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36:月光の中で、真の姿は現れる

□憑依定着の儀式


 深夜。


 ダミアンは両親の部屋のベランダに出て、月が見える場所に祭壇のようなものを作ろうとしていた。

 と言ってもダミアンは指示をするだけで、実際に作るのはおれだ。


 なぜ両親の部屋のベランダかというと、北向きの我が家で今夜、月が見える場所はここしかないからだ。


√ その段ボール箱は二段に重ねろ。


「はいよ」


 言われた通り、ダンボールを二段に重ねる。


 二リットルのミネラルウォーターが入ったダンボールを三つ使って、手前一段、奥二段の階段状に積み上げた。


√ 高い方のダンボールの上に、ローソクを立ててくれ。


「はいよ」


 両親のミニ仏壇からローソクを二本拝借し、箱の左右に立てて火をつける。

 今日は風が吹いてなくてよかった。


√ うむ、いいぞ。


「ところでヴァンパイアはローソクを嫌がるって聞いたことあるけど、お前は大丈夫なのか?」


√ ヴァンパイアの中には嫌がるやつもいるな。吾輩は大丈夫だ。それより、いま何時だ?


 おれは両親の部屋の時計を見た。


「十一時五十分」


√ もうすぐだな。


 ダミアンは祭壇の上に軽やかに駆け上がり、こちらに向かってちょこんと座った。

 ローソクを倒さないあたり、さすが猫だな。


「なぁ、憑依が定着するとどうなるんだ? 詳しく教えてくれよ」

 魔力が安定するとか言ってたけど、具体的に何が変わるのかよく分かっていない。


√ いいだろう、教えてやる。憑依が定着することで、吾輩たちは安定して魔力を使えるようになるのだ。貴様には分からなかっただろうが、今まで吾輩が魔力を使うとき、制御にかなりの神経を使っていたのだ。それが安定することで完璧に制御できるようになり、思う存分、実力を発揮できるようになる。


「だからエヴァは憑依が定着するまで襲ってこないということか?」


√ そうだ、ババアが能力を100%出せるようになれば、猫の体の吾輩より、体格的に何倍も有利だからな。


 いくら魔力が多くても、体格的なハンデは大きいということか。


√ それに、やつらは積極的に眷属をふやそうとするだろう。これから、吸血事件はさらに増えるだろうな。


 やつらとは吸血族のことか。


「そんな…… これから今まで以上にたくさんの人が殺されるのか?」


√ そうだな。だが貴様がそれを心配したところでどうすることもできん。人の心配よりも、自分の心配をしたほうがいいのではないか。


 確かにそうだ。

 郷原はおれを殺そうとしたんだ。


 エヴァだってダミアンと正面から争うより、おれを殺したほうが手っ取り早くダミアンを葬れる。


「おれ、相当やばい立場なんじゃ……」


√ 自覚が足らんな。貴様を狙うものはこれからも増えるぞ。


 どういうことだ?

 どうして増えるんだよ。


「郷原とエヴァ以外にもいるのか?」

 おれは不安を押し殺しながら、恐る恐る尋ねた。


√ 郷原が嘘を言っていなければ、やつの主人はダルクだ。

 ダミアンは低く呟く。


√ 貴様、郷原の前で吾輩の名を呼んだだろう。やつが貴様を吾輩の関係者だと知れば、必ず襲ってくるぞ。


「どうしておれを……?」


√ 決まってるだろ。吾輩はやつの恨みを買っているからな。

 ダミアンはダンボールの上で胸を張り、ふんと鼻を鳴らす。


 ……またか。


「お前、いったいどれくらいの同族から恨まれてんだよ?」


√ 知りたいか?


「ああ、知りたい」


√ 知らないほうが幸せということもあると思うぞ。


「教えろ」


 ダミアンは少し考えてから、肩をすくめた。


√ もう時間だ。それについてはそのうち教えてやる。


 そう言うと、ダミアンはすっと立ち上がり、おれに背を向ける。

 そして、月に向かって両前足を広げた。


 儀式だと言っていたので、おれはその場で正座をした。

 こんなとき、正座をしてしまうのは日本人の性だと思う。


 こいつの敵がどれほどいるのか気になるが、今は目の前のことのほうが気になった。


√ ‡∥§⊿Å∇‡〰⊕✳〃∠ ‡∥§⊿Å∇‡〰⊕✳〃∠ Å∪〒∉〇∌∃∂⊇∥ ……


 なにかの呪文?

 お祈り?


 いつもならなんとなく意味がわかるのに、なにを言っているかさっぱりわからない。


 ……もうかれこれ五、六分くらい経ったと思うが何も変化がない。


 いったい、いつ終わるんだろう。

 そろそろ脚が痺れてきた。


 早く終われよと思っていた、そのとき――


「えっ……?」


 薄い月の光に照らされたダミアンの体が、淡く柔らかな輝きに包まれていく。

 その光はどんどん強くなり、おれは慌てて目をぎゅっと瞑った。


 それと同時に雷でも落ちたかと思う程の閃光を放ち、瞼越しでも強烈な光を感じた。

 目を開けていたら失明したんじゃ……


「終わったぞ」


 ダミアンの声に、おれはゆっくりと目を開けた。

 ダミアンの体がまだ光に包まれている。

 その光の中に黒い人影のようなものが浮かび上がった。


 その影は細く柔らかな美しいラインを描き、フワリと宙に漂う長い髪はゆっくりと腰の下、いや膝の辺りまで流れ落ちていく。


 やがて光が完全に消え去ると、おれの目の前には何も身に着けていないように見える女の後ろ姿があった。

 女はゆっくりと振り返り、どこかぼんやりとした表情でおれを見た。


 サラサラとした長い髪は毛量が多く、体全体を覆い隠している。


 金髪碧眼の白人の美少女。

 十代半ばくらいか……


 小顔で整った顔立ち。

 わずかに生意気そうな雰囲気を漂わせながらも、幼さを残した魅惑的な容姿。

 華奢な体つきなのに、現実離れしたプロポーションだ。


 おれはこれまでの人生で、ネットや雑誌で数えきれないほどの美少女を見てきた。

 だけど、こんなに美しい女を目にしたことはない。


 痺れる脚に力を込め、ふらつきながら立ち上がる。

 フラフラと少女に近寄り、祭壇の手前でおれは思わず膝をついた。


 少女は口角を上げて不敵に微笑む。


 そして「ふっ」とおれを見下したように鼻で笑った。


「吾輩の美しさに魅せられて、声も出ないようだな」


 これがダミアン……?


 確かにこいつの言う通りだ。

 おれは目前の完璧な少女から、視線を外すことができない。


「フィギュア……?」


「ちゃうわ、ボケ!」

 パァンッ!


 少女から小さな手で平手打ちを食らい、おれは頬を押さえた。

 そう、この美しい少女は、ルナと同じサイズだった。

第一章、ここまでお読みいただきありがとうございました。


次章から、憑依が定着した者たちが動き出します。


面白いと思っていただけたら、★やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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