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39:悪魔は軽く、恐怖は重い

■邪悪なのはどっちだ問題


 学校が終わって一度帰宅し、半袖シャツと黒いジーンズに着替えて家を出た。


 今は横田神社の鳥居前。

 四段ほどの階段に腰を下ろし、境内に背を向けてスマホをいじっている。


 ダミアンは、心優に貰ったリュックサック型の猫用ケージの中で、気持ちよさそうに昼寝中だ。


 これから横田神社の周辺にある家を、しらみつぶしに調べなきゃならない。


 地図アプリで、横田神社の航空写真を開き、周辺の家の数を確認していると、ダミアンの大きなあくびが聞こえてきた。

 起きたみたいだ。


「……あくびまで念話で飛ばしてくるなよ」


 ダミアンはケージからひょこっと顔を出し、おれの肩の上に顎を乗せてきた。


√ 琢磨、少し移動しろ。ここにいると毛が逆立ってものすごく不快だ。


「は? なんで?」


√ いいから、さっさと動け。


 なんだよ、いきなり……

 不満はあるが、いったん立ち上がって境内のベンチに座ろうと向きを変える。


√ 待て、動くな!


 ダミアンの慌てた声に、思わず足が止まった。


「今度はなんだよ」


√ いいか、ゆっくりと後ろへさがれ。


 ただならぬ様子に、おれは警戒しながらゆっくりと後ろへさがった。


「なにがあったんだ。吸血族か?」


√ そんな可愛いものではない。もっと…… 邪悪なものだ。


 おれは短い階段をゆっくりと下りつつ、周囲を警戒しながら神社の前の道路まで出た。


 神社に参拝するお年寄りの夫婦が、おれ達の横を通り過ぎていく。

 こうやって周りを注意深く観察すると、境内にも、参道にも、神社の塀沿いにもお年寄りが多い。

 まさか、この中にダミアンが恐れる『邪悪なもの』が……?


「おい、その邪悪なものはどこにいるんだ?」


√ 目の前にあるだろ。

 ダミアンの声は、少し落ち着きを取り戻していた。


 おれは鳥居から十メートルほど離れたところで、改めて前方を観察した。


 あのおじいさんか?

 いや、境内の奥にいるおばあさんか?


「どの人かわかるか?」


 おれは警戒レベルMAXだ。

 邪悪なものってどの人だ?


√ お前は何を言っている、目の前にあるではないか。


「ん…… ある?」


√ この赤い塀に囲われた建物だ。


「……え?」


√ まるで教会のような邪悪な気配に包まれておる。


 ……すっかり忘れてた。

 いまおれの肩の上にいるやつが、一番邪悪な存在だった。


√ 痛っ!


 おれは肩の上の化け猫の頭にデコピンをお見舞いしてやった。


√ なにをするのだ。


 ダミアンは両前足で頭をおさえて、おれを睨んでくる。


「この罰当たり。神さまを邪悪なんて言ってたら祟られるぞ」


√ ひいっ、この国の神は祟るのか?


 ダミアンがあまりにも神社を嫌がるので、おれ達は近くの商店街でミネラルウォーターを買い、横田神社周辺の家の表札を確認しながら歩いていた。


√ 見つかったか?


「いや、まだ」


 横田神社は大きな神社で、一周するにもそれなりに時間がかかる。

 当然、その周囲に建つ家も多い。


√ うぅ…… 毛が逆立つわ、肌がピリピリするわで、ここら一帯は本当に不快だ。ここに祀られている神は、一体何者なのだ……?


「よくわからんけど、年間七十万人が参拝するらしいぞ」

 おれはスマホ片手に情報を読み上げる。


√ 七、七十万人だと…… 最悪だな。


 こいつ、マジでバチが当たるかもな。


「それにしても、なかなか見つからないな」


 そろそろ、神社の周りを半周くらいしたはずだが、一向に『中原』という表札が見当たらない。


√ 心優は、中原の家の向かいに神社があると言っていたな。


「そうだな」


√ 向かいというのは、どこまでを指すのだ?


「玄関が神社のほうを向いている家のことじゃないかな。神社の裏の家でも、玄関が神社のほうを向いていたら、向かいにあるって言うかもしれないし」


 そう、神社の正面にはあまり家がなかったので、既に確認済みだ。


√ そうか。


 ダミアンは何やら思案しながら尻尾を揺らす。


√ なぁ、琢磨。


「なんだよ。お前も表札チェックしろよ」


√ ああいうのも、『向かいに神社がある』というのか?


