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38:悠斗からの誘い

◇十七日目【6月26日(水)】

■増える犠牲者


「姉ちゃん、おはよう」

「おはよう」


 昨夜、夜更かしをしたおれは、あくびをしながらダイニングチェアに座った。

 テーブルの上には、しゃけの塩焼きとみそ汁。


ーー 本日早朝、西港市の人工島、西港アイランドで若い男女の遺体が発見されました。警察の発表によると、二体とも首に二つの刺し傷があり、血液が抜かれていたとのことです。


ーー さらに、西港アイランドの東側に位置する第二西港アイランドや、甲山山麓の住宅地でも、同様の若い女性の遺体が発見されています。


ーー 警察は、これらの事件を今月市内で発生した連続猟奇殺人事件と同一犯による犯行とみて、捜査本部を設置し、捜査を強化しています。


ーー 市民の間では不安が広がっており、警察は警戒を強めるとともに、夜間の外出を控えるよう呼びかけています。


ーー 次は、西港市で増加している行方不明者について……


 パチッ

 姉ちゃんがリモコンでテレビを消した。


「最近、本当に怖いわね」

 ため息混じりに言いながら、おれの前に茶碗を置く。

 今日は舞茸の炊き込みご飯らしい。


 ダミアンはすでに食べ終わって、姉ちゃんの隣の椅子の上でくつろいでいた。

 そこは、去年まで母さんが座っていた席だ。


 ニュースで言っていた連続猟奇殺人事件は、たぶん吸血族の仕業だ。

 犠牲者が増えないように何とかしなきゃとは思う。

 だけど、おれにできることなんて何もない。

 せいぜい、身の回りの人が吸血族に襲われないよう気を配るくらいだ。


「琢磨、最近物騒なんだから学校が終わったら寄り道せずに帰ってくるのよ」

「わかった、そうする」


 姉ちゃん、言うことが母ちゃんみたいになってきたな……

 まぁ、血まみれで帰ったり、吸血鬼だ化け猫だと騒いだり、骨折したと言って帰ってきたりしたら、心配されて当然か。


「姉ちゃんも明るいうちに帰れよ。暗くなってからだと心配だし」


 そう、暗くなったら、やつらが血を求めて彷徨いだす。


 満月の夜を越えたんだ。ダミアンの言葉が本当なら、憑依が定着し、今まで以上に吸血族は活発に活動する。

 そうなればヴァンパイアも増え、吸血殺人だって何倍にも増えるだろう。


 しかも、吸血族は西港市に住むか、働いている人間に憑依している。

 この街にいる誰もが、ヴァンパイアにされる可能性があるってことだ。


 ……そうだ。

 暗くなったら、いつヴァンパイアに襲われるかわからない。

 ヴァンパイアだけじゃない。

 昨日の郷原みたいな下僕に襲われることだってあるんだ。

 姉ちゃんがやつらの犠牲になったら。そう考えるだけで……


「昨日、海外出張から先輩が帰ってきて、今日から出社することになってるの。仕事が減るから、遅くならないと思うよ」


 姉ちゃんは入社一年目だけど、仕事が出来るから残業とは無縁だって、心優の父さん――

 姉ちゃんの上司のおじさんが言ってたから大丈夫だとは思うけど。


「もし遅くなりそうだったら、おれが迎えに行くから」

 そう言うと、姉ちゃんの顔がパッと明るくなった。


「本当? すごく嬉しいけど、もし遅くなりそうだったらおじさんと一緒に帰るから大丈夫だよ」


 おじさんが一緒なら心強いけど。

 でも、襲ってくるのは悪魔やその手下だ。

 日が沈む前に帰るに越したことはない。


「おじさんにも、日没までに帰るように伝えておいて」


「なに、琢磨。また吸血鬼?」

 姉ちゃんは心配そうに眉を寄せた。


 ……おれだって、母さんの椅子でくつろいでいる奴に出会わなければ、こんなホラー映画みたいなことを信じたりしなかった。

 でも、これは夢じゃない。


「違うよ姉ちゃん。猟奇殺人の被害者って、いつも早朝に見つかってるだろ。たぶん暗くなってから事件が起きてるんだよ。もし明るいときに事件が起きていたら、その日のうちに発見されてると思うんだ」


 だから、必ず日没までに家に帰るって言ってくれ。


「確かに琢磨の言うとおりだね。わかった、おじさんにもそう伝えておくよ」

「必ず日没までに家に帰ってきてほしい」


 おれは目の前のしゃけの塩焼きをじっと見つめながら言った。

 仕事で疲れてるのに、毎朝こうして飯を用意してくれる姉ちゃん。

 おれの掛け替えのないたった一人の肉親。

 殺されるなんて耐えられない。


「出来るだけ早く帰るから安心して」

「必ず!」


 おれは姉ちゃんの目を見た。

 膝の上で握りしめた拳が、小刻みに震えているのが自分でもわかる。


「琢磨、必ず帰るから安心して」

 姉ちゃんは優しく笑った。目が少し潤んでいる。


「いただきます」

 おれはそっと目をそらし、味噌汁をすすった。


「琢磨、心配してくれてありがとう」

 姉ちゃんは鼻声だった。


「そんなの、当たり前だろ」

 たった一人の家族なんだから……


 ピロリ〜ン!


 突然、スマホのメッセージアプリの通知音が鳴った。


 画面を覗くと、悠斗からメッセージが届いていた。


■告白未満の距離


 心優が迎えに来たので、おれ達は一緒に学校へ向かった。

 心優はしばらく昨夜のことを気にしていたが、コンビニの前を通ると、ポテチの話題になった。


「でね、お母さんが新発売のハバネロ味と豆板醤味の二種類を買ってきてね。今朝さっそく食べ比べしてみたんだよ!」


 朝からポテチか……

 ハバネロはわかるけど、豆板醤味ってなんだよ。

 ちょっと興味あるけど。


√ それは吾輩でも食べられるのか?

