58:祭事を嫌う悪魔と、日常という戦場
◇二十七日目【7月6日(土)】
■押し入れの悪魔、朝から全力で不機嫌
朝からダミアンの機嫌がとにかく悪い。
「貴様、吾輩と血の契約を交わしておきながら、神の祭事に出掛けるだと?」
昨夜、心優の家を見張っていたダミアンは、浴衣の着付けの話題で盛り上がるおばさんと心優の話を盗み聞きし、おれが今日、海馬神社の夏祭りに行くことを知ったらしい。
おじさんも祭りのボランティアをしているし、神木家では昨夜、祭りの話題で持ちきりだったに違いない。
ダミアンはおれが夏祭りに行くのが、そうとう気に入らないご様子だ。
シャッターを閉めた薄暗い部屋で、ダミアンは腕を組んでプンプン怒っている。
「お前は行かないんだから、別にいいだろ」
押し入れの上段であぐらをかいて、不機嫌そうな顔をしているダミアンに言う。
「貴様はその祭事に行って、神に祈りを捧げるのだろ? そんな事を吾輩が容認できるはずがない」
たかが夏祭り行くだけでなぜそこまで怒るのか、理解に苦しむ。
神様にお参りすることを嫌がっているのか?
別にキリスト教のように祈りを捧げるんじゃなくて、お願い事をするだけなんだけどな。
……向かいの神社にちょくちょくお参りしていることは黙っておこう。
「じゃぁさ、お参りするのはやめておくから、それでいいだろ。心優と約束してるんだ。日が暮れるまでには帰ってくるから」
「祭事に行って祈りを捧げないのであれば、一体何をしに行くのだ」
ダミアンは怪訝な目を向けてくる。
「夏祭りっていうのは、神社の境内に屋台が並んで、焼きそばやカステラ焼きを食べたり、金魚すくいや射的をやって遊んだりするんだ」
ダミアンは口を尖らせ目を細める。
「……楽しそうだな」
「楽しいぞ。しかも、女の子たちの浴衣姿も見れるしな!」
「浴衣とは、貴様らの民族衣装のことか?」
「まあ、そうかな」
浴衣を民族衣装と呼ぶか、正直よく分からんが。
「吾輩も行く」
「えっ、神社だぞ、お前境内に入れるの?」
横田神社の境内を邪悪だとか散々言ってたしな。
「入れなくても、どのようなものか見てみたい」
「ついて来るのは構わないけど、神社の周りで騒ぐなよ」
「貴様、吾輩をなんだと思っておるのだ。そんなことをするわけがないだろ!」
「だってお前、神社嫌いだし、最悪だとか邪悪だとか文句ばかり言ってただろ」
「ふん、吾輩もバカではない。祟るような神の機嫌を損ねるような真似はせん」
「あれっ、もしかして、お前、神様にビビってんの?」
「なんだと、吾輩がたかが辺境の神など恐れるとでも思っているのか」
ちょっとからかうとムキになる。
この悪魔っ子とのやり取りを、最近おれは妙に楽しんでいる気がする。
「心優が迎えに来るから、四時には家にいろよ。おれは朝飯を食べたら出かけるから」
「どこに行くのだ?」
「バイトの面接」
「バイト…… だと?」
明らかに嫌がっているな。
「安心しろ、土日の昼間だけだ。日が沈むまでには終わる仕事だから」
前のバイトをクビになってからもう一ヶ月近くなる。
親の遺産もそんなにあるわけじゃないし、少しでも金を儲けないと、姉ちゃんの稼ぎだけじゃいずれ限界が来る。
「どんなバイトをする気だ?」
「ファミレスの調理補助。前のバイトで知り合った人が誘ってくれた」
そう、おれの数少ない女友達、いや男友達も少ないな。
そもそも友達かどうかも怪しい、ただの知り合いだ。
年齢が近いというだけで、暇なときによく話しかけてくれた。
バイトをクビになった日、メッセージアプリの連絡先を交換してくれたのだ。
確か大学生で一人暮らしをしているって言ってたな。
細身の巨乳で、大人っぽいのに可愛い系のお姉さんだった。
「必ず日没までに帰ってくるのだな」
「心配するなって、そのつもりだから」
ダミアンはため息をつき、棚の上を指さす。
「それではそこの箱に入った、あの忌々しいものを持っていけ。持っていかなければ、吾輩がついて行くぞ」
ダミアンが指さしたのは、本棚の上に置かれた木の箱だ。
「わかったよ。それより飯に行こう」
おれが立ち上がると、ダミアンも押し入れから飛び降り、ルナの姿になった。
■調理補助と年上の誘惑
ピアモールは、家から自転車で十分くらいの場所にある三階建てのショッピングモールだ。
