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52:遠雷のような殺意

■アンテナ山に揺らめく二つの魔力《POV:勇太》


「こちらです、ニーシャ様」


 中原勇太は、山手電鉄、西港東公園駅の改札を抜けながら言った。

 隣には中学生の弟・翔太。そして、その体に宿る何かだ。


 「行くぞ」


 駅を出るなり、翔太――

 いや、その身体を支配している『ニーシャ』が命じる。


 「はい、ニーシャ様。ご案内いたします」


 最強の悪魔を自称する存在。

 しかし、あまり頭がまわらないようで、本当なら黒猫の飼い主の家を調べろと言いそうなものだが、なぜか学校を見たいと言い出した。


(命令がないなら、調べる必要もねぇだろ)


 勇太は余計な気を回すのをやめ、ニーシャの望むままに山麓高校へ向かうことにした。


 すべての始まりは、三週間前。


 県立美術館で、市内中学生の美術作品展が開かれた。横田中学から翔太の作品が選ばれ、兄弟で見に行くことになった。

 勇太の目当ては翔太の作品ではなく、ゲームキャラクターのアート展だったのだが。


 帰り道、自宅近くの児童公園で翔太が突然倒れ、そのまま抱えて家に戻った。

 そして、その夜。


 二段ベッドの上段で寝ていた翔太が突然身を乗り出し、勇太を覗き込んできた。


「俺、悪魔。弟、憑りついた」


 なんの冗談かと思って起き上がると、翔太はベッドから降りておれの前にしゃがみ込み、口角を上げて鋭く長い犬歯、いや牙を見せつけた。


 息を呑む。


 人間はマジで驚くと、悲鳴どころか声も出ないものだと、このとき知った。


「弟、助ける。お前、下僕。なるか?」

 弟を助けたければ下僕になれ――

 そう言われた勇太は、翔太を救うために血を吸われ、ニーシャの下僕となった。


 しかし、翔太は解放されなかった。


(結局、騙されたってことか、クソが)


 それから勇太はニーシャの命令で、悪魔の仲間を探し回っている。

 十日ほど前にも小埠頭で一人見つけ、近いうちに連絡を取ることになっていた。


 心臓破りの奈落坂を上っていくと、ニーシャが立ち止まった。視線はアンテナ山の方へと向けられている。

 何かを凝視しているようだ。


 勇太もつられて見上げたが、闇に包まれた山の上には何も見えない――

 いや、小さな光がちらついている。


 直感的に何かあると悟った勇太は、《魔力感知》のスキルを発動するために意識を集中した。悪魔の魔力を探知する能力だ。

 一度発動すれば、自動で感知し続ける。


 おかしなことに、この悪魔達は半径数メートルの魔力しか感知できない。


 しかし勇太の感知範囲は、相手にもよるが大きな魔力を持つ相手、例えばあの美しい女子高生や不気味な黒猫なら百メートルくらい離れていても分かった。


 アンテナ山の光までは数百メートルはある。


 もし黒猫だとしても、本来なら感知は難しい距離――

 ……だった。


「なんだ、あれは?」


 魔力感知スキルが発動したと同時に、今まで感じたことがないほどの圧倒的な魔力を感じた。

 魔力の放出元は二つ。


 どうやらこいつらの仲間が殺しあっているらしい。

 これだけ距離が離れているのに感知できるということは、自ら魔力を放出しているからだろう。


 勇太は息を呑んだ。

 目には映らなくとも、状況は手に取るようにわかる。


 強大な魔力を持つ者が、さらに上の存在へ猛攻を仕掛けている。


「お前、先に帰れ」

 ニーシャは勇太に告げる。


 華奢な弟の姿のまま、ふわりと宙に浮かぶと、山沿いに戦っている奴らのほうへと飛び去っていった。


 勇太は、もう少しこの戦いの行方を見届けたかったが、下僕の身では逆らえない。

 未練を残しつつも、勇太は戦いの決着を知ることなく、家路についた。


こころの防波堤《POV:鈴》

 気がつくと、鈴は自分の部屋のベッドで横になっていた。


(……え?)


 ぼんやりと天井を見上げながら、さっきまでの記憶を辿る。

 夕食を食べたのは覚えている。

 でも、その後、急に眠気が襲ってきて――

 そこで記憶が途切れている。


 最近、こうして自分が何をしていたのか分からなくなることが、ときどきある。

 今日のお昼もそうだ。


 悠斗に、彼の中学の頃の友達を紹介された。


 吉野琢磨と、その彼女…… なのだろうか?