 バッグの上で寝ていたダミアンが、むくりと顔を上げた。


「心優、ルナが食べたいって言ってるんだけど」

「たっくん、昨日も言ったけど猫に唐辛子をあげたら吐くよ。絶対あげちゃだめだからね」


「だってさ」

 ダミアンに伝えると、つまらなさそうに目を細めて、また眠りはじめた。


 ……昨日は色々ありすぎて、ダミアンと今後のことを話したいんだけど。


「そうそう、今朝悠斗くんからメッセージが来たんだけどさ」

「あっ、そういやおれにも来てた」


 姉ちゃんと話してたので、悠斗から週末、遊びに行こうと誘われてたのをすっかり忘れていた。


「たっくん、どうする?」


 悠斗は最近付き合い始めた鈴ちゃんを、おれ達に紹介したいらしい。

 心優も一緒にって言ってるのは、アイツなりに気を使ってるんだろう。

 余計なことを。


「行くよ。悠斗の彼女、見てみたいしさ」


「ふぅ~ん」


 えっ?

 なんか心優の頬が不機嫌そうにプクッと膨らんでる。


「そうだよね~、悠斗くんの彼女、すっごい美人らしいから」


「よく知ってるな。まちゃみから聞いたのか?」


「そうだよ。なんでも港北女子で一番の美人だって」


 まぁ、超絶面食いの悠斗が惚れるくらいだからな。

 ……にしても、なんでそんなに睨むんだよ。


「お前は行かないのか?」

「行く!」


「そっ、そうか」

 おれは心優のジト目に耐えきれず、視線を逸らした。


「じゃぁ、待ち合わせ場所まで一緒に行くか?」


 待ち合わせ場所は、クルーズ船乗り場の隣にあるおしゃれな商業施設だ。

 その中にあるカフェで待ち合わせしようと書かれていた。


 そのエリアには、西港パークという海に突き出た大きな公園や、港のシンボル西港タワーがあって、カップルや家族連れ、観光客でいつも賑わっている。


 特に西港パークの海に面した場所は、海に向かって下りの階段になっていて、夜になるとそこに座ったカップルがロマンチックに海を眺めていたりする……って、まあ、おれには関係ないけど。


 チラッと横目で心優を見ると、さっきまでぷくっと膨れていた頬が元に戻り、いつもの穏やかな表情になっていた。

 よかった、よくわからんが機嫌が直って。


「じゃあさ、たっくん。せっかく港に行くんだから、ちょっと早めに行って散歩しようよ」


 マジで? 


「あそこは市内でも有名なデートスポットなんだけど、二人で散歩するのか?」


「なによ、私と一緒じゃ不満なの?」

 また、心優の頬が膨らんだ。ついでに口も尖らせている。


 心優とは幼なじみだけど通学と朝のトレーニング以外、二人だけで出かけたことは一度もない。

 つまり、おれ達の関係はそんな感じだ。


「そんなことはないけど…… ほら、知ってる人に見られたら、デートしてるって勘違いされるだろ」


「だって、デートだし」


 ………………


「えっ? デートなの?」


 思わず聞き返すと、心優は「何言ってんの?」って顔で、小首をかしげた。


√ 男女が時間を決めて、家以外の場所で会うことをデートだと辞書に書いてあったぞ。


「うるさい、お前は黙ってろ」

 おれはバッグの上でくつろいでいるダミアンに向かって、ぼそっと文句を言った。


「で、どうするの?」

 心優がじとっと睨んでくる。

 ちょっと不機嫌そうだ。


「あのさ…… おれ、デートってしたことないんだ」

「私だって初めてだよ」


 そうなんだ。

 彼氏が出来たって話は聞いたことなかったけど、男に誘われて遊びに行ったことくらいあるんだと思ってた。


√ おい、ヘタレ。せっかく心優が誘ってくれているのだ。貴様がリードしてやれ。


「リードって、どうやって?」

 おれはダミアンの耳元で小声で尋ねた。


√ 待ち合わせの時間を決めろ。待ち合わせ場所は家から離れたところだ。


「なんで家の前じゃダメなんだ?」


√ ちっ、貴様わかってないな。通学と同じことをしていたら、デートの特別感が無いだろ。


 そういうものなのか?


「ちょっとたっくん。ルナちゃん相手に、なにこそこそ話してるのよ」

 心優が怪訝そうに、おれとダミアンを覗いてきたので、おれは立ち止まった。


「いや、その……」


√ 「おれとデートしてくれ」くらい言ってやれ。少しは男らしいところを見せろ。


 ダミアンがいうことはもっともだ。おれは大きく息を吸った。


「み、心優」


「なっ、なに?」


 覚悟を決めたおれの真剣な表情に、心優は驚いた顔で少しのけぞった。


「おっ、おれと」


「うん……?」


「デ、デート…して…くださぃ」

 おれの声はどんどん尻すぼみに小さくなった。


√ おい……


 心優は目を丸くして、口をポッカーンと開けている。

 まぁ、そんな反応になるわな。


「私、先に行くね」


 顔を真っ赤にした心優は、おれから顔を背けて足早に歩きだした。


「えっ、えっ」

 なんで、急に早足で先に行くんだよ。


 オロオロしていると、心優がふいに立ち止まり、後ろで手を組んで振り返った。


「たっくん、デート楽しみにしてるね」


 柔らかな笑顔を浮かべた心優は、立ち尽くしているおれを置いて、通学路を駆け上がっていった。


√ よかったな。


 おれはどこかくすぐったい気持ちで、遠ざかる心優の背中を見送った。

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