51(前編):vs.エヴァ
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朦朧とする意識の中、声がしたほうを見る。
貫頭衣姿のダミアンがおれの髪の毛を掴み、肩の上でバランスをとりながらしゃがんでいた。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫…… ではない。
体がふらつき、立っているだけで精一杯だ。
「貴様、エヴァの目を見ただろう」
頷くと、ダミアンが大きくため息をつく。
「いいか、我々吸血族には人を魅了する力がある。長く見つめると、抗えなくなる。次から気をつけろ」
そんなの先に言えよ。
まあ、聞いてたところで結果は変わらなかった気がするが。
「ダミアン、よくここが分かったわね」
国道橋の下に、静かな声が響いた。
遊歩道に倒れていたエヴァが、ゆっくりと起き上がる。
長い髪に顔は隠れているが、その全身から立つ殺気で分かる。
怒ってる。
「ふん。念話で呼んでも反応がなかったからな。家にいないことはすぐに分かった。それに、この辺りは家が密集していて街灯も多い。人気のない場所は限られている」
ダミアンは肩から跳び上がり、小さな体には不釣り合いなほど大きなコウモリの翼を広げる。
そして、おれを庇うように前へ浮かんだ。
翼は左右あわせて1メートルほど。
貫頭衣の肩の下から、黒い影のように伸びている。
√ 琢磨、合図をしたら吾輩の翼に掴まれ。
ダミアンは後ろを見ず、念話で指示してきた。
「せっかく琢磨さんに永遠の命をプレゼントしてあげようと思っていたのに、とんだ邪魔がはいったわ」
エヴァが体をコキコキ鳴らし、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
――あれ、誰だ?
近づいてくるのはさっきまでの可愛い鈴じゃない。
二十代半ばほどの白人美女。
銀髪が月光を反射し、近寄り難い美貌を際立たせている。
そしてその瞳は…… 金色に輝いていた。
「姿を現したな、エヴァ」
これがエヴァの本当の姿か。
威勢はいいが、ダミアンの声が、わずかに揺れて聞こえた。
「フハハハハ! そのクソ生意気な小娘の姿を見るのは久しぶりだな。確か―― 傾国の美女だったか? 気の毒に。傾国の美女もそんなサイズでは、男をたぶらかすことも出来んだろう」
口調が明らかに変わった。
さっきまでの“鈴”らしい振る舞いはもう終わりってことか。
エヴァはゆっくりと右手を顔前にかざし、それを勢いよく横に振った。
ビュンッ!
空気を切り裂く、大きな風切り音がした。
見覚えがある――最近、似たようなものを。
恐る恐る、エヴァが振った右手の先を見ると、1メートルはある長い爪が五本、獲物の血を求めて鈍く光っていた。
触れたら肉ごと持っていかれる。
√ 掴まれ、琢磨!
念話に従い、ダミアンの小さく華奢な体、ではなく、大きく横に広げたコウモリの翼におぶさるように掴まる。
同時に、ダミアンが一気に飛び上がった。
ダミアンは甲川を上流に向かって、勢いよく背面飛行を始めた。
川面が逆さになって流れていく。
「うわっ、うわああっ!」
おれの悲鳴が届いたのか、ダミアンは半回転して正立飛行に切り替えた。
新生児サイズのダミアンの背中に、覆いかぶさっているような状態でしっかりとしがみつく。
ダミアンの体は掴まる場所が少なく、川が少し曲がるだけで遠心力で振り落とされそうだ。
すぐ、二、三メートル下には、暗い川の流れが見える。
ダミアンの顔を覗くと……
必死の形相だった。
普段は大口を叩いているが、この表情を見るだけで、エヴァが格上の相手だと容易に想像できる。
ただ――
ダミアンの金色の瞳は、エヴァのそれよりも輝いて見えた。
「エヴァはついて来ているか?」
振り返るとエヴァはおれ達の50メートルほど後ろにいた。
ダミアンのようにコウモリの翼を広げることなく、まるで重力なんて存在しないかのように、静かに、しかし確実に距離を詰めてくる。
「50メートルほど後ろにいる!」
ダミアンは橋の下を次々とくぐり抜けながら、軽快に飛行を続ける。
――が。
キィィィンッ!!
