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51(後編):vs.エヴァ

 左の手のひらをエヴァに向けると、おれ達の間に三つの魔法陣が次々と展開された。

 キラキラと輝くそれは、まるで魔力の盾のようだ。


 三枚の魔法陣はダミアンの掌を頂点に円錐状に配置されている。

 手前から小・中・大の順に並び、それぞれ5メートル間隔で浮かんでいた。

 一番奥の魔法陣は直径5~6メートルの巨大なものだ。


 パリーンッ!


 皿が割れるような鋭い音が響き、一番大きな魔法陣が一瞬のうちに粉砕された。

 砕けた魔法陣は、まるで花火が散るときのように、無数の破片となってキラキラ光りながらゆっくりと落ち、そして消えていった。


「次、連射がくるぞ」


 連射?

 一発で一番大きな魔法陣が砕けたのに、連射なんてされたら防ぎきれないんじゃ。


「魔力の盾と鎧は同時に使えないのだ。当たり所が悪いと死ぬかもしれん。吾輩の背中に隠れていろ」

「背中にって、どうやって?」


 ダミアンは肩を強張らせ、魔法陣に意識を集中させる。


 だいたい、当たったら自動ヒールの能力がない、こいつのほうがヤバいじゃないか。


 不安に駆られながらダミアンを見ると、さっきのうっとりした表情とは打って変わって、真剣な顔をエヴァに向けている。

 というか、怖くて硬直してるっぽい。


 おれは何があってもダミアンから離れないように、しっかりとしがみついた。


 キン、キン、キン、キン、キン――


 連射が始まっても、中くらいの魔法陣は砕けない。

 連射だと威力が落ちるのか?

 いや、ダミアンがさっきよりも防御に集中しているからか?


 このまま耐えきれるんじゃないか……

 そう思った矢先、五十発近く魔力のつぶてを受け止めた魔法陣に、ヒビが入った。


「おい、ダミアン!」

「うるさい、黙ってろ」


 怒られた。


 やはり魔法陣の維持に手一杯らしい。

 おれにできることはないのか?


 いくら考えても、この人外の戦いにおれの出る幕はなさそうだが。

 それでも何か。


 パリーンッ!


 二枚目の魔法陣が砕けた。


 キン、キン、キン、キン、キン――


 鋭い金属音っぽい音が、絶え間なく直ぐ目の前で響く。

 最後の魔法陣はすでに百発近く魔力を受け止めている。


 ピシッ


 嫌な音がした。


 魔法陣の端がバナナのような形に割れて、回転しながら落ちていく。

 よく見ると、魔法陣のあちこちにヒビが入っていた。


 いよいよまずい。


 おれは魔力のつぶてがダミアンに当たらないように、腕で出来るだけダミアンの体を覆った。


 キン――


 終わったのか?