「……」


 家の表札に気を取られていて気づかなかったが、おれの前には神社のほうを向いて屏風のように建つ十階建てくらいの巨大な建物があった。

 その建物のエントランスは、しっかり神社のほうを向いている。


「マンションか……」

 思わずため息が漏れる。


「そうだな。ここに住んでたら、向かいに神社があるって言うかもしれないな」


√ 84戸入ってる。


 相変わらず、頭の回転だけは早いな。

 パッと見ただけで、どれだけ部屋があるか数え終わってるなんて。


√ 行くぞ。


 頷いてマンションのエントランスに入ると、右に管理人室、左には部屋ごとに並んだ鍵付きのポスト、正面にはオートロックのドアがあった。


 ポストの扉には部屋番号だけが書かれていて、名字まではわからない。


「なにか御用ですか?」


 不意に女性の声がして驚いて振り返ると、管理人室の小さな窓から、三十代くらいの愛想の良さそうな女性がこちらを覗いていた。


「こんにちは。友達の部屋を探していて」


「お友達?」

 女性は小首を傾げる。


「はい、中原くんって言うんですが、何号室か分かりますか?」

 これでこのマンションに中原が住んでいるかどうか、確認できる。

 そう思ったんだが――


「ごめんなさいね。個人情報の関係で、住人についてはお答えできないの」

 やっぱり、そうなるか。

 さて、どうしよう。


√ 忘れ物を届けに来たとか言え。

 すぐにうそを思いつくあたり、やっぱり悪魔だな。


「学校に財布を忘れていたんで届けに来たんですが」

 おれが言うと、女性は困った顔をする。


「ごめんなさい。それでもお教えできないことになっているの」

 女性は本当に済まなさそうな表情を浮かべる。

 嘘をついているおれのほうが、後ろめたくて申し訳ないのだが。


「それじゃ、学校で渡します」

 軽く頭を下げて、エントランスを後にした。


√ マンションの裏側にまわれ。


「どうするつもりだ? 中原が住んでいるかどうかもわからないのに」


√ さっきの女は、『中原はここに住んでいない』とは言わなかっただろう。それが答えだ。


 確かに、さっきの女性は人が良さそうだったしな。

 住人でないなら、普通に「その名前の方はいませんよ」と答える、と思う。


 おれは管理人室から見えないように、こそこそと裏手に向かった。


 マンションの裏に回ると、左側に長い塀、右側にはマンションに沿って花壇が作られていた。

 隣の建物が近く、目隠しのために塀に沿って高い木が何本も植えられている。


 向こう側の端には最上階まで続く非常階段があり、一階部分には外部からの侵入を防ぐために、非常階段侵入防止用の縦格子が取り付けられていた。


 ここのマンションの各部屋の玄関は裏側にあった。

 各階には手すり壁が設置されている。


√ ちょっと見てくる。


 ダミアンは木を駆け上がり、軽々と非常階段の二階部分に飛び移った。

 すぐに、おれがいる場所から姿が見えなくなる。

 管理人にバレないように身をかがめ、マンションの階数を数えながら上を見上げた。

 ここは十一階建てらしい。


 しばらくして、八階の手すり壁の上を歩くダミアンを見つけた。

 八階を調べ終わると、非常階段を使って九階、そして十階へと。


 手すり壁の上を歩くダミアンを見ていると、落ちるんじゃないかと気が気でない。


 十階を調べ終わったダミアンは、十一階の手すり壁を歩いてこちらのほうへ向かってきた。


 十一階の手前の部屋を確認し終えたダミアンは、手すり壁の上を非常階段のある向こう側へと早足で歩いていく。

 見ていてヒヤヒヤするが、さすがは猫だな。

 なんて思っていると……


「えっ」

 ダミアンがバランスを崩した。


「おいおい、うそだろ」

 そして小さな体が傾き……


 まずい!


 おれはダミアンの落下地点へ全力で駆けた。

 太陽が出ている今の時間のダミアンは、魔力を使えないただの猫だ。

 本来、手に入れるはずだった驚異的な回復能力もない。

 落ちれば確実に死ぬ。


√ ぎゃぁぁ!!!


 ダミアンが近づくにつれ、念話が頭に流れ込んできた。

 そして、その体は地面に吸い込まれるように落下する。


 おれはダミアンの体を腹で受け止めようと、落下地点に脚から滑り込んだ。


「ぐへっ」

√ ぐぉっ

「ギャン」

 おれ、ダミアン、ルナはそれぞれが悲鳴を上げる。


 ダミアンを受け止めたはいいが、おれの腹にはすごい衝撃が走った。

 その勢いのまま、おれは非常階段の縦格子に思い切り突っ込んだ。


 グワーン!

 と派手な金属音が響く。


「痛ぁ」

 頭を振りつつ、腕の中のダミアンを見た。


「おい」


 ダミアンの上に赤い雫が落ちる。

 どうやらおれの頭が切れたらしい。

 右腕も動かない。

 脱臼か?

