66:割れたスマホと、閉ざされた扉
□バックヤードの飼育場
「くっそ、錆びてドアが開かねぇ」
ギィギィ音がするドアを、無理やり開けて人が入ってきた。
おれと美帆さんは息を潜める。
ここにいるのは完全に不法侵入だからな。
静まり返った室内に、コツコツと靴音が響く。
「また窓が開いてる……」
低く呟く男の声。
管理事務所のあの男だろう。
コツコツと男の足音が近づいてくる。
おれ達はラックの影で、床に這いつくばるように身を潜めた。
ガシャッ。
「どこのどいつだ、まったく」
男は文句をこぼしながら、窓を閉める。
ラックの向こう側。
男が持ったコンビニ袋と、紐でぶら下げた小型のLEDライトが目の前で揺れている。
美帆さんが怖がって、ぎゅっとおれに身を寄せた。
やばい、男と美帆さんのせいで、鼓動が倍速で早鐘を打つ。
男はしばらくそこにいたが、やがて大型の冷蔵庫らしきものが並ぶ西側へ歩いていった。
少しして、男の大声が響いた。
おれは美帆さんから体を離し、そっと立ち上がる。
ラックの隙間から様子をうかがうと、さっきの男が別の男を引っ張ってこっちに向かってくるのが見えた。
あの男、どこから出てきたんだ?
「作田くん……」
いつの間にか立ち上がっていた美帆さんが、引かれてくる男を見て掠れた声で名を呼んだ。
「作田って誰ですか?」
「行方不明になってるバイトの……」
おれの前の調理補助の……
「あぁ、助けてぇ…… くれぇ……」
「うるさい、早く来い」
助けを求める作田を、男が無造作に蹴り上げる。
うずくまりかけた作田の腕を掴み、引っ張るように中央の扉へ向かう。
……売り場のほうへ連れていくつもりか。
どうして、行方不明の作田がこんなところにいるんだろう。
嫌な予感がする。
どう考えても、犯罪の臭いしかしない。
おれの腕を掴む美帆さんの手に、ぎゅっと力が込められる。
「作田くんに何をするつもりなのかしら……」
美帆さんの顔が青い。
裏口のドアを見たが、あのドアを開ければ大きな音が出る。
もし見つかったら、美帆さんを連れてあの男から逃げきれる気がしない。
いや、無理だ。
あの男は走るのも速そうだ。
それに対して、おれは特に俊敏というわけでもないし、美帆さんだって運動が得意には見えない。
じゃぁ、戦えるか?
それも厳しい。
ダミアンが指示を出してくれるならともかく、おれ一人ではうまく戦えるとは思えない。
もし美帆さんがあの男に捕まったら、どんなひどいことをされるか想像もつかない。
やがて男は中央の扉を開け、売り場のほうへ作田を引きずっていった。
古びた中央の扉は左側が半開きのままで、右側に至っては完全に閉まらない状態だ。
おれたちのいる場所からは中が暗くて売り場の様子が見えないが、売り場の方からは、小窓の近くにいるおれたちの姿が丸見えだ。
まずい。
さらに慎重に動かないと。
男が奥のほうにいるのならいいが、もし中央の扉付近に留まっていたら……
見つかったらすぐに捕まってしまう。
「吉野くん、どうしよう。作田くん、大丈夫かな……?」
二週間も監禁されているんだ。
冷静に考えて、大丈夫なわけがない。
「スマホで助けを……!」
バッグからスマホを取り出し、電源ボタンを押した美帆さんは息を吞んだ。
スマホの液晶はバキバキに割れ、全くの使用不可状態だった。
さっき美帆さんが小窓から落ちたときに、壊れたのかもしれない。
おれも自分のスマホを取り出そうとして、ハッとする。
ない!
尻ポケットに入れていたはずなのに……
「おれのも、どこかに落としてしまいました」
周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
そうだ、たしか美帆さんが落ちてきたときに、手に持っていたスマホを落としたんだった。
「どうしよう、吉野くん」
「あいつが出ていくまで、ここに隠れていましょう」
作田には悪いが、今は自分たちの身の安全が最優先だ。
あの男だって仕事があるんだから、そんなに長い時間、ここに居続けることはないと思うのだが。
「でも、作田くんが……」
泣きそうな目で見ないでほしい。
おれになにを期待してるんだか。
作田どころか、美帆さんだって無事にここから連れ出せるか分からないのに。
自分に好意を寄せていた同僚のことが気になるのかな?
思わずため息が漏れた。
「おれ、向こうへ行って様子を見てきます。美帆さんは体を低くして裏口の前に移動してください。もし、おれが言い争っている声が聞こえたら、そのまま裏口から逃げて助けを呼んでください」
これなら、もしあいつが中央の扉付近にいたとしても、おれがあいつを相手している間に、美帆さんを逃がすことが出来る。
捕まったとしても、命までは取られないだろう。
おれの場合、ケガをしてもすぐに治るし。
「でも、吉野くんが捕まったら」
美帆さんはおれにどうして欲しいんだ。
おれを心配してくれているのは分かるけど。
「おれなら大丈夫です。だから美帆さんは助けを呼びに行ってください。分かりましたね?」
強引に同意を求めると、美帆さんは躊躇いがちに頷いた。
「それじゃ、行ってきます。音を立てないように気をつけてください」
美帆さんは小さく何度も頷く。
おれは足元に気を付けながら、ラックに隠れるようにして中央の扉へと向かった。
扉の近くで男の気配がしないことを確認し、しゃがんで売り場へと入る。
窓の無い売り場は真っ暗だった。
たしか、北東の入り口もシャッターが閉められていたはずだ。
中央の扉から漏れるわずかな光を頼りに進んでいく。
扉を抜けた先には、左右に商品ラックが横向きに並んでいるのがわかった。
おれがいる扉の前にはまっすぐ伸びた通路があり、奥の方は暗くてよく見えない。
このままでは見つかるので、左側のラックの影へと滑り込んだ。
商品ラックは表と裏の両面に商品を陳列できるタイプの棚で、中央には仕切り板がある。
おかげで、棚の隙間から向こう側を覗くことはできない。
どうして様子を見てくるなんて言ったんだろう。今更ながら後悔した。
おれは息をひそめながら、一つ、また一つと商品ラックの影を伝い、慎重に奥へと進んでいく。
四つ目のラックの裏に隠れたとき、奥のほうで何かを動かす音が……
思わず足を止める。
ここからじゃ、何をしているのかまでは分からない。
そっとラックの横から覗くと、何かの陰からLEDライトの光が揺れていた。
かなり奥のほうだ。
裏口からは十分離れている。
……作田には悪いが、これだけ離れていれば美帆さんを連れて逃げられるかもしれない。
警察を呼べば、作田も助かるはずだ。
そう判断して、おれは美帆さんの待つ裏口へ引き返そうと身を翻した。
そのとき――
「ぎゃぁぁぁっ!」
男の悲鳴が売り場全体に響き渡った。
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