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3:化け猫

◇二日目【6月11日(火)】

■姉ちゃん


 リビングに入ると、姉ちゃんがテレビのニュースを流しながら朝ごはんを用意していた。


「おはよう」


「姉ちゃん、おはよう」


 姉ちゃんはいつも通り朝が早い。起きるなり玄関先から向かいの神社まで掃き掃除をして、家の中もきれいにしてから、こうして朝食を作ってくれる。


 テーブルの上には味噌汁と、心優が持ってきた肉じゃが。昨夜は晩飯を食べずに寝ちゃったしな。


「昨夜、うなされていたけど大丈夫?」


 心配そうに尋ねてくる。

 姉ちゃんの部屋は一階。どうやら、夜中にトイレに行ったとき、二階からおれの叫び声が聞こえたらしい。

 驚いて部屋まで様子を見にきたら、おれは汗だくで寝ていたとか。


 化け猫の夢を見て、夜中に何度も目が覚めたことを思い出した。

 そして昨夜の黒猫のことが脳裏に浮かぶ。


「平気だよ」


 とは言ったものの、きっとおれの顔は青ざめている。

 姉ちゃんの正面に座って、ダイニングテーブルについたとき。


ーー 昨夜、小埠頭にある倉庫の裏で、男女の遺体が発見されました。


 ……ん?


 ふと、ニュースの声に耳を傾ける。


ーー 警察の発表によりますと、遺体は全身の血液を抜かれた状態であり、男性の遺体は特に損傷が激しく、首の左側の肉が噛み千切られていました。また、女性の遺体の首には、二つの小さな刺し傷が見つかっています。


 なんだ、それ……?