 いや、また折れたかも。


 そんなことよりダミアンだ。

 おれの怪我なんてどうでもいい。

 すぐに治る。


「おい!」


 反応がない。

 気を失っているのか?

 落ちるとき頭から落ちてきたけど、首の骨とか折ってないだろうな。

 洒落にならん。


「おいっ!」


 体が痙攣している。

 嫌な汗が背中を伝う。


 これって、ヤバいんじゃ……?


「おいっ!!」


 ダミアンを抱く左腕に、体温と震えを感じる。


 どうすればいい?

 まさか、この厄介な悪魔が、こんな形で死んでしまうのか?


 考えるより先に、足が動き出していた。


 病院だ!

 おれに出来ることはそれしかない。


「こっちで大きな音が聞こえたんです!」


 管理人室の女性の声が近づいてくる。


 おれはその声から遠ざかるように、建物の横を通り抜け、誰にも気づかれないようにマンションの敷地から脱出した。


 横田神社の参道近くまで来るころには、右腕が少しずつ動くようになっていた。

 左腕でダミアンを抱き、スマホで動物病院の場所を探すが。

 ……近くにはない。


「あぁ、くっそ!」

 焦りを噛み殺しながら、駅へと向かう。

 駅の反対側から十五分ほど歩いたところに動物病院がある。

 ここからだと二十分。

 走れば十分もかからないと思うが、ダミアンの状態を考えれば走ることは出来ない。


 どうする、どうしたら……?


 無意識に足が速くなり、ダミアンの体が大きく揺れていた。

 慌てて歩調を抑え、揺れないように気をつける。


「もうすぐ、もうすぐだからな」


 百メートルほど先に、犬の絵が描かれた看板が見えた。

 安堵しながらダミアンを見る。


 ……動いていない。


 さっきまで震えていた体が、まったく動かない。


「そんな……」


 歩道にへたり込むと、こみ上げる感情に胸を締めつけられた。

  目に熱いものが溜まるのがわかる。

 鼻をすすると、大粒の涙がダミアンの顔にポタポタと落ちた。


√ うぅん。


 ――えっ?!


 念話とともに、ダミアンの目がパチっと開いた。

 おれ達は数秒、見つめ合ったのち――


√ うぁぁぁ、なんだなんだ!?

 ダミアンは今までにないくらい、うろたえた念話を送ってきた。


「よかった、よかったぁ……!」

 涙と鼻水でグチャグチャの顔を、ダミアンのふわふわした毛に押しつけながら泣いた。


√ こらやめろ、鼻水をこすりつけるな!


「でも、でも…… うわぁぁっ」


√ こら汚物を吾輩の毛で拭くな! 汚い! 貴様、これはセクハラだぞ、セクハラ。離せぇぇ!


 そんなことを言われても、この化け猫が生きていた喜びを抑えられない。


「よかったぁ!」


 思わずぎゅっと抱きしめると、ダミアンが激しく暴れだした。

 その拍子に鼻がムズムズして……


「ふぇくしゅん!」


 盛大なくしゃみとともに、鼻水をダミアンの顔と腹にぶちまけた。


 ……数秒の沈黙。

 透明な粘液が、ダミアンとおれの顔を一本の糸でつないだ。

 目を丸くしたダミアンは――


√ ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「イテテテテ!!! 噛むなぁぁ!!!」


「おい、機嫌なおせよ」


 タオルで拭かれながら、ダミアンはそっぽを向く。


√ ふん。


 ダミアンの無事を確認したあと、近くの商店街のドラッグストアでミネラルウォーターと、一番安いタオルを買った。

 涙と鼻水でグチャグチャになったダミアンの体を拭くためだ。


 レジのおばちゃんが若干引きつった顔をしていたのは、おれの顔のせいだろう。

 怒ったダミアンに思いっきり引っ掻かれた結果、おれの顔はまるでバーベキューの焼き網みたいになっていたからな。


 今はもう痛みすらない。

 自動ヒールとかで傷は完治してるんだろう。


「顔は終わったぞ」


√ 次は腹だ。貴様の粘液のせいで、吾輩の美しい毛がカピカピになっている。


「だから、ごめんて言ってるだろ」

 おれはタオルを水で濡らし、できるだけ丁寧に腹の毛を拭いていく。


√ まったく、レディの顔に粘液をぶち撒けるとは、貴様の性癖にも困ったものだ。


 こいつ……

 人聞きが悪すぎる。

 無視だ無視。


√ ひとつ忠告しておいてやろう。貴様の趣味はよく知っているが、実際にそんなプレイをすると相手に嫌われるぞ。今の吾輩の毛のようにカピカピになるからな。いいか、貴様が持っているDVDはフィクションだ。よく覚えておけ。


 パシッ。


√ 痛い。


 あまりに耐え難い暴言だったので、頭を引っ叩いてやった。

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