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37:傾国の美女

◇十六日目【満月②】 【6月25日(火)】


■美少女ダミアン、深夜に爆誕


 ベランダの祭壇を片付けて自室に戻ると、押し入れではダミアンがいつものようにパソコンをカチャカチャといじっていた。


 椅子に腰を下ろし、ダミアンの後ろ姿をぼんやりと眺めていると、ダミアンがくるりと振り向く。


「ご苦労」


 そう言って、ぴょんぴょんと軽快に跳ね、勉強机の上に飛び乗っておれの前であぐらをかいた。


 身長40センチくらいの少女が、長い髪だけをまとった姿でこちらを見上げている。


 長い髪で、見てはいけないところはとりあえず隠れているが、それでも全裸だ。

 おれは思わず視線を逸らした。


「あっ、あのさ」

「なんだ?」


 いつものように大きな声で返事をし、不敵に笑う仕草は猫のときと変わらない、のだが……

 その声はどこか可愛らしくなった気がする。


 おれは衣類ボックスから白いTシャツを取り出した。


「これ」


 ダミアンを直視しないようにしながら、机の上に置く。


「こんな大きなもの、吾輩が着れるとでも?」

 馬鹿か?

 とでも言いたげな口調がむかつく。

  でも、ここで引くわけにはいかない。


「体に巻くだけでもいいから」

 体を隠してもらわないと、目のやり場に困る。


「断る」


 ……こいつ。


 ため息をつき、Tシャツを手に取るとダミアンの頭に被せた。


 襟の左右をクルクルとねじってひも状にし、首の前で固結びする。


 よし。

 少なくとも全裸よりマシだ。


「おい琢磨、なにをするのだ?」

 ダミアンは不思議そうに首をかしげる。


「目のやり場に困るんだよ。おまえ、女なんだからちょっとは気にしろ」


 男だと思っていたのに小さいとはいえ、まさかの女。

 しかも同年代の美少女だったとは……


 おれはドカッと椅子に座った。


 しばらくキョトンとしていたダミアンは、やがて口元を吊り上げた。


「はっはぁ~ん。さては貴様、吾輩のナイスバディを見て興奮しておるな」

 いや、さすがに人形サイズの女に興奮はしないぞ。 


 ダミアンはいつもより大きな声を出し、胸を張って立ち上がる。

 ……てるてる坊主にしか見えない。


「ルナはどうなったんだ? 随分とスリムになったみたいだけど、大丈夫なのか?」


 こいつが女だったことも驚いたが、ルナがどうなったかも気になる。

 背丈は同じくらいだけど、ダミアンのほうが顔や体のサイズはルナより小さい。

 ぎゅっと圧縮されて骨とか砕けてないだろうな。


「ルナと吾輩は体を共有しているのだから、元気に決まっている」


 ダミアンはうろうろと歩きながら言う。


 あっ、シャツを踏んで倒れた。

 ドジなところは相変わらずだ。


 呆れていると、


 コン、コン――


「琢磨、誰かお客さんが来てるの?」


 姉ちゃん!?


 えっ、どうしてバレたんだ。

 驚いて慌てていると、


「琢磨、入るわよ」


「わっ、わ、ちょっと待っ…… て?」

 机の上を見ると、ダミアンがいつの間にかルナの姿に戻っていた。


√ うぐぐぐっ。


「へっ?」


 ダミアンは顎を上げて、苦しそうに唸っている。


 さっきTシャツの襟を結んでいたせいで、襟は人型の細い首に合わせたサイズになっていた。

 そして慌てて猫に戻ったことで首が太くなり―― 絞まってる!


「うわぁ、ちょっ、ちょっと待て、ダミアン!」


 おれは慌ててダミアンの首元の結び目を解こうとするが、首に食い込んでいて外せない。

 ダミアンはグーグー唸っている。


√ ぐ、ぐるじぃ……


 焦ったおれは、Tシャツを力任せに左右へ引き裂いた。

 血の契約で何割かアップしているおれの筋力をもってすれば、Tシャツを引き裂くくらいは簡単だった。


「琢磨、こんな夜中に…… 何やってるの?」

 振り返ると、部屋のドアの前で姉ちゃんが呆然と立っていた。


 おれは一昔前のアメリカンレスラーのように、両手に引き裂いたTシャツの残骸を持ってバンザイ――

 机の上ではダミアンが泡を吹いて失神している。


「いや、これは、その」


√ 死ぬかと思った。

 おれだってそう思ったよ。


「それよりさっき、女の子の声がしなかった?」


「えっ?」


 姉ちゃんにダミアンの声が聞こえていた?

 なんで?


√ 貴様の疑問に吾輩が答えてやろう。吾輩は人型になったので声を出せるようになったのだ。さっきの声は念話ではなく、吾輩の本当の声だ。

「えっ、お前話せるの?」


 念話よりだいぶ可愛い声だったけど!


 ルナに向かって話しかけているおれを見て、姉ちゃんは首を傾げた。

 そして、部屋に誰もいないことが分かると小さなあくびをひとつ。


「琢磨、寝ぼけてないで早く寝なさい」

「あっ、うん、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 姉ちゃんは手で口元を隠し、もう一度大きなあくびをしながら部屋から出て行った。


 しばらくして、一階でドアが閉まる音。


「おい、どういうことだよ」

 おれは小さな声でダミアンに詰め寄った。


√ どういうことだと訊かれても。


 ダミアンは二本足で立ち上がると、くるりと回って再び人型に戻り、パソコンマウスの上にドカッと腰を下ろした。

 勘弁してくれ。


 おれはため息をつきつつTシャツの残骸を、理容室のカットケープのようにダミアンの上にかけ、首の後ろで結んでやった。

 こいつに羞恥心というものはないのか?