 神木心優。


 琢磨に会ったときは驚いた。

 正確には、鈴を見て驚愕した琢磨に、鈴は驚いた。


 まるで化け物を見るような――

 そんな目で鈴を見ていた。


 それだけじゃない。


 鈴のことを「エヴァ」と呼び、隠そうともしない嫌悪の表情を向けてきた。


 けれど、鈴は琢磨に嫌われるわけにはいかなかった。

 なぜなら、

 ……琢磨は、鈴が初めて好きになった男の子の親友だから。


 人よりもコミュニケーション能力が著しく劣る鈴は、必死に話題を探し、なんとか絞り出した。


 結局出てきた言葉が、


「アニメとかホラー、お好きなんですか?」

 言ってすぐに後悔した。


 初対面の男の子に向かって「私、オカルト研究部に入っていて、ホラーに興味があるんです」っていうのは、女子高生としてどうなんだろう。


 けれど意外にも会話は続いた。

 理由は全員、まさみの友達だったから。


 話の内容、それは…… まさみは部を作る人数合わせのために、鈴をオカルト好きのグループに誘ったんだろうというものだった。

 あのとき、まさみが優しくしてくれたのは、そういう理由だったんだ、と鈴はやっと理解した。


 だからといって、鈴はまさみを責める気はない。


 むしろ感謝している。

 あの日以来、まさみは鈴の友達で、部のメンバーも優しい。

 何より悠斗と出会わせてくれた。


 鈴が話し出すと、琢磨の表情が少しだけ柔らかくなった。

 夢の話になると、琢磨は凄く興味深そうに聞いていたのを覚えている。


 ――そこで記憶はぷつりと途切れた。


 次に気が付いたときには琢磨達と別れたあとだった。


 悠斗によると、鈴は心優と連絡先を交換して友達になったそうだ。

 心優は女の鈴からみても、可愛くて素敵な女の子だった。

 友達になれたことは嬉しいが、何も覚えていないので申し訳なくなる。


 その後は悠斗と穏やかな時間を過ごした。


 目を閉じて、まさみに誘われて参加した合コンのことを思い出す。

 三週間前、鈴はオカルト研究部のメンバーと一緒に合コンに参加した。


 相手は悠斗のグループ。

 幹事のまさみと悠斗は同じ中学出身で、開催場所は二人の出身中学に近いファミレスだった。


 鈴の向かいに座ったのは悠斗。

 男の子とまともに話したことがない鈴は、ただでさえ口数が少ないのに、緊張でさらに喋れなくなってしまった。


 それでも悠斗は嫌そうな顔ひとつせず、楽しい話をしてくれた。

 隣のまさみも、相づちを打つことで精一杯だった鈴をさりげなく助けてくれた。


 悠斗は小顔で体の線は細く、かっこいい男の子だ。

 性格も明るく、会話もうまい。

 きっとモテるんだろうな。

 そう思った。


 そんな悠斗が、帰り際に、

「今日は話せて楽しかった」

 まっすぐ見つめて、そう言われたとき、胸がぎゅっと音を立てた。


 来てよかったと、心からそう思った。


 JPRの橋上駅舎の改札で別れるときも、

「鈴ちゃん、また遊ぼうね」

 そう言って、悠斗は笑顔で手を振った。


 鈴はどう返事をしたらいいかわからず、ドキドキしながら胸の前で小さく手を振り返した。


 地元の悠斗とまさみを残して、合コンに参加したメンバーは電車に乗るためにホームへ。

 ホームで上り電車を待っているとき、自分の頬がほんのり熱を持っていることに気づいた。


 そして、電車が駅に近づいたことを知らせるアナウンスが流れたそのとき――

 目の前に、ふわりと小さな光の玉が現れた。


「えっ……?」


 次の瞬間、光の玉はまるで意思を持っているかのように、真っ直ぐ鈴へと飛んできた。


「ひっ!」

 思わず息をのむ。


 胸に当たった光の玉は、そのまま吸い込まれるように鈴の体の中に消えた。


「高原さん?」

 誰かが鈴を呼ぶ声がした。


 ぼんやりと意識を浮上させると、目の前にはオカルト研究部の大西さんがいた。


 鈴はオカルト研究部のメンバーに支えられて、電車の座席に座った。

 そして、視界がぐにゃりと歪み、意識が暗闇に沈んでいった。


 思い起こせば……

 あれが始まりだったのかもしれない。


 ジキル博士とハイド氏のように、もう一人の自分が目覚めたのは。


 夢の中の鈴は、人見知りもしないし、とても強い。

 さっき眠っていたときも、夢を見た。


 夢の中では、もう一人の自分は空を飛びながら、小さくて黒い……… なにか得体の知れないものと戦っていた。

 禍々しいそれは、まるで悪霊か化け物のようで。


 やがてそれを倒し、とどめを刺そうと近づいた。

 空から見下ろしたその先には……


(琢磨さん?)


 鈴が目にしたのは大好きな悠斗の親友、琢磨が大きな木の根元に座り込んだ姿だった。


 琢磨は鈴を呆然と見上げている。

 そして鈴の左手の親指が青白く光り、その光は少しずつ大きく、そして熱を帯びていく。


 直感で分かった。


 この光を放てば、悠斗の親友は……

 死ぬ。


 夢の中で、鈴はもう一人の自分に向かって、必死に叫んだ。


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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