61:消えたバイト仲間の話
◇二十八日目【7月7日(日)】
■タックンと名付けられた日
「いらっしゃいませ」
店の入口へと小走りに向かう美帆さんの声が、明るく響いた。
今日はファミレスでのバイト初日だ。
開店の一時間前に出勤し、調理補助のレクチャーを受けた。
このファミレスでの調理補助とは、コックさんが使う皿の準備、野菜の下ごしらえ、そして盛り付けをすることだ。
まずは料理ごとに使う皿の種類を覚え、野菜の洗い方や切り方を教わる。
結構忙しかったが、まあ、人より多少物覚えがいいおれは、一時間で大体の流れを掴んだ。
とはいえ、盛り付けはメニューごとに違うので、細かい部分はその都度教えてもらうことになった。
「吉野くん、注文入ったよ」
声をかけてきたのは、料理長の西田さん。
三十代前半くらいの、長身小顔のイケメンだ。
厨房にはコックは三人いて、西田さんだけは縦に長い帽子をかぶっている。
他の二人は少し短めの帽子だ。
厨房上部に取り付けられたキッチンモニターを確認すると、ハンバーグステーキとお子様ランチのオーダーが入っていた。
朝からハンバーグか……
なんて思いつつ、ハンバーグステーキ用とお子様ランチ用の皿を取り出す。
お子様ランチの皿に、作り置きのナポリタンとご飯を盛り付ける。
旗を立てたいところだが、それはすべてを盛り付けてから、西田さんが自らするそうだ。
料理担当の飯田さんと、スイーツ担当の大森さんが、流れるような手つきで料理を仕上げていく。
「担当」とは言っても、二人とも料理とスイーツ、どちらも作れるらしい。
ただ、得意分野で分担しているだけだとか。
飯田さんは少し、いや結構でっぷりとした気難しそうな五十代くらいの男性。
背はおれより少し低い。
一方、大森さんは二十代の目元がちょっときつい印象の、キリッとした女性だ。
スラッとした細身で、姿勢がいい。
そんな大森さんが、手際よくお子様ランチを仕上げていく。
西田さんが旗を立て、カウンターに置くと、美帆さんがそれを盆にのせて運んでいった。
美帆さんが戻ってくる頃には、もうハンバーグステーキも完成していた。
おれはほとんど何もしていないのに、あっという間に一組のお客をさばいてしまった。
こんなんで、給料をもらうのは申し訳ないな。
……なんて思ってた時期が、おれにもありました。
「吉野くん、ステーキ皿2枚、大皿4枚、サラダ用の小鉢6つ、すぐ用意して!」
「はい!」
「新入り、サラダ用のレタスが足りなくなった! 洗って水切りしろ、今すぐだ!」
「はいっ!」
「ボク、戻ってきた食器、汚れ落としてから食洗機回して!」
「はいぃぃっ!」
なんだ、十二時前から戦場じゃないか。
開店時には二人しかいなかったウエイトレスも今は五人になってる。
おれは、厨房の中を所狭しと駆け回った。
□
「お疲れさま、ボク」
二時を回って厨房が落ち着いてきた頃、大森さんが声をかけてきた。
「はぁ、どうも……」
皿を洗いながら軽く頭を下げる。
「急に忙しくなって驚いたでしょ? 次は夕方までそんなに忙しくならないから安心して」
「そうなんですか」
ふう、と息を吐く。
どうやら、大森さんも手が空いたようで、隣で皿洗いを手伝ってくれる。
きつい印象の顔立ちに反して、落ち着いて話してみると優しそうな人だった。
「おつかれぇ」
ホッとしていると美帆さんが厨房の前を、胸のあたりで小さく手を振りながら通り過ぎて行った。
それに軽く会釈を返すと、大森さんが意味ありげな笑みをおれに向けていた。
「ねぇねぇ、ボクは美帆ちゃんの彼氏?」
「違います」
即座に否定した。
そんな誤解をされて美帆さんが嫌な思いをするのは困る。
「おれと美帆さんは前のバイトが一緒だったんです。けど、同じ日に解雇されて。顔見知り程度の付き合いだったんですけど、連絡先を交換してたんで、ここのバイトに誘ってもらったんです。それと…… ボクというのは……」