 最後の魔力つぶてが当たったあと、魔法陣は数秒ほど持ちこたえた。

 そして、立てたガラスが割れて崩れ落ちるように落ちていった。


「私のつぶてを受けきるとは、なかなかの魔力量だな、ダミアン」


「魔王様からのご褒美が大きかったからな」


 余裕ぶっているが、ダミアンの体は小刻みに震えている。

 おれだってそうだが。


「では、次は受け止められるかな?」


 エヴァはスッと右手を顔の前に持っていくと、そのまま斜め下へと振り下ろした。

 次の瞬間、五本の鋭い爪が空間を裂くように伸びた。

 さっきと同じで、その長さはざっと一メートル。

 指をそろえると、爪は一本の剣のようになった。


 ダミアンは即座に反応し、さっきと同じように魔力の盾を三枚、エヴァとの間に展開した。

 それを見たエヴァはニヤリと笑うと、アメコミのスーパーヒーローが空を飛ぶときのように、右手を伸ばし頭から突っ込んできた。


 魔力の盾は鋭い爪に粉々にされ、最後の一枚が割られたとき、ダミアンはいつの間にか伸ばしていた自身の爪を使って、ギリギリのところでエヴァの攻撃を回避した。


 エヴァはそのままの勢いでおれたちの背後へと飛び去っていく。

 ダミアンが次の攻撃に備え、勢いよく向きを180°変えたため、おれの体は、また大きく振られた。


「うわぁっ!」


「琢磨、落ちるんじゃないぞ」

「落ちねぇよ!」


 どう見ても山の斜面まで百メートルはあるじゃないか。


 エヴァも素早く体勢を立て直し、こちらを向いた。


 おれ達とエヴァは八十メートルほどの距離をあけて対峙した。

 それだけエヴァは勢いをつけたということだ。


「……おかしい。どうしてだ、魔力量では吾輩のほうが上のはずなのに、なぜ盾があんなにも簡単に砕かれるのだ?」


 防御を簡単に破られて、ダミアンは困惑しているようだ。

 たぶん、この苦戦の原因は、経験や技量で大きく劣っているせいだと思う。

 あと、メンタル的にも完全に呑まれている。


「ダミアン、ついに決着をつける時が来たな」


「ひっ……!」


 ダミアンは慌てて十枚以上の魔力の盾を展開した。

 焦ったせいか、中央の一枚がわずかに傾いている。


「さっきので分からなかったのか。そんなものは通用しない」


 エヴァはさっきと同じように、鋭い爪の先をおれ達に向けて突っ込んできた。


「琢磨、しっかりと掴まれ!」


 おれは掴まる力を強めた。


 パリン、パリン、パリン――


 夜の山々に、次々と盾が砕け散る音が響き渡る。

 ダミアンは鋭く伸ばした爪を構えて、エヴァの攻撃に備える。


 だが、エヴァの爪先が傾いた盾に当たったときに異変が起こった。


 爪先は盾を滑り、エヴァの体が盾に激突した。

 勢いに乗ったエヴァの体が斜めに傾いた盾を押し込む形で、おれ達のほうへ一気に力が加わった。


 五メートルほどあった盾一枚一枚の間隔が、押し込んだコイルバネのように急速に縮む。

 ダミアンも今の位置に留まれるように、必死に耐え踏ん張っているようだ。


 盾の間隔が3メートル、2メートルと縮んでいく。

 そして限界は突然訪れた。


「ぐぅっ……!」


 エヴァが押す勢いと、元の間隔に戻ろうとする盾の反発力に耐えきれなくなったダミアン(と、おれ)は、弾かれるように、ものすごい勢いで後方に吹っ飛ばされた。


「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわぁぁぁぁっ!」


 視界がぐるぐると回転する。

 魔力の盾は完全に消滅し、おれ達は2,3キロメートル先まで勢いよく吹っ飛んだ。


 バサァァァァッ!!

 バッサァ、バサバサバサ


 おれ達は木が生い茂る山中に落下し、辛うじて木の枝に引っ掛かった。


 落下の直前、ダミアンが魔力の鎧を纏ったおかげで、落下しても怪我はなかったが……


「っぶねぇ…… 助かった……」


 見上げると、エヴァが上空を旋回している。


√ 声を出すな、気付かれるぞ。


 おれはコクコクと頷く。

 だが、おれ達の意志とは関係なく、おれ達が落下した衝撃と体重に耐えられなくなった木の枝が『バキッ』という音とともに折れた。


「うわっ!」

「ああっ!」


 バサバサバサッ!!


 無様にも、おれたちは木の根元に尻から落下した。


「……痛ってぇ……」 


 当然、その音を聞きつけたエヴァは、おれ達の頭上に現れた。


「魔力量が増えても、間抜けっぷりは健在だな。ダミアン」


 やっぱりこいつは、仲間内でも間抜けって認識なんだな。

 そうじゃないかとは思ってたんだけど。


 エヴァの右手親指の指先に、禍々しい光が集まっていく。


 盾を一発で砕いた、あの強烈な一撃が来る。

 どうせ死ぬんだったら、この間抜けに覆い被さって、少しでもダメージを減らして延命させてやろう。

 悪魔とはいえ、また自分の命のためとはいえ、この三週間おれを守ってくれたんだ。

 それに女の子の背に守られたまま死ぬなんてかっこ悪いしな。


 そんなことを考えていた矢先、ダミアンが念話で囁いた。


√ 琢磨、吾輩にしっかり掴まっていろ。


 こんな状況でも、こいつはまだ諦めていないらしい。


 エヴァの指先はこれまでにないほど輝きを増していく。

 ダミアンの視線は、その光に釘付けだ。


 ダミアンの体に力がこもったのが分かる。

 左右、上、逃げ道を探っているのが伝わってくる。


「ダミアン、これでおしまい、だっ!」


 だが、エヴァの光弾は放たれなかった。

 それどころか、困惑した表情で周囲を見回している。


 やがて指先の光が消え、エヴァはダミアンを鋭く睨みつけると、何も言わずに飛び去ってしまった。


「……一体どうしたんだ」


 おれは呆然と、エヴァが消えた空を見上げる。


「何か分からんが、よほどのことがあったんだろう。とどめを刺さずに立ち去るくらいだしな」


 ダミアンもエヴァが立ち去ったほうを見つめていた。


「助かったってことでいいのか?」

「そうだな。どうやら命拾いしたようだ」


 ダミアンはそう言いながら立ち上がった。


「早くここを離れよう。やつが戻ってきたら厄介だ」


 確かにそうだ。


 ダミアンに覆いかぶさると、ダミアンは上昇せずにゆっくりと木と木の間を通って山を下りて行った。

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