54:使い捨ての駒と、三人の悪魔
■下僕の影が動き出す《POV:サマエル》
小埠頭の入り口にあたる道路の脇には、港で働く労働者や近隣のマンション住民をターゲットにした飲食店が軒を連ねていた。
焼肉店、ラーメン店、牛丼店……
そんなガッツリ系の店が並ぶ一角に、若い女性をターゲットにした妙に場違いなカフェがひとつ。
そんな、洒落たカフェの昼下がり。
サマエルは下僕を外に待たせ、四人掛けの席に腰を下ろした。
右には、中学生男子に憑りついたニーシャ。
正面には――
「おう、久しぶりじゃねえか、元気にしてやがったか?」
品のない笑みを浮かべる男――ダルク。
このゲームの古参プレイヤーの一人で、確か三千年くらい前から参加していると言っていた。
(どうしてこんな無能で凡庸な男が、今日まで生き延びてこられたのかしら…… まったく、謎ですわね!)
サマエルは心の中で毒づく。
今回のダルクは気の良さそうな初老の男に取り憑いていたが、中身は相変わらず下劣なセクハラオヤジだ。
とはいえ、ダルクもまたダミアンに恨みを持つ一人。
どんな男であれ、利用価値はある。
(こんな男でも仲間にしておけば、いざという時に盾くらいにはなりますもの。もちろん、わたくしの弾除けとして、ですけれど!)
後ろに立っている若い男はダルクの下僕のようだ。
服装からして、品のない佇まいは主に似ている。
(主従揃って残念な方々。見ていて痛々しいですの)
そんな冷めた視線を向けていると、隣に座っていたニーシャが身を乗り出した。
ニーシャが憑りついた中学生は、長身で細身の少年だ。
「会えて嬉しい、おっさん」
「おっさん言うな。馬鹿力だけが取り柄の大男が。お前は子供に憑りついたのか?」
ダルクが鼻を鳴らす。
だが、まんざらでもなさそうだ。
あまり頭を使わない者同士、気が合うのだろう。
「姫も今回は、えらく年配の女に憑りついたな。そんな姿だと、男をたぶらかし難いだろう」
サマエルを「姫」と呼ぶのは、初めてこの世界に来たとき、城塞都市の姫に憑りついたことに由来する。
本音を言えば、もっと良い宿主が良かった。
しかしここへ来て、すぐに憑りつけるのがこの女だけだったのだ。
そんな話をすれば面白がられるのも目に見えている。
サマエルは涼しく微笑んだ。
「そんなことございません。昼は仮の姿、夜こそが本番。わたくしの美貌と策略で今度こそ王国を築いてみせますわ」
サマエルの夢は、この世界に自らの王国を築くこと。
前回はダミアンに邪魔をされたが、今度は違う。
「で、わしを呼び出したのは世間話をするためではあるまい。目的を言え」
ダルクは鼻を鳴らし、片唇を吊り上げる。
その態度がまるでこちらを小馬鹿にしているようで、サマエルの気分を害した。
「ダミアン、見つけた。一緒に殺ってしまおう」
ニーシャがさらりと言い放つ。
だが、ダルクは想定外の提案に、不機嫌そうに顔を歪めた。
「あぁっ?」
サマエルは場を繋ぎ、優雅な声を乗せる。
「ダルク、ダミアンだけでなく、G-eyeの三人を排除するのを手伝っていただけませんか? あの方々、目障りですの」
ダルクは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「G-eyeを殺るのなら協力してやろう。だがな」
(だが?)
