46:ファーストデート(3)
□微笑む美少女に、言葉を奪われた
おれはから揚げ串を二本買って、心優が待ってるはずの東側のベンチへ向かった。
港の見えるベンチが等間隔に並び、どこに座っても港がよく見える。
ベンチを一つ一つ確認しながら心優を探していると、少し先のベンチの前で三人の男女が立ち話をしているのが目に入った。
あれっ?
心優?
二十メートルくらい先、心優が二人の大学生らしい男たちと楽しそうに笑いながら話していた。
男は二人とも背が高く、男のおれが見てもなかなかのイケメンだ。
心優の知り合いなのか?
声をかけるべきか迷っていると、心優と目が合った。
「たっく~ん!」
心優がブンブン手を振る。
おれは小さく会釈しながら近づいた。
ビシッと決めた彼らに対し、おれは両手にから揚げ串を一本ずつ持った間抜けな姿だ
三人のところまで行くと、心優は男たちの間をすり抜けて、おれの腕に自分の腕を絡めた。
「ちぇっ、彼氏と来てるって本当だったのか」
「行こうぜ」
男たちがぶつぶつ言いながら離れていくのを、心優は固い表情で見ていた。
彼氏ってなんだ?
っていうか、腕に当たってるぞ。
離れろって言いたいけど、離れて欲しくない。
男心は複雑だ。
「心優」
「なに?」
心優がおれを見上げる。
おれはドキドキを悟られないように視線を逸らした。
「ちょっとそこのベンチに座っていい?」
心優からそっと距離を取り、俯いて前屈みで座る。
この症状は今日二回目だ。
「よかったぁ…… たっくんが来てくれて」
安堵した声で隣に座ると、心優はおれの持っていたから揚げ串を一本取った。
「ナンパ?」
「そうだよ、連れがいるからって断っても、しつこくってさ」
と文句を言っているが、心優は二人と楽しそうに話していた。
あいつらかっこよかったしな。
なんだろう。
心にじわっと黒い霧が広がる。
「その割には楽しそうだったじゃないか」
つい、余計なことを言ったことに気づく。
心優はだんまりだ。
気になって心優を見ると、下を向いてプルプルと震えていた。
口の中にはから揚げが入っているっぽい。
何度も咀嚼し、から揚げを飲み込んだ心優は、ゆっくりとおれに顔を向けた。
「たっくん、あれが楽しく話しているように見えたのかな? かな? かな? かな?」
「えっ、だって笑いながら話し――」
「ちっがぁう!」
心優の声が勢いよく跳ね上がった。
「ちょっと私の気持ちになって考えてみてよ! あんなに背の高い男に挟まれて、しかもどんどん距離詰めてくるんだよ? めちゃくちゃ怖かったんだよ! 怒らせたらどうしようってドキドキしてたんだから!」
心優の声がどんどん熱を帯びていく。
でも、勢いよくまくし立てていた声は、次第に小さくなっていった。
「たっくんを見つけたとき、助けてもらえるって思ってホッとしたんだから……」
最後は声は今にも泣きそうだった。
「心優、変なことを言ってごめん」
「いいよ、べつに」
心優は口を尖らせた。
これはちょっと怒ってるな。
「なぁ、心優。おれと一緒にいて楽しいか?」
「楽しいよ。なんで?」
心優はボソッと答える。
「いや、おれ会話も下手だし、面白いことの一つも言えないしさ。心優が無理して楽しいふりしてるんじゃないかなって」
どうして、そんな驚いた顔をしてるんだ?