「ひぃっ!」
すぐ前方、山手電鉄の下り電車が走る鉄道橋の橋げたに、大きな音を立てて光がぶつかり、火花が散った。
「なんだ、あれ……?」
「ちっ、魔力つぶてか」
ダミアンが忌々しげに吐き捨てる。
鉄道橋をくぐり抜けると、川が二手に分かれていた。
方向的に右は甲山、左はアンテナ山。
ダミアンは甲山へ向かうと見せかけて、ギリギリのタイミングでアンテナ山へ向かう細い川へと進路を変えた。
「うわっ!」
突然の方向転換に、おれの体は大きく振られる。
「落ちるかと思った……」
心臓はバクバクだ。
ダミアンが選んだ川は幅わずか四メートルほど。
真っ直ぐにアンテナ山のほうへと続いている。
「琢磨、エヴァは?」
おれは慌てて振り返る。
「さっきと一緒で、五十メートルくらい。なんか小さく光ってるぞ」
「なにっ!」
川の中心を飛んでいたダミアンは、即座に急角度で右側に寄った。
次の瞬間、小さな光がおれの左肩をかすめた。
「うおおっ、なんだ今の!」
思わず叫ぶ。
ほぼ同時に、前方で衝撃音。
「魔力の塊だ。いま魔力鎧を纏っているが、まともに喰らったら弾き飛ばされるぞ」
住宅街が終わり、木々が迫る。
さっきまでと違って川もくねくねと曲がり始めた。
おれは必死でダミアンにしがみついた。
川沿いの木の枝がペシペシと顔に当たるが、魔力の鎧のおかげで痛みはない。
振り向くと、また小さな光が見えた。
「ダミアン、またくるぞ!」
ダミアンが更に加速する。
前方に巨大な壁――
砂防ダムか?
「しっかり掴まってろ!」
ダミアンはダムに向かって一直線に突っ込む。
「うわぁぁぁ、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる」
おれの叫びも虚しく、ダミアンは減速する気配を見せない。
そしてダムの手前で、体を起こして大きく減速した。
おれの体は、すごい勢いでダミアンに押し付けられる。
ダムの手前でスピードを殺したダミアンは、ほぼ直角にダムに沿って急上昇を始めた。
すぐ下で、魔力がダムにぶつかった音が――
下を見るとエヴァも急上昇をして、おれ達を追ってくる。
「ひぃぃぃぃ……!」
ダミアンの顔を覗くと……
「おい、なんでお前が泣いてんだよ!」
「怖いものは仕方がないだろう。吾輩でも怖いものは怖いのだ」
キレた……
ダミアンはアンテナ山の斜面に沿って上昇していく。
風を切りながら進むうちに、ふと視界の端に心優とトレーニングをした山麓公園が映った。
標高約七百メートルのアンテナ山の頂上にあるテレビの送信所近くまで来ると、何かに気づいたようにスピードを緩めた。
「うわぁ」
ダミアンから漏れた声は驚きと感嘆が入り混じったものだった。
その視線の先には、西港市から西都市へとブーメラン状に広がる光の海。
無数の光が瞬く幻想的な光景だった。
ダミアンは加速するのをやめ、うっとりした表情で夜景を見下ろしている。
街の光がダミアンの横顔を照らし、まるで夢幻の美女のような妖艶さを醸し出す。
――傾国の美女。
おれは不覚にも一瞬――
そう、ほんの一瞬、ダミアンに心を奪われた。
「大きいとは思っていたが、この街はこんなにも巨大だったのか」
ダミアンがポツリと呟く。
だが、その余韻を断ち切るように、視界の端で淡い光が灯った。
50メートルほど先、エヴァが左手の指先に大量の魔力を溜めているようだ。
「ダミアン、エヴァが――」
その言葉を最後まで言う前に、ダミアンの体が強張る。
「……まずい」
恐怖に歪んだダミアンの表情を見た瞬間、背筋が冷たくなった。
今回は第二章クライマックスということで、
文字数の都合もあり前後編に分けての投稿になりました。
ダミアンと琢磨は、この絶望的な戦いを切り抜けられるのか――
後編は1時間後(9時20分)投稿予定です。
よろしければ、そのまま後編も読んでいただけると嬉しいです。




