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60:優しい宿主という枷

□鳥居の前で交わした不戦協定


「いやぁ、本当に偶然だな!」

 浴衣姿の悠斗が、笑いながらおれの肩を抱いてきた。


「そうだな、はははは」

 曖昧に笑い返しつつ、つい後ろをちらりと見やる。


 エヴァは心優と楽しげに話しながら歩いているが、問題はその腕の中だ。


 先に硬直を解いたエヴァは、動けずにいたダミアンをすくい上げ、そのまま腕の中に収めてしまった。

 ダミアンはいまもピクリとも動かない。


 太陽が出ているあいだは大丈夫だと思うが、いまは生きた心地がしないだろう。

 おれは足を止め、振り返った。


「あのさ、鈴ちゃん。せっかくの浴衣が汚れたら大変だし、おれがダミ…… いや、ルナを抱くよ」 

 そう申し出ると、エヴァはにっこりと微笑んだ。


「気にしないでください、琢磨さん。私、猫が大好きなんで、もう少し抱いていたいんです。そう、できれば日が暮れるまで」

 ダミアンはまるでおしっこを漏らしそうな勢いで、目を見開いている。


 やがて鳥居の近くまで来ると、エヴァは足を止めた。


「それじゃ悠斗さん、私はここで待っていますね」

「えっ、鈴ちゃんもお参りしないの? ていうか、神社に入らないの?」


「ごめんなさい、心優さん」

 申し訳なさそうに微笑むエヴァに、心優が不思議そうに首を傾げる。

 すると悠斗が軽く肩をすくめながら答えた。


「心優、鈴ちゃんは神社に入れないんだ。家で他の宗教を信仰していて、神様が喧嘩するんだってさ」


 そうか、エヴァも神社に入りたくないのか。

 それにしても、うまい言い訳を考えたもんだ。


√ 琢磨、貴様も一緒にいてくれ。

 なんか、念話越しの声まで震えてるぞ。


「心優、それじゃおれもここで鈴ちゃんと待ってるから、悠斗とお参りしてこい」


「えっ、たっくんも境内に入らないの?」

 心優が悲しそうな顔をする。


 そんな顔するなよ。

 おれだってダミアンが捕まっていなきゃ、今すぐにでも神社に逃げ込みたいくらいなんだから。

 ちらりとエヴァを見てから、心優に向き直る。


「鈴ちゃんをひとりにしとけないだろ。お前らがお参りし終わったら迎えに来てくれ。その後で出店を回ろう」

 心優は不満そうだったが、エヴァを見てしぶしぶ頷いた。


「わかった、じゃあ後でね」

 悠斗が不思議そうにおれを見る。


「いいのか琢磨? 心優を放っといて」


「いいんだよ、悠斗くん。鈴ちゃんをひとりにしたら、絶対ナンパされちゃうよ。たっくんが横にいたら案山子よりも安心だから」

 悠斗はちらりと心優を見てから、軽く肩をすくめる。


「そうか? 心優がいいんなら」

 おれは案山子並なのか?


 心優達が鳥居をくぐったのを見届け、おれはエヴァに向き直った。

 エヴァが苦笑いをする。


「助かったぞ、琢磨。お前がいなければ、この間抜けと話もできんからな」


 エヴァの目つきと口調が変わった。

 気弱な鈴ちゃんの演技は、ここまでってことか。


「あぁ」


 大丈夫だ、日没までにはまだまだ時間がある。

 おれはそう覚悟を固める。


 ダミアンは依然としてエヴァを見上げたまま固まっている。

 ……かなり緊張しているのがわかる。


√ わっ、吾輩になにか用か?


「ダミアンが、なんの用だって訊いてる」

 エヴァは神社の前の歩道に置かれたベンチに腰掛けた。


「琢磨、お前も座れ」


 逆らうのは得策じゃなさそうだ。

 おれは少し距離を置いて座った。

 祭りの人混みが前を行き交う。


「悠斗が戻るまでそれほど時間もあるまい。手短に話そう」

 エヴァはダミアンを睨みつける。


「ダミアン」

 ダミアンが、ごくりとツバを飲むのが見て取れた。


「今期は、不戦の協定を結ばないか?」

 ダミアンが訝しげな視線をエヴァに向ける。


√ 本気か?