よくある大きなビルの内側に店舗が入っているタイプではなく、各店舗の入り口が外に向かって開いているオープンな造りになっている。
国道に面した北向きの大きな駐車場と、駐車場を囲むようにコの字型に建てられたビル。
すべての店舗の入口は駐車場に向いている。
一階と二階が店舗で、三階と屋上が駐車場だ。
小学生の頃に、両親に連れられて時々買い物に来ていた記憶がある。
おれは自転車をとめて、二階にある開店前のファミレスに向かった。
エスカレーターを降りると、視界に飛び込んできたのは東向きの巨大な空き店舗。
たしか、ここには以前、大きなスーパーが入っていたはずだ。
母さんに連れられて何度か来たっけ。
一階にある安売りの店に負けたのかもしれない。
目的のファミレスは、この空き店舗の隣だ。
北向きの立地で、国道からも駐車場からもよく見える。
このファミレスは誰でも知っている大手のチェーン店ではなく、この地域に数店舗しかない地域密着型、つまりかなり小さなチェーン店だ。
ネットの口コミを見てみると──
「チェーン店なのに店ごとに味が違う」
「いや、同じ店でも時間帯によって味が違う」
と、なかなかチェーン店らしくない評価が並んでいる。
大丈夫か? この会社。
「失礼します」
ガラスのドアをそっと押し開けると、店内は開店準備の真っ最中だった。
中を覗き込んだおれに気づいたウェイトレスが、ぱっと表情を明るくする。
「吉野くん」
ウエイトレスが優雅な足取りでこちらへ歩み寄ってくる。
「お久しぶりです」
おれは軽く会釈をしながら店に足を踏み入れた。
「久しぶりね」
ウエイトレスの名前は、前田美帆さん。
おれよりふたつ上の女子大生だ。
初めて会ったときに、「みぽりんって呼んでね」と言われたが、当然そんなことはできない。
うちの姉ちゃんと同い年だが、雰囲気はだいぶん違う。
その、姉ちゃんよりだいぶん…… 大きいし。
話していると、おっとりしているというか、育ちの良さを感じる。
大人びた雰囲気なのに、いつもボブカットの栗色の髪につけている花のヘアピンが、ほんの少し幼さを残していて可愛らしい。
銀色に輝く花びらの中央には、真珠っぽい飾りがあしらわれていて……
うん、絶対高いやつだ。
「面接に来たのでしょう。少し待ってね、店長を呼んでくるから」
美帆さんはバックヤードへと消えていった。
おれは軽く店内を見回す。
北側に入り口、東と南側には窓があり、店内は明るい。
東側の窓は通路に面しているが、窓が無いよりは開放感があると思った。
客席は大小のテーブルを合わせて二十ちょっと。
通路は広く、一般的なファミレスの大きさだ。
ほどなくして、美帆さんが四十代くらいの背の低い男性を連れて戻ってきた。
「店長の田中です。吉野さんですね?」
おれは緊張しながら、深く頭を下げた。
「はっ、はい! アルバイトの面接に来まし… あっ、きっ来ました! 吉野琢磨です!」
声が裏返った……
「ふふっ、君は相変わらずね」
美帆さんが手で口元を隠しながら、くすくすと笑う。
彼女は、おれが初対面の人と話すのが苦手だってことを知っている。
「ははは、前田さんから吉野さんのことは聞いているよ。真面目で勉強ができるんだってね」
「えっ、いやあの」
田中店長の態度は、どこか好意的だった。
「吉野さんは料理できる?」
「はぁ、少しくらいなら」
普段はほとんどしないが、最低限のことはできる。
少なくとも、心優よりはマシなはずだ。
「実はね、今募集しているのは調理補助の仕事なんだ。一週間前まで来てくれてた子が、連絡なしで突然来なくなっちゃってね。人手不足で困ってたんだ」
「そうなんですか」
眉をハの字にした田中店長が、おれを見つめる。
「土日だけでも来てくれない? 前田さんの紹介だし、来てくれるなら即採用するよ」
えっ、面接もなしに採用?
「良かったわね、採用よ。また一緒に働けるなんて嬉しいわ」
美帆さんが嬉しそうに微笑む。
「それじゃぁ、早速明日からお願いね。必要な書類を渡すから、書いてきてくれる?」
「明日からよろしくね、吉野くん」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
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