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62:悪魔は今日も人の尊厳を破壊する

◇二十九日目【7月8日(月)】

■写真の中の標的《POV:勇太》


 勇太は、大島というヴァンパイアの下僕になった女子高生と共に、港北女子高校の校門から少し離れたところで登校する生徒の顔をチェックしていた。

 大島はサマエルの眷属だ。


「本当にうちの学校の生徒なのか?」

 女子高生は疑い深い目を勇太に向ける。


「間違いない、お前と同じ港北女子高校の制服を着てたからな」


 彼女の名は井坂まさみ。

 ニーシャの仲間の下僕、あのガラの悪いやつの知り合いらしい。


 不思議な能力を手に入れられると聞いて、あっさりヴァンパイアの下僕になることを承諾した変な女だ。

 目当ての人物を見つけるため、ふたりは始業二時間前から、校門から少し離れた電柱の影に潜んでいた。


「しかし、お前。どうして、そんな面白いかっこしてるんだ。お前みたいな変な男と一緒にいると、恥ずかしいんだが」

 まさみはいかにも、変なものを見るような目で勇太を見た。


(こいつ、市内でも有名なお嬢様学校に通ってんのに、上品さが欠片もねぇな…… 男みてぇな口ぶりだ)

 勇太は内心で毒づいた。


「念のために言っとくが、ニーシャ様が変装用に用意していたんだ。俺が選んだわけじゃねぇ」


 勇太は自分の格好を見下ろす。

 黒いスーツに蝶ネクタイ、手にはやたらと光沢のある黒いステッキ。口元には付け髭まで貼っている。

 まるで、映画に出てくる、名探偵エルキュール・ポアロのようだ。どう見ても、周囲の目を引きすぎる。


「お前、名前は?」

 唐突な問いに、勇太はまばたきを一つした。


「なんだ、急に」


「名前を知らないと話しづらい。お前は私の名前を知ってるんだろ。なら、名前くらい教えろ」

 まっすぐな瞳を向けられて、勇太はため息交じりに応じた。


「勇太」

「ふーん、勇太か。よろしくな、勇太。私は井坂まさみ。“まちゃみ”とか呼んだら殺す」

 勇太はじろりと睨まれた。


「おっ、おう……」


 勇太の反応にまさみはにやりと笑う。

 ひと癖もふた癖もありそうだが、その笑顔に勇太は顔を赤くした。


「ところで、勇太。探しているのはどんな子なんだ? もっと特徴を詳しく教えろ」


 そういえば詳しく言っていなかった。

 勇太は慌てて補足する。


「背はお前より少し高くて、髪が長く、色白の美人だ。それもめったに見ねぇレベルの」


 勇太の説明を聞いたまさみは、顎に手を当てて考え込む。

 そして、唐突に両手の人差し指を舐め、頭の両側でクルクルと回しながら髪をいじると、目を瞑った。

 やがて、まるで“ち~ん”と脳内で鐘が鳴ったかのように目を開け、手を打つ。


(……可愛い顔してるのに、気の毒な奴だ)

 勇太は、哀れむような視線をまさみに向けた。


「勇太。今、私に対して失礼なこと考えたろ?」

 鋭い指摘に、勇太は慌てて首を振る。


「まあいい」

 まさみは気にした様子もなく、自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。


「何をしてんだ?」

 しばらくして、まさみは女の子らしい可愛い手帳を取り出した。


「まさかと思うが」

 まさみは手帳を開くなり、勇太の顔に押し付けてきた。


「おい、何をする」


 細い手首を掴んで引き離すと──貼られていた大きめのプリクラが目に留まる。

 そのプリクラを勇太は凝視した。


 プリクラに写っているのは五人の女子高生。


 中央にはまさみがいて、その隣には美しい女子高生が寄り添うように立っている。

 どこか緊張した面持ちで、それでも微笑を浮かべていた。


「この女だ」


■秘蔵コレクション、整理済み


「琢磨ぁ」

 家に帰って宿題をやっていると、ダミアンが退屈そうに声をかけてきた。


「なんだよ」


「貴様に頼みがあるのだ」


「宿題が終わってからな」

 シッシッと追い払うように手を振ると、机の上に飛び乗った。


 にっかぁと楽しげに笑っているが、何かを後ろ手に隠している。

 ……本? 文庫本か?


