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67:バックヤードに満ちる悪臭

□冷蔵庫の中の生存者


 おれは反射的に息を止めた。

 なんだ、今の叫び声は……


 まさか、殺したんじゃないだろうな?


 ガシャンッ!!


 今度は裏口のほうから何かが落ちる音が響いた。


 美帆さんだ!

 さっきの悲鳴に驚いて、何か落としたに違いない。


「誰だ!」

 鋭い男の声がした。


 ガシャガシャガシャ!!

 裏口のほうから、大きな音が続く。


 そして、LEDライトの光がこちらに向かって走ってきた。


「くっそ……!」

 おれは裏口に向かって全速力で駆け出した。


「こら待て!」

 怒号が背後から飛んでくる。


 中央の扉を抜け、バックヤードへ戻ると、ドアを開けようと必死になっている美帆さんの姿があった。


「開かない……! この扉、開かないの!」


 ドアを見上げると、南京錠が取り付けられている。

 外から鍵を使っても開かないようにしてある。


 なぜ?


「美帆さん、こっち!」


 迷っている暇はない。

 美帆さんの手を引っ張って、積み上げられた段ボールの裏へと身を滑り込ませた。


 バタン!


 同時に扉を乱暴に開ける音がして、男が中央の扉からバックヤードに飛び込んできた。

 ……完全に袋の鼠だ。


 裏口に向かう男からうまく隠れながら、おれ達は物陰づたいに反対側の冷蔵庫のほうへと静かに移動した。


「ったく、どこに行きやがった」


 男が裏口の近くを探す音が聞こえる。

 屈み込むようにして中央にある小窓の近くまで来たとき、


 カタッ……


 ガチガチに緊張していた美帆さんがラックに肩をぶつけ、棚の上の何かを倒してしまった。


 今の音、絶対聞かれた。

 おれはとっさに足元に落ちていたフォークを拾い上げ、中央の扉の向こうへ思い切り投げ込む。


 キーンッ!

 という金属音が響き渡った。


 おれは美帆さんの肩を抱き寄せ、荷物の陰へと身を潜めた。


 男の足音が売り場へと走っていく。

 今のうちに逃げるしかない。


 外へ出るには小窓を使うしかないが、中央の小窓は売り場から丸見えだ。


「美帆さん、あっちの小窓から出ましょう」

 冷蔵庫があるほうの小窓を指差し、囁く。


 美帆さんは頷き、おれたちは慎重に西側の小窓へと向かった。


「吉野くん…… この辺、すごく臭い……」


 言われてみれば、トイレのような鼻をつく悪臭が中央よりさらに強い。

 思わず顔をしかめる。


「……おしっこ、かな?」

 美帆さんは鼻を押さえながら小声で言った。


 くっそ、鼻が曲がりそうなほど強烈だ。

 頭までくらくらしてくる。


 冷蔵庫側の小窓へ辿り着き、クレセント鍵に指をかけた。

 窓を少し開けたところで、美帆さんがおれの服の裾を二度引っぱる。


「吉野くん、あれ……」


 美帆さんの指先が示す先。扉が開いた冷蔵庫の中から──

 人の足が突き出ている。


 ただでさえ速い心臓の鼓動が、さらに速まる。

 恐る恐る近づくと、美帆さんがおれの服をぎゅっと掴んでついてくる。

 冷蔵庫の中を覗いたおれは絶句した。


 そこにはどす黒いシミだらけの服を着た若い女性が倒れていた。

 女性の周囲は床に汚れが広がり、不快な臭気が漂っている。

 近寄ることがためらわれるほどだ。


 死んでいるのか──


 息を呑みながら、注意深く観察する。

 すると、指先がピクッと動いた。


 生きている!


「きゃぁぁぁぁっ!」

 突然おれの背後で、女性を覗き見た美帆さんが絶叫した。


 やばい、いまので男に気づかれた。


「ぁぁぁ…… わ、わわわっ……!」

 美帆さんがパニックになりかけている。


 おれだって美帆さんが隣にいなかったら、パニックになっていたかもしれない。


 バンッ!


 爆ぜるような音とともに、男がバックヤードに飛び込んできた。

 視線が鋭くこちらを射抜く。


「お前らは…… ファミレスの」

 男はそれだけ言うと、おれ達のほうへゆっくりと近寄ってきた。


 おれ達はラックの裏に回り込み、盾にした。

 幅四メートルはあるラックを挟み、男の速度に合わせ、ゆっくりと左回りに回る。

 棚板の隙間から男と目が合う。


 男の目は、なんというか、やばい。

 その目つきは郷原を彷彿とさせるほどの、残忍さが感じられる。


「なぁ、お前ら…… 何か見たか?」


 男はラックを中心にゆっくりと回りながら話しかけてきた。

 おれたちも距離を詰められないように楕円を描く。


「なっ、何も見てません」


 震える声で嘘を吐く。

 そんなことで見逃してもらえるとは思わないが。


「ふぅん…… じゃあ、冷蔵庫の中の女も見てないって言うんだな?」

「はっ、ははは……」


 つい、乾いた笑いが出た。

 そうだよな、何も見てないは無理があった。


 美帆さんがおれのシャツの背中をぎゅっと掴む。


「うわぁ!」

「きゃっ!」


 突然、棚板の隙間から男の手が伸び、おれの服を掴もうとした。

 反射的にのけぞる。


「ちっ」


 男が舌打ちをする。

 おれはラックから少し距離を取った。


 このままだと捕まるのは時間の問題だ。


 ラックの中央で男と向き合ったとき、おれは背中にしがみつく美帆さんを引き離した。


「――うぉりゃああっ!」


 回りながらラックが床に固定されていないことを確認したおれは、掛け声とともにラックの中央の支柱に体当たりした。


 衝撃とともに肩に鈍い痛みが走るが、気にしている暇はない。

 どうせすぐ治る。


 ラックがぐらりと揺れた。

 揺れにあわせてもう一押し。

 おれはさらに体重を乗せた。


 もう少しで倒れそうなのに、力が足りない。

 男は驚いて、小窓のほうへ逃げた。


 くっそ、逃げられる。そう思ったとき、


「いやぁぁぁっ!」


 甲高い叫び声とともに、美帆さんがラックに突っ込んだ。

 ラックはゆっくりと傾き、そのまま勢いよく男の上に倒れた。


「ぐぅっ……!」

 男の下半身はラックの下敷きになった。


「美帆さん、あっちの小窓に!」

 ラックの上に倒れ込んだ美帆さんの手を引っ張り、中央の小窓へ走る。


「がはぁぁぁッ!」

 苦悶の叫びが、売り場の奥から響いた。


「作田くん!?」


 美帆さんが足を止め、中央の扉の奥を凝視する。

 中は暗闇に包まれ、何も見えない。


「美帆さん、早く!」


「でも、作田くんが……!」

 腕を引くが、美帆さんは動こうとしない。


 ガタンッ!


 物音に反射的に振り返ると、ラックの下から男が這い出してきた。

 片足を引きずりながらゆっくりとこっちへ向かってくる。

 ラックの下から抜け出すのが、思ったより早い。


「あぁ、くっそ!」


 おれ一人なら窓から逃げられる。

 でも、美帆さんを置いていくなんて選択肢はない。


 迷う暇はない。


 おれは美帆さんの手を強く引き、売り場の中へと駆け込んだ。

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お読みいただき、ありがとうございました。


更新スケジュールの都合で、火曜日はお休みとなります。


次回更新は水曜日を予定しています。

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