「人間の体になったから話せるようになっただけだ。せっかく話せるようになったのに、今までのように念話のほうがよいのか?」

 ダミアンは俯きショボンと肩を落とす。


 おい、罪悪感を感じるから、しょんぼりするのはやめろ。


「いや、いまのままでいいから小さい声でしゃべってくれ。あと、体を隠せ」

 おれがボソボソと注意すると、ダミアンはパッと顔を上げ、ニカッと笑った。


「そうだろ、そうだろ、吾輩の声は美しいからな!」


 パシッ!


 気づいたら、ダミアンの頭を叩いていた。


「静かにしろって言っただろ」

 いつまで大声出してんだ、こいつ。


 ダミアンは、おれを制するように両手をこちらに向けた。

「わかった、わかったからそんなに怒るな」

 と言った声もデカい。


 こいつは…… まるで学習しない。


 コンコン――


 もう一度、頭を叩いてやろうかと思ったときノックの音が聞こえた。

 姉ちゃんだ。


「琢磨、やっぱり女の子が部屋にいるんじゃない?」

 誤解が深まってる!

 いや、まったく誤解というわけでもないが。


「えっ、いや、その……!」


「入るわよ」

 ドアノブが回るのを見て、おれは焦った。


「えっ、あっ、ちょっと待っ…… うわぁ、大丈夫かダミアン」


√ うぐぐぐっ。


 猫の姿に戻ったダミアンが、机の上で仰向けに転がって、首に食い込んだ布を引っ張ってもがいていた……

 ……こいつ、やっぱりバカだ。


 部屋の中を一通り確認した姉ちゃんは、納得がいかないという様子で自室に戻っていった。


 ダミアンは人の姿に戻り、まるで風呂上がりの女がバスタオルを巻くように布を体に巻き付けて、机の上で正座している。


「だから、静かにしろって言っただろ」

 おれが小さな声で説教をすると、ダミアンは肩をすくめ、しゅんと項垂れた。


「深夜なんだから、念話な」


√ わかった。


 にこっと笑って見上げてくる。

 ……なんか、妙に可愛いんだけど。


「お前…… 女だったんだな」


√ なんだ、知らなかったのか?

 ダミアンは不思議そうに首を傾げる。


「だってお前、男のおれに取り憑こうとしたし、男の名前だし、喋り方も男っぽいし……」

 おれの言葉に、ダミアンはムッとした。


√ 貴様、レディに対して失礼だな! これでも吾輩は八百年ほど前、傾国の美女と騒がれたこともあるのだぞ!

 なんて、嘘っぽいことを言い出した。


「傾国の美女ってなんだよ。まるでお前が原因で、国が傾いたみたいじゃないか」


 サイズは小さいが、顔もスタイルも恐ろしく整ってるのは確かだ。

 でも傾国の美女って。


√ 疑っているようなので説明してやろう。


「おっ、おう」


 話が長くなりそうだけど、ちょっと興味があるので聞くことにした。

 おれは椅子の上であぐらをかいて、楽な姿勢をとる。


√ 吾輩が最初に人間界に来たのは、およそ八百年前のスロバキアだ。そして吾輩は現地の女に憑依した。


 スロバキアってどこだっけ。

 東欧の国だったと思うけど。


√ 吸血族は魂、この国で言うなら人魂のような存在でな。


 おれが最初にダミアンを見たときのアレか。

 確かに青白い人魂のようだった。


√ 人間界に来て最初に憑依した宿主の姿を、自分の姿にすることが出来るのだ。この姿は吾輩が人間界で最初に憑依した女の姿だ。名をエミリアという。


「それじゃ…… お前のこの姿、八百年前のスロバキア人の女の子ってことか?」


√ そうだ。そしてこの姿を得た吾輩は、他の吸血族と違った運命を辿ることになったのだ。

 ダミアンは立ち上がった。


 興が乗ってきたみたいだ。

 いつものように、同じところをうろうろし始める。

 こいつ、悪魔のくせに妙に愛嬌があるんだよな。


√ エミリアに憑依した当時、モンゴル帝国が征西を進めていてな。スロバキアにもモンゴル兵が攻めよせてきたのだ。吾輩が住んでいた町にも大勢やってきたのだが。


 自分を親指でさして、胸を張る。


√ 吾輩はこのような姿だ。当然見つかれば捕まえようとする。吾輩は何日も追い回されて、ついには捕らえられてしまった。


「お、お前…… 大丈夫だったのか?」


 歴史の一コマと考えれば、そういうことがあったのかと思うだけだが、悪魔とはいえ知っている女の子がひどい目に遭った話は聞くのが辛い。


「吾輩が捕まったのは、統制のとれた部隊でな。吾輩を一目見た将軍は、ハーンに献上すると言い出したのだ」


 話が大きくなってきた……

 ついでに声も大きく……

 って、あれ?


「出世を目論む将軍は、吾輩をハーンに献上するために……」


「琢磨、やっぱり誰かいるの?」


 一階から姉ちゃんの声がした。

 ダミアンのやつ、念話じゃなくて声を出していた。


「お前……」


 ダミアンを睨みつけてから、部屋のドアを開けて階下の姉ちゃんに返事をする。


「誰もいないよ」


「早く寝なさい。明日も学校よ」

 姉ちゃんはそれだけ言うと、自室に戻っていった。


 振り返ると、ダミアンはルナの姿に戻り、土鍋の中で丸くなって寝ていた。


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お読みいただき、ありがとうございました。


更新スケジュールの都合で、火曜日はお休みとなります。


次回更新は水曜日を予定しています。


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