「確かに面白いことを言ってくれる人といると楽しいかもしれないけど…… でも楽しいって、それだけじゃないんだよ」
さっきまでと違って、少し穏やかな声だ。
「そんなものなのか? でも、やっぱりかっこよくて、面白い男のほうが楽し――」
「たっくん、分かってないなぁ」
おれの言葉を、心優がピシャリと遮る。
「なにを?」
心優はまだ少し潤んだ瞳で、おれの目をしっかりと見つめた。
「私が今日のデートをどれだけ楽しみにしてたか、分かってないって言ってるの。ちょっとは考えてよ。普段、滅多に着ないワンピースを着て、いつもよりおしゃれしてきたんだよ。それくらい分かってよね」
「そうなのか?」
そんなふうに言ってもらえると、ちょっと嬉しい。
「そうだよ! だれに見せるために着てきたと思ってるのよ。待ち合わせ場所で、たっくんの反応を見るの楽しみにしてたんだから!」
心優の声がだんだん大きくなってきた。周囲の視線が集まる。
「心優、人が見て――」
「だから何よ」
「ごめん」
バツが悪そうに謝るおれを、心優はジト目で睨んだ。
「だいたい、待ち合わせ場所まで会わないようにしようって、玄関を出る時間までずらしたのに! なんで私が家を出る時間に家の前にいたのよ」
「いや、それは……」
「そのせいで一番お気に入りだった赤いワンピースをやめて着替えてきたんだからね」
今朝、心優は赤い服で玄関から出てきたと思ってたんだけど、気のせいじゃなかったんだ。
でも、どうして着替えたりしたんだ?
心優の機嫌が悪すぎるので、とりあえず謝ろうとした。
「心優、ごめ――」
「ごめんはいい」
少しじゃなく、すごく怒ってるな。
目がマジで怖いんだけど。
心優の求めている言葉を考えるが、正解がわからない。
「心優、その服似合って——」
「さっき聞いた」
間違った。
心優の顔を見ると、頬がちょっと膨れている。
はやく正解を探さないと、せっかくのデートが。
「正解を探してるでしょ」
ギクッ
おれの反応を見て、心優は深〜い落胆のため息をつく。
「たっくんらしいよ。もういいや」
その言葉と一緒に、心優の肩が落ちる。
デートに誘ったときの笑顔を思い出すと、おれは大失敗をしたことを悟った。
挽回したいが、ありきたりの言葉しか思いつかない。
このままだと、今日一日ずっと気まずい雰囲気になりそうだ。
さすがにそれは避けたい。
「心優、あのさ」
顔を上げた心優は、無表情だった。
赤ん坊のころからの付き合いだけど、こんな顔、初めて見る。
この場をなんとか取り繕おうってことばかり考えてたけど、たぶん、心優が望んでるのはそんな言葉じゃない。
おれは、大きく息を吸って吐いた。
「おれも、今日のデート楽しみにしてた。なのに、つまんないこと言って…… 本当にごめん」
言ってるあいだに声は小さくなり、心優の顔を見れなくなって、視線が落ちる。
「本当?」
心優の声が少し柔らかくなった。
「うん」
「……嬉しい」
よかった。
素直な気持ちを言葉にするのが、正解だったみたいだ。
「たっくん、顔をあげて」
「心優、許してくれるのか?」
つまらないことを言って、心優を傷つけてしまった。
ひとこと、許しの言葉がほしい。
「あのさ、たっくん」
「うん……」
心優の顔を直視できず少し視線を下げ、許しの言葉を待つ。
「服の中を覗くの、ホントやめてほしいんだけど」
心優がさっと身を引き、両手で胸元を押さえた。
「あっ……」
バレてた。
許しの言葉がほしいのに、本能にはあらがえない。
心優の非難めいた視線が鋭く突き刺さる。
「これで許してくれないか?」
おれはそっと、自分のから揚げ串を差し出した。
「ふんっ」
心優はそれをひったくるように奪い、勢いよくかぶりつく。
もぐもぐもぐ。
二本目のから揚げ串を食べ終えると、心優はじっとおれを睨みつけた。
「許す」
どうやら許されたようだ。
□
おれ達は市内でも有名な観光商業施設『パッチ』の二階にあるカフェに入り、可愛い制服をきたウエイトレスさんの後ろをついて、席へと案内される。
「こちらのお席にどうぞ」
促されるままに、おれ達は四人掛けのテーブルに隣り合って腰を下ろした。
案内されたのは、港が一望できる窓際の特等席。