「ダミアンはわしの獲物だ。すでにダミアンの居場所も突き止めておる。邪魔をするならお前らでも容赦せんぞ」
そう言い放つと、ダルクは乱暴にテーブルを叩いた。
(なんて無礼なことでしょう。こんな無能が一人でダミアンを排除するですって? 笑わせてくださいますわ。でも…… まぁ、どうしても一人でやりたいというのなら、好きにすればよろしいですわ)
サマエルは涼やかな笑みを崩さず頷く。
「おれも、ダミアン殺る」
とニーシャが食い下がる。
前回ダミアンに煮え湯を飲まされたニーシャは、納得がいかない様子だ。
だがサマエルは穏やかに諭した。
「ニーシャ、今回はダルクに任せるしかありませんわ。見つけたと言っても、わたくし達はまだダミアンの居場所を掴めておりませんし、それに…… ダルクの態度を見る限り教える気など微塵もなさそうですもの」
前回のゲームの褒美として、ダミアンは魔王から膨大な魔力を授けられた。
それがどれほどのものか、ダルクを使って見極めようと、サマエルは考えた。
「さすがは姫だ、話が分かる」
ニーシャの表情には明らかに不満が浮かんでいる。
「ニーシャよ。わしがしくじったときには、お前に順番を譲ってやる。失敗したらだがな。おい、郷原」
ダルクが呼びかけると、下僕が一歩進み出た。
「わしがしくじったら、ニーシャにダミアンの居場所を教えてやれ」
「はい、わかりました」
郷原はお辞儀をし、一歩後ろへ下がった。
その一瞬、郷原の瞳に不満の影が見えたのを、サマエルは見逃すことなく捉えていた。
「わたくしは手を引きますわ。ダミアンのことは、あなたに委ねます」
「任せておけ」
ダルクが豪快に笑う。サマエルはすかさず話題を切り替えた。
「次にエヴァですが」
その名が出た途端、ダルクの顔が僅かに歪んだ。
厄介さを知る者の反応だ。
「姫、エヴァの居場所は特定出来たんかい?」
ダルクの鋭い視線がサマエルに向けられる。
「俺の下僕、エヴァを見つけた。港北女子高校に通っている、女子高生」
「家はどうだ?」
「家はまだ。エヴァも警戒している」
「はよ下僕に調べさせろ」
「それは出来ない。俺の下僕、見つかれば殺されるかもしれない」
魔力を感知できる下僕は、ニーシャの宿主の兄だ。
万が一、下僕に何かあれば、その影響が宿主にどう及ぶか分からない。
ニーシャはそんなリスクを避けたがっている。
「下僕なんぞ使い捨てだろ」
ダルクの無神経な一言。
サマエルは静かに紅茶を啜りながら郷原の方へ目を向ける。
(自分の下僕の前で、よくそんなことを言えますわね。命令には従っても、腹の中で何を考えているかなんて、誰にもわかりませんのに)
サマエルは郷原を観察していたが、眉一つ動かさない。
感情を押し殺しているように映る。
サマエルはニーシャに助け舟を出した。
「ニーシャの下僕は宿主の兄ですの。無理強いをするわけにはまいりませんわ」
ニーシャの下僕、宿主の兄は店の外で待機中だ。
「ちっ、厄介なやつを下僕にしたな」
「それに魔力感知のスキルを持った下僕なんて、滅多に手に入りません。だからあまり雑に扱うのはダメです。わたくしの言うこと、間違ってませんでしょう?」
ダルクは舌打ちし、カップを乱暴に置く。
足を組み、イライラとした様子でサマエルを見た。
「たしかに姫の言うとおりだがよ」
その様子を見ていた郷原が、ふと口端をわずかに引き上げた。
「あのう」
「あぁっ?」
さっきまで表情一つ変えなかった郷原が会話に割って入った。
ダルクは苛立った声を荒げたが、郷原はまったく動じない。
(肝の据わった子……)
サマエルはますます郷原に関心が湧き笑顔を向ける。
「何かしら?」
郷原の表情に変化はなく、静かに会釈してから口を開く。
「港北女子なら、知っているやつがいます。悪魔や妖怪好きで、下僕にしやすそうなやつが」
(この下僕、ダルクには勿体ない。学校にスパイ、いえ刺客を送るのですね)
サマエルは口元をわずかに引き締め、にっこりと笑顔を向けた。
「ふふ、面白いですわね。その子について、詳しく教えてもらえるかしら?」
■まさみがくれた世界《POV:鈴》
『ヘックション!』
電話の向こうで、まさみが豪快なくしゃみをした。
「大丈夫ですか、まさみさん」
『大丈夫、急に鼻がムズムズしただけだから…… フィックシュン!』
続いて、ブシュッと鼻をかむ音が聞こえ、鈴は思わず眉をひそめた。
まさみが風邪でもひいていないか、少し心配になる。
『きっと、悠斗と琢磨が私の悪口でも言ってるんだ。フェックション』
まさみは冗談めかして言う。
(たぶん、そんなことないと思うけど……)
鈴は小さく笑いながらも、胸の奥がチクリと痛んだ。
自然に“悠斗”の名前が出てくる。
悠斗とまさみが、それだけ親しいという証拠。
(私…… まさみさんに嫉妬してる)
今日はこれから、まさみとホラー映画を観に行く。
家族以外の人と出かけるなんて、ほんの少し前まで想像もしていなかった。
けれど、まさみに出会ってからというもの、鈴の日常は大きく変わった。
オカルト研究部に誘ってもらって、たくさんの友だちができた。
それだけじゃない。悠斗との関係を取り持ってくれたのも、まさみだった。
中学生の頃、友達と呼べる人がひとりもいなかった鈴に――
彼氏ができた。
間違いなく人生で一番充実している時間。
それを与えてくれたのが、まさみだ。
まさみは、大切な友達だ。
これからもずっと、そうでありたい。
「それじゃ、三十分後にJPRの大社駅で待ってますね」
『了解っ! すぐに家出るから待たせたりしないよ』
元気な声に、鈴はふっと笑みをこぼした。
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