか戻ってきた男が、冷蔵庫を背にしておネェの前で両膝をつく。


「あらっ、ご苦労」

 おネェはプイッとそっぽを向き、天井を見上げる。


 こいつら、何なんだ?

 どういう関係なんだよ。


 二人を見ていると、何かこう、言葉にできない違和感がある。

 なんだろう。

 嫌な感じだ。


「いったい何人隠れているのかしらぁ?」

「はい、二人です」


「それでぇ、男は?」

 おネェは横目で男を見る。


「男ですか?」


「だからぁ~ 男は何人いるのよぉ」

 おネェは、足をドンドンと踏み鳴らした。


「はっ、はい。若い男が一人、もう一人は女です。」


「ふぅん、そぉう。それじゃあ、その男は連れてきなさいな。女は…… 始末しちゃって構わないわよぉ」

 おネェは舌なめずりをした。


 おっ、おれ? あのおネェはおれに興味があるの?


「──あのぅ、殺人はちょっと」

 男は美帆さんを殺すことに躊躇している。

 おネェよりまともそうだ。


「もぉ~、だったら冷蔵庫にでも突っ込んでおきなさい。グダグダ言うヒマがあるなら、その男をとっとと連れてらっしゃいな! あんたは言われたことだけしてればいいのよ」


「はっ、はい!」

 やばい。

 完全にターゲット、おれかよ。

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