ーー 警察は、この事件を殺人事件として捜査本部を設置し、捜査を開始しました。遺体の状況から、猟奇殺人事件の可能性も視野に入れ、慎重に捜査を進めています。

ーー 警察は警戒を強めるとともに、情報提供を呼びかけています。

ーー 続いて、昨夜未明に甲山で発生した、観光バスの転落事故についてお伝えします。


 パチッ


 姉ちゃんがため息混じりにリモコンでテレビを消した。


「朝から嫌なニュースばっかりね」


「さっき、スマホで見たけど、バスガイドと乗客ひとりが行方不明で、残りは全員死亡だってさ。あと、甲川でも死体が見つかったらしいけど」


「えっ、甲川って、すぐそこじゃない」


 驚いた姉ちゃんの声が少し大きくなる。


「まあ、甲川と言ってもずっと上流の、甲山の麓あたりだから。ここから3、4kmくらい離れてるけど」


「それにしても、三つともうちの区内っていうのがね」


 姉ちゃんは、またため息をついた。


「小埠頭の殺人事件は、姉ちゃんの会社の近くだろ。今日から徒歩じゃなく、自転車で行けよ。連続絞殺魔だって捕まっていないのに」


 死体が見つかった場所は、姉ちゃんが勤める貿易会社と同じ小埠頭だ。

 連続絞殺魔というのは、昨年から数ヶ月おきに絞殺殺人を犯している殺人鬼。


 おれは姉ちゃんが心配だった…… のだが、


「なんだよ」


 姉ちゃんが、ものすごいニマニマ顔でおれを見ている。


「いや〜、いつも生意気な我が弟くんが、お姉ちゃんのこと心配してくれるなんて、嬉しくってね〜」


 ああ、言うんじゃなかった。

 鬱陶しい。


「でも、心配しなくていいよ。お姉ちゃんは花のOL一年生だからぁ」


 両手で頬杖をついて、嬉しそうに微笑んでいる。


「しばらく残業なんて無いし、明るい時間に帰るから心配しないでねっ♡」


 美人で可愛い姉ちゃんに、そんな顔で見つめられると…… なんか、むず痒い。

 思わず目をそらしてしまう。


「きゃぁ、かわいい」


 ちっ、これだから女ってやつは……


 おれは茶碗の飯を口に放り込む。


 ――姉ちゃんは、おれのたったひとりの肉親だ。

 両親が亡くなったあと、県内有数の公立進学校に通っていたのに、大学進学を諦め生活費を稼ぐために就職した。

 姉ちゃんの口癖はいつも「琢磨は絶対に、進学を諦めちゃだめだよ」だ。


 本当に頭が上がらない。


 ピンポ~ン


 インターホンの音を聞いて、両手で頬杖をついた姉ちゃんが、またニヤッと笑った。


「琢磨ぁ、彼女が迎えに来たよぉ〜」


「だから、違うって言ってるだろ!!」


 おれは残りの飯を、お茶で胃に流し込み立ち上がった。


――――――――――――

■化け猫


 いま、おれと心優は並んで、通学路の急で長い坂、通称「奈落坂」を上っている。

 6月中旬の蒸し暑さ。家を出て15分も経っていないのに、シャツが背中に張り付いて気持ち悪い。


 その間ずっと、心優は昨夜のケガについて根掘り葉掘り聞いてきたが、なんとかかわしていた。


「本当に喧嘩じゃないの?」


「違うって」


「ふうん」


 納得いかない顔をしている。


「たっくん、弱いんだから喧嘩しちゃダメだよ」


「ほっとけ」


 あっ、いまので喧嘩だってバレたな。


「でも、大したケガじゃなくてよかった」


 心優は安堵の笑顔を向けてくる。

 子供の頃から何度も見てきた、見慣れた笑顔だ。


「そうそう、肉じゃがごちそうさま」


 おれは思い出したように礼を言う。


「美味しかった?」


「うん」


「昨日も言ったけど、私も作るの手伝ったんだよ。食べるの専門の私がだよ」


 そういやそんなこと言ってたな。


 心優はニコッと笑い、パチパチまばたきをしながら、おれの目をジッと見つめてきた。


 これは……


 称賛を期待している顔だ。

 めっちゃ、褒めてほしそう。


「へぇ、心優も料理できるようになったんだ。すっ、すごいなぁ」

 思わず目をそらす。

 おれは嘘をつくのが苦手だ。


「でっしょぉ。私、初めてメインの食材を切ったんだよ!」


 やっぱ、こいつが切ったのか。

 どうりでジャガイモとニンジンの大きさがバラバラだったわけだ。

 大きかったり、小さかったり、細かったりと、大きさが無茶苦茶だったな。


 そういやこいつ、中学の調理実習でカレー作ったとき、ルーを割るのが担当だったしな。


「また、なにか作ったら、持っていってあげるね!」


「あ、ありがとう……」


 おれは苦笑しつつ、奈落坂を上る。


 この坂を登り切った先に、おれたちの通う県立山麓高校がある。

 甲山山地の麓にある学校で、県内でも有数の眺望を誇る。

 校庭からも校舎からも、南にある港がバッチリ見える。クラスメイトの話では夜景がすごく綺麗だとか。


 しかし、この奈落坂……。


 通学路にボールを置いたら、港まで転がっていきそうな傾斜だ。

 毎日が軽登山みたいなもんで、週末にはたくさんの登山客が、おれたちの通学路を通って登山道へ向かうほど。


「徒歩通学はいいんだけど、毎日この坂はキツイね」


 心優が息を弾ませて言う。


 おれは頷くだけで精一杯だ。

 ていうか、もう息切れして、返事する余裕がない。


 心優も汗びっしょりだけど、さすが運動部。

 おれほど息は上がっていない。


 三ヶ月前まで姉ちゃんも一緒に通っていたが、毎日死にそうな顔をしていたのは、おれだけだった。


「ねえ、ちょっと待って」


 学校までもう少しというところで、心優がおれの袖を引く。


 仕方なく立ち止まると、校庭からサッカー部の掛け声が聞こえてきた。

 心優はカバンからペットボトルを取り出し、ミネラルウォーターをゴクゴクと飲み始める。


「んっ」


 飲み終わった心優が、おれにペットボトルを差し出してきた。


「なんだよ」


「飲まないの?」


 他の生徒たちが、おれたちをチラチラ見ながら追い越していく。


「飲まないよ」


「なんで? のど乾いたでしょ?」


 心優が、不思議なものでも見るような目でおれを見てくる。


「なんでって…… 付き合ってるみたいに思われるじゃないか」


 おれが目をそらすと、


「嫌なの?」


 なんてことを言ってきた。


「いや、実際付き合ってないし」


 心優は、口を尖らせる。


「まあ、そうなんだけど…… 水くらい、いいと思うんだけどなぁ」


 不服そうに呟くと、心優はふと後ろを振り返った。


「ところでさぁ、たっくんは気づいてた?」


 心優の視線の先を追うと、おれはギョッとした。

 昨夜、眉間にしわを寄せておれを睨んでいた黒猫が、そこにいたからだ。


「家の近くから、ずっと後をついてきたんだよ」


 心優は可愛いものを見るような目で黒猫を見つめる。

 だが、おれには、ただただ不気味にしか見えない。


「早く行こう。グズグズしてたら遅刻するぞ」


 おれは心優の手を引き、校門へ向かった。


 なぜだろう。

 昨夜公園で見たときから、あの猫には関わっちゃだめだと、おれの本能がカンカンと甲高い警鐘を鳴らしている。


 おれは黒猫のことを完全に無視し、校門を潜って校庭の横の道を校舎に向かった。

 右側の校庭からは、サッカー部の掛け声が聞こえてくる。


 黒猫を引き離したので、おれは心優の右手を放した。

 心優が不思議そうな顔を向けてくる。


 今の行動を説明したいが、なんて言ったらいいか分からない。

 適当に言い訳をしようと思って、口を開きかけたとき、


√ 〃〜$?―<|*


 『しゃがめ!』 


 脳内に、誰かの声が直接響いた。


 反射的に、おれはしゃがみ込む。


「きゃぁっ!」


 悲鳴に驚いて隣を見ると、心優が頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


 困惑するおれの周りに、短パン姿の汗臭い野郎どもが集まる。


「大丈夫ですか?」

「ボールが女の子に当たったぞ!」


 サッカー部の連中だ。

 どうやら、練習中のボールが飛んできて、おれに当たるはずだったのが、避けたせいで心優に直撃したらしい。


 ……ちょっと待て!

 避けたせい?


「ちょっと、あんた男なんだから、かばってやりなよ!」


「自分だけ避けるなんてサイテー!」


 野次馬の女子たちからも罵声が飛んでくる。


「いや、別にそんなつもりじゃ……」


 しどろもどろになりながら、心優を見ると、まだ頭を抱えている。


「心優、大丈夫か?」


 声をかけると、


 じとぉぉ……


 めっちゃ恨めしそうな目を向けられた。


 そんな顔するなよ。

 周囲からの非難の視線が痛い。


 それにしても、いったい何が起きているんだ。

 誰がおれの頭に直接、話しかけてきたんだ。


 気味が悪い。


 周りを見回すと、校門の門柱の下の方から、刺すような視線を向けられていることに気がついた。

 おれはそいつを凝視した。


 さっきの黒猫だ。


 視線と視線がぶつかる。


 ……あっ、目をそらした。


 黒猫は明らかに不自然な目の逸らせ方をした。

 斜め上を見て、口笛でも吹くかのように。


 おれは尻餅をついた。

 そして……


「うゎ、あああああ」


 小さな声で狼狽えたあと、


「うぁあああああ!」


 叫びながら、校舎へと全力で駆け出した。


 ばっ、化け猫だ……

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