「本気か尋ねている」

 エヴァはふっと笑って、


「お前は猫の体に憑依している。私から狙われないだけ、儲けものだとは思わないか?」

 そう言いながら、片手でダミアンの頬をぐっと掴む。


√ 貴様がなんの理由もなく、そんな事を言い出すとは思えん。なにが狙いだ。


「お前が理由もなく、そんな話をするとは思えないので、理由を話せと言っている」

 エヴァの、いや鈴ちゃんの美しい顔が歪んだ。


「お前、立場というものがわかっていないようだな」

 エヴァはダミアンの顔を掴む手に、じわりと力を込めた。


√ うぷぷぷぷぷぷっ


「おい、やめろ」

 おれは思わず、力を込めたエヴァの手を掴んだ。


「お前、なんの真似だ」

 あっ、やばい。逆らっちゃいけないやつに、逆らうようなことをしてしまった。

 ダミアンを離したエヴァの手が、おれの両頬をむぎゅっと掴む。


「うぷぷぷぷぷぷっ」

 エヴァの目に怒りが宿っている。


 おれはエヴァの手首を握り、顔から引き剥がした。

 それは拍子抜けするほど簡単だった。


 細い手首から、今のエヴァは、か弱い少女の数割増し程度の力しかないことを実感する。

 あの圧倒的に強かったエヴァも、日中は普通の女の子と変わらないんだ。


「離せ」

「いや、でも……」


 おれはダミアンに視線を向ける。


「この間抜けはお前に渡してやる」

 エヴァが手を緩めると、間抜けと呼ばれたダミアンは、素早くおれの膝に飛び乗った。


「さぁ、離せ」


√ 離すな琢磨! このまま協定の理由を白状させろ。


「協定の理由を白状しろと言ってるけど……」

 エヴァは口角を上げ、ニヤリと笑った。


「悲鳴をあげて、チカンだと叫んでほしいか?」

「ごめんなさい」

 おれは素早く手を離した。


√ ヘタレめ。

 とダミアンが小馬鹿にするように念話してくる。


「うるさい」

 そんなことされたらおれの人生は詰む。

 ダミアンはおれの膝の上で、ニャンコ座りをしてエヴァを見上げた。


√ 宿主を眠らせられないのだろう。


「宿主を眠らせられないんだろう、と言ってる」

 エヴァの表情が一瞬で警戒に変わる。


 鈴ちゃんに眠っているときの記憶があることを知っていたダミアンは、この答えにたどり着いたのだろう。

 エヴァの表情を見ると、どうやら図星っぽい。


√ 宿主が、自分が人を殺したなどと思い始めたら、精神を病むだろうな。


「自分が人殺しだと思い始めたら、宿主が病むだろうと言ってる」


 鈴ちゃんは優しくて、どこか気弱な印象の子だった。

 そんな彼女が自分のことを人殺しだと疑いだしたら、きっと、精神的に追い詰められる。

 最悪、自殺だってありえる。


√ 相手が人ではなく猫だったとしても、殺せば病むのではないか?


「猫を殺しても、鈴ちゃんは病むんじゃないかと言ってる」

 エヴァの目つきが鋭くなる。


√ 吾輩を殺してみろ。

 ダミアンはニヤッと笑う。


「殺してみろ、と言ってる」


「お前」

 低く唸るような声で、エヴァが威圧する。

 右手を握り締め、ぷるぷる震えているあたり…… めちゃくちゃキレてる。

 あんまり、エヴァを刺激するなよ……


√ 殺してみろ、ほら、殺れるもんなら殺ってみろ。その娘が気に病んで、部屋に閉じ籠もるかもしれんがな。ハハハハ!


 ダミアンはこともあろうか、おれの膝の上でルナの姿のまま踊り出した。

 猫の姿のままなので、前足をチョイチョイと動かす程度だが……

 いくらなんでも煽り過ぎだ。


 バチンッ!


√ イテッ!

 ダミアンは両前足で額を押さえて悶える。


「お前最低だな。そういうとこだろ、仲間に嫌われてるのって」

√ 貴様ぁ、貴様はどっちの味方なのだ。


「言い過ぎなんだよ。お前が言ってることが正しいなら、鈴ちゃんも今の話を聞いてるってことだぞ」

 もう一度デコピンするポーズをとると、


√ いや、悪かった。もう言わない。

 ダミアンは両前足で防御の姿勢を取った。


「この間抜けは、なんと言っている?」

「いえ、大したことは言ってません。それより協定のことなんだけど」


√ おい琢磨。なにを勝手に。うぐっ。

 デコピンポーズを見せつけると、ダミアンは即座に黙った。


「心優や悠斗にも手を出さないってことでいいですよね」

 おれはエヴァに確認した。


「あぁ、それで良い」

「基本、誰も殺さないと」


「そうだな、私に危害を加えようとする者は別だが」

 そこはダミアンと同じだな。


「不戦の協定、結びます。いえ、結んでください」

「お前が勝手に決めていいのか?」


 当たり前だ。

 これはおれ達にとって、最高の条件だ。


 そんなことは、頭の良いダミアンなら百も承知だろう。

 おれはデコピンポーズで、ダミアンを見る。


「それでいいよな?」

 ダミアンは両前足で頭を隠し、何度も頷く。


「よし、決まりだ」

 エヴァは口角を上げて笑うと、鳥居のほうへ視線を向けた。


「悠斗達が戻ってきた。琢磨、その間抜けの手綱、しっかりと握っておけよ。でないと――」

 エヴァはそこまで言いかけて、突然、力が抜けたようにカクンとなった。


「鈴ちゃん、お待たせ。たっくんが相手でつまらなくなかった?」

 いきなり何いってんだ。

 おれはムッとする。


「いいえ、琢磨さんとは有意義なお話が出来ました」

「へぇ、どんな話をしてたの?」

 首を傾げる心優に、エヴァは安堵の笑みを浮かべた。


「これから仲良くしましょうってお話です」

 エヴァがふふっと微笑むと、悠斗がおれとエヴァの間に割り込んで座った。


「なんか意味深だけど、どういうこと?」

 悠斗の視線がおれとエヴァを行き来する。


「別に、大した話じゃ……」

 いや、命に関わることだから、重大な話だったな。


「琢磨さん、本当にありがとうございました。私、肩の荷が少し下りた気がします」

 そう言ったエヴァの目から、大粒の涙が溢れた。


 ……鈴ちゃんに切り替わってたんだ。


 その後、悠斗は泣き出した鈴ちゃんを見てオロオロし、慌てて帰るし、心優には「何を言ったの?」って問い詰められるし散々だった。

 結局、あまり夏祭りを楽しめないまま、明るいうちに帰宅する羽目になった。

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