大きなデッキが広がるその先には、西港パークや港のシンボル・西港タワーがそびえている。
デッキにはガラスフェンスが設置されていて、数組のカップルがもたれかかりながら会話を楽しんでいた。
そのフェンスの手すりには、三羽のカモメがちょこんと止まっている。
そういえば、さっきここに来る前、フェリー乗り場の岸壁近くを通ったとき、カモメが公園の鳩みたいに群れてたっけ。
「うわっ、素敵……! 西港タワーがすごく綺麗に見えるよ」
窓側の席に座った心優が、うっとりした表情で感嘆の声を上げる。
「すごくいい席だな。悠斗達、きっと喜ぶぞ」
この店を選んだのは悠斗だ。
おしゃれで広々とした雰囲気が気に入ったらしい。
心優の提案で、おれ達は悠斗たちより少し早く来て、運よく特等席を確保できた。
「そうだ、心優。さっき渡しそびれてたけど……」
おれはポケットから六百円を取り出し、心優の前に置いた。
「これ、から揚げ串のおつり」
心優はおつりを受け取ると、
「どうして、三本買ってきてくれなかったの?」
と、少々ご立腹だ。
「今からランチするんだから、いいだろ」
「それはそうなんだけど……」
心優は口を尖らせてぶつぶつ言ってる。
「若いうちから揚げ物ばっか食べてたら、将来老化が激しいって、母さんが持ってた本に書いてあったぞ」
「えっ」
それに今のうちに食事制限しとかないと、部活やめたらデブるぞ。
と、心のなかで説教する。
口に出したら怒涛の口撃に晒されそうだからやめておく。
「……あ、スマホ鳴ってるよ」
心優に言われてスマホに気づいた。
『わりぃ琢磨、あと二、三分で着くわ!』
通話ボタンを押すと、いきなり悠斗の大きな声が飛び込んできた。
「わかった。窓際の席で待ってるから」
『了解!』
それだけ言うと、悠斗はすぐに電話を切った。
「すぐに来るって」
「楽しみだね。悠斗くんの彼女」
「めっちゃ、のろけられそうだな」
「きっと悠斗くん、デレデレだよ」
心優は鈴ちゃんと会うのを楽しみにしていた。
それはおれも同じだ。
悠斗が絶賛していた美人――どんな子なのか、見てみたい。
おれは姿勢を正して、服装を整えた。
「どうしてそんなに嬉しそうなのよ」
「えっ、そんなふうに見えるか?」
心優がおれにじっとりとした目を向ける。
「めちゃくちゃ嬉しそうに見えるけど。初対面の人に会うときは、いつも嫌そうなのに」
もしかしたら親友と結婚して、一生に近いお付き合いになるかもしれないし。
いい印象を与えておかないとな。
そんなことを考えていると、心優が急に顔を上げて手を振った。
悠斗たちが来たのか。
おれも心優が手を振っているほうへ向き直る。
こちらに向かって歩いてくる悠斗は照れくさそうだ。
悠斗の少し後ろを歩く女の子に目をやると、
……っ!
おれは思わず息を呑んだ。
視線が合う。
女の子も、おれに気づいたようだ。
その女の子は悠斗が言うよりも数段美しく、まさに絶世の美少女と言って間違いない。
アイドルグループのセンター?
そんなレベルじゃない。
卵型の整った顔立ち、背中まで伸びた黒いロングヘアー。
背丈は心優と同じ160センチくらいだろうか。
全体的に華奢なのに、どこか均整の取れた美しさを感じる。
そして、その身に纏うオーラは、人化したダミアンにも劣らない特別なものを感じる。
「ひいっ」
ガタッ、ガタン。ガッシャーン。
おれの引きつった悲鳴と同時に、店内にコップが割れる音と、椅子が倒れる大きな音が響いた。
そして、鈍い衝撃が背中を襲う。
「たっくん、どうしたの!?」
驚いた心優が、座ったまま倒れたおれを覗き込んでくる。
悠斗たちも駆け寄ってきた。
「琢磨、大丈夫か?」
おれは悠斗の隣で、驚いた顔をしている美少女から目を離せない。
倒れたまま後ずさりする。
「あわわわわ」
恐怖のあまり、声が出ない。
そんなおれを見おろす美少女は、ほんの一瞬、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。
そしておれは見逃さなかった。
その子の瞳が一瞬、そう、ほんの一瞬だけ金色に光ったことを。
エヴァ……
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