 ちらりと見えた表紙のイラストを見て、おれは凍りついた。


「おっ、お前、それは…… !」


「うん、あぁ、これか? これは隣の部屋の押し入れの中にあった本だ。タイトルは何だったかな」

 ダミアンはわざとらしく、本のタイトルをおれに見せつける。


「おお、そうだ、「『続・幼なじみの女子高生がボクを寝かせてくれない』。ふむ、なかなか興味深い本だった」

 ダミアンはニヤニヤしながら、おれの顔色を見て笑う。


「お前、勝手に隣の部屋に入ったのか!」

 まずい、それじゃ他のも……


「別に鍵がかかっているわけでもないからな。毎日、自由に出入りしておるぞ」

 こいつ、どこまで知ってるんだ。


 おれは心の準備もできないまま、ダミアンの次の一手を警戒した。

 そのときだ。


 ――ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴ると、ダミアンはくるりと一回転し、ルナの姿に戻った。

 そして、本をくわえたままドアへと向かう。


√ ちょっと心優に読ませて、本の感想を聞いてくる。

 ダミアンは振り向いて、にやりと口角を上げる。


√ 感想、聞きたいだろう?

 おれは弾かれるように、ダミアンの貫頭衣に飛びついた。


「頼みってなんですか? すぐにやりますので、それだけはご容赦を!!」

√ ふっ。


「押し入れを空けるのか?」


√ 出来れば上の段を空けて欲しいのだが。

 おれは両親の部屋の押し入れの整理、いや荷物の移動をするハメになった。


「ここを空けて、何するつもりなんだ?」


√ 吾輩が毎晩パソコンを弄っているとうるさいだろ。夜はここを使うから、貴様はぐっすりと眠るがいい。


 こいつ、夜中に一人で何をしようとしてるんだ?

 じっとりとした視線を送ると、目を逸らしやがった。


 押し入れの中は姉ちゃんが綺麗に整理していたので、荷物の移動は簡単にできた。


「これでいいか?」


 おれは押し入れの上の段にあった荷物を全て移動した。

 これならネコ型ロボットだって快適に生活できるはずだ。


√ おぉ、素晴らしい。次は延長コードと、照明を頼む。


「それくらい自分で……」


√ そうそう、先ほどの小説だが、吾輩は最初から最後までそらんじることが出来るぞ。もちろん、お前の声まねで。


「こっ、こいつ!」

 おれはぐっと拳を握った。


√ 延長コードと照明。

「はいっ! すぐ準備いたします」


√ よろしい。

 こいつ、覚えてろよ。おれは絶対忘れないからな!


 ダミアンは押し入れの上段で、本の上ににゃんこ座りし、おれが配線するのを眺めている。


 この本は他の秘蔵のコレクションと一緒に宝箱、いや段ボールに入れて、ガムテープで厳重に封印していたはずなのに……

 あれ?

 そういえばさっき荷物を移動したとき、段ボールが見当たらなかったような……


「お前、その本をどこから持ってきたんだ?」

√ さっき貴様が下段に移動した箱の中に入っていたぞ。


 言うが早いか、ダミアンは軽やかに宙を舞い、一回転して着地。

 人の姿へ戻ると、押し入れの下段に目をやった。


「たしか…… あの箱だ」

 と言って、指をさす。


 ダミアンが指さしたのは、おれがお宝を入れたボロボロの段ボール――

 ではなく、新品のように綺麗な段ボールだった。

 急いでその箱を開けると、中の本やDVDが、整然と並べられていた。


「ダミアン…… こっ、これは」

 絶句するおれに、ダミアンは肩をすくめて言う。


「何日か前に、七花が押し入れを整理していたぞ。本の表紙を見て真っ赤な顔で固まっていたな。面白いほど動揺しておったわ」

 そう言って、ダミアンは箱の中に手を伸ばす。


「おう、これこれ。この本を持って、なにかぶつぶつと言っておった」

 ダミアンは本を両手で持って表紙をおれに向け、タイトルを読み上げる。


「続 美人女子大生の姉は、僕の夜の家……」


「やめてええええええ!!!」

 おれは押し入れの前で、頭を抱えて絶叫した。

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