やめて欲しい。
「あっ、ごめんね。私、名前を覚えるの苦手でさ。で、なんて名前だっけ?」
「吉野琢磨です」
「わかった、タックンだね」
……たぶん、すごく嫌そうな顔をしてしまったと思う。
「タックンじゃだめだったかな? そっちのほうが覚えやすいんだけど」
「いえ、それでいいです」
おれはうなだれた。
「じゃぁ、決まりだね」
大森さんは満足そうに微笑む。
「ところでさ、その首から下げてるの、なに?」
「十字架と海馬神社のお守りです。家族…… いや、家のものに持たされたんですよ。最近物騒だから念のために持っていけって」
「へぇ、タックンは信心深いんだね。でも、キリストと日本の神様って、一緒にいて喧嘩しないのかい?」
「いやぁ、そういうのよくわからないんですけど。持っていかないと、バイトに行かせないって(悪魔に)言われて…… 仕方なく」
「家の人、ちょっと変わってるね」
「ははは…… それにしても、毎日こんなに忙しいんですか?」
「そうだね、平日も忙しいけど、土日は特に忙しいかな。作田くんが来なくなってからは地獄だよ、地獄」
昨日言ってた、一週間前から急に来なくなった人か。
「その人、連絡取れないんですか?」
「そうなんだよ。実家暮らしなんだけど家に電話しても帰ってないって言うし、行方不明なんだって」
行方不明──
この辺りじゃ、嫌でも頭をよぎるのは吸血族絡みの事件だ。
「それって」
「やっぱ、タックンもそう思う? 例の連続殺人事件に巻き込まれたんじゃないかって、みんな心配してるんだよね」
「作田さんって、どんな人だったんですか?」
「そうだね、あまり話さない男の子なんだけど、仕事は真面目でね。美帆ちゃんをよくデートに誘ってたなぁ。まったく相手にされてなかったみたいだけど。確か、港北大学の二回生だって言ってたかな。家はお金持ちらしいよ」
美帆さん狙いとは、なかなかの面食いだな。
それにしても、その作田って人は大丈夫かな。
おれにはなんの力もないが、もし吸血族絡みなら、ダミアンに頼んでなんとかしてやりたいけど。
「早く見つかるといいですね」
顔も見たこと無いが、吸血族の関係者?
としては気持ちが沈む。
「本当にな。早く見つかって戻ってきてほしいよ」
□
「お先です」
「お疲れ」
「また来週ね」
五時になったので、軽く会釈して厨房を出た。
普通なら一日働けば疲れが溜まるはずなんだけど、血の契約のおかげで全く疲れを感じない。
コック服を脱ぎ、裏口へ向かう途中、従業員用のお手洗いから出てきた美帆さんと鉢合わせた。
「お疲れ様、今日はどうだった?」
柔らかい笑顔が向けられて、つい姿勢が良くなる。
「忙しかったです。でも楽しかったです」
「そう、良かったわね」
「美帆さんは、まだ帰らないんですか?」
美帆さんは、化粧を直していたらしい。
元が綺麗なんだから、化粧なんてしなくてもいいと思うのだが。
「私は八時までなの。一人暮らしだからバイトしないと生活できないのよ」
「実家は関東のほうでしたっけ?」
「そう、あまり親に負担掛けたくないからね」
そう言いながら、ホールの壁時計へ視線を流す。
「そろそろ戻るわ。気をつけて帰ってね」
「はい、それじゃ、お先です」
美帆さんがホールに戻るのを見送って、おれは裏口から店を出た。
裏口は駐車場とは反対側の南面にあり、幅三メートルほどの外廊下に面している。
……んっ??
裏口を出てすぐ、どこかから声が聞こえた……
ような気がした。
おれは耳を澄ませ、きょろきょろと辺りを見回す。
聞こえてくるのは車のエンジン音、子どもたちの騒ぐ声、主婦たちの笑い声──
他には…… さっきの声は、もう聞こえなかった。
気のせいか。
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