50:悪魔は未来を語る
■幸福を語る者
エヴァは昼間と同じ服装で、まるで何もなかったかのように鳥居の前に立っていた。
ダミアンは神社、特に鳥居の前を嫌がるのに、こいつは気にもしていないようだ。
「こんばんは、琢磨さん。さっそくですが、そのネックレスを返してもらえますか?」
エヴァがおれにかけた第一声が、ネックレスの返還要求だった。
「悠斗は無事なのか?」
それに対して、エヴァはにっこりと笑って答えた。
「もちろん無事ですよ。そのプラチナのネックレスは悠斗さんからのプレゼントなんです。もし失くしてしまったら、悠斗さんが悲しみます。言うまでもなく、私もそうです」
悠斗が鈴にネックレスをプレゼントしたのは本当だろう。
ただ、手渡しで返すのは躊躇したので、おれはネックレスを投げ返した。
エヴァはネックレスを受け取ると、長く美しい髪をかき上げ、首にかけた。
その美しい仕草に思わず見惚れてしまう。
「それでは、行きましょうか?」
「どこに?」
「ついて来れば、すぐに分かりますよ」
エヴァは国道の方へ歩き出した。
どうしよう、いま大声を出せばダミアンが気づくかもしれない。
「無駄ですよ、琢磨さん」
「えっ」
さっきまでの愛らしい声と違って、ぞっとするような冷たい声だ。
「大きな声を出して、ダミアンを呼ぼうと思っているでしょう? でもね、あの間抜けが私に勝てると思いますか? それに私はもうあなたの家を知っています。私にとって結界を破って、あなたの家にはいる事はそんなに難しいことではありません」
…………それが本当なら、家にいても姉ちゃんは安全じゃないってことだ。
姉ちゃんを標的にされるのは何としても避けたい。
くっそ、いきなり万事休すか。
「さぁ、行きますよ」
おれは仕方なくエヴァに従うことにした。
国道横の歩道を歩いて、エヴァがおれを連れて来たのは甲川だった。
「ここを下りてください」
吸血族も流れる水を嫌がると思うのだけど、こいつは平気なんだな。
ダミアンとは大違いだ。
そんなことを考えながら、おれ達は甲川の河川敷へ、国道脇にある階段を使って下りていった。
河川敷には三週間ほど前に悠斗と話をしたベンチがある。
そういえば、悠斗は鈴をデートに誘ってOKを貰ったって、凄くはしゃいでいたな。
あの後、ヴァンパイアになり損なったグールに襲われ殺されかけた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「橋の下に行きましょうか」
そう言って、エヴァは国道橋の下までおれを誘導する。
国道橋の下は照明もなく薄暗い。
「お前は悠斗をどうするつもりなんだ」
「昼間に比べると、ずいぶんと落ち着いているんですね」
なぜだろう。
意外にもおれの声は震えてはいなかった。
この三週間、あまりにも理解しがたい出来事が、波のように何度も何度も襲ってきて、慣れて、いや麻痺してきたのかもしれない。
「琢磨さん、私は悠斗さんに何もする気はありませんよ」
エヴァはくすくすと笑った。
「だって、悠斗さんは私の彼氏ですもの。彼はとても優しくて、私を愛してくれています。何年か経てば、彼は私に求婚するでしょう。私は彼と結婚し、やがて子供にも恵まれて」
恥じらうように両手を頬に添え、エヴァは夢見る乙女のように微笑む。
おい、お前は何を言ってるんだ。
悪魔がおれの親友と結婚して、子供を作る?
そんなことをうっとりと話すこの悪魔が気味悪い。
「……おい、やめろ」
「どうしたんですか、琢磨さん。私はただ、悠斗さんとの素敵な未来図を語っただけなんですけど」
楽しいおしゃべりを止められ、エヴァは唇を尖らせて不満そうに肩をすくめる。
ダミアンもそうだが、こいつも表情が豊かだ。
悪魔というものは、こんなにも喜怒哀楽を表に出すものなのか?
いや、違う。
こいつ等の表情は、きっと人間を惑わすためのものだ。
笑ったり泣いたりしていても、本心は別のところにある。
ハリウッドのホラー映画に出てくる悪魔だって、いろんな表情を使って人間を惑わせてるじゃないか。
ということは、おれに接しているときのダミアンもそうなのか?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「お前、本当に悠斗と結婚するつもりなのか?」
「ええ、そのつもりですよ?」
エヴァは涼しい顔で頷く。
「宿主が幸せに暮らすことが、私の望みですからね。だから……」
エヴァは一度言葉を切った。そして、
「あなたとダミアンは邪魔なんです」
と、冷え冷えとした声で言い放ち、ゆっくりとおれに歩み寄ってきた。
あれ……?
動けない。
エヴァはおれの目の前で立ち止まると、優雅な動作でおれの頬を両手で包み込んだ。
くっそ、脳が逃げろと叫ぶのに、体が言うことをきかない。
「ねぇ、あなたは永遠の命を手に入れたいとは思わない? 悩みや苦しみから解放されて、今のままの若さで、永遠に生きられるのよ。素敵でしょう?」
あぁ、この子はなんて可愛いんだろう。
エヴァの吐息が肌に触れ、ゾクリと背中を震わせる。
永遠の命……
おれはヴァンパイアにされるのか。
甘い声で美しい顔を近づけてくるエヴァに、おれはあらがえない。
エヴァはそっとおれの首に唇を押し当てる。
そして、シャツの襟を指先でめくり、ゆっくりと滑らかに唇を首筋に這わせた。
心臓が、まるで鐘を打つように激しく脈打つ。
悠斗には悪いが……
おれは、この子に惹かれてしまっている。
もう、どうでもいいや。
早くおれをあんたのものにしてくれ。
脳が腫れるような感覚の中、おれはそう願った。
唇が離れると同時に、エヴァが大きく息を吸った音が聞こえた。
横目に映るエヴァの牙が鋭く光った。
いよいよだ。おれは大きく息をのむ。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
突如、背後から甲高い叫び声が響き渡った。
次の瞬間、エヴァが片手を伸ばす。
「ぐっ……!」
という声と同時に、エヴァの体が吹っ飛んだ。
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