表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/91

33:vs.郷原2

■空き地に落ちる殺意の影


 コンビニから数分も離れていない線路沿いの空き地。

 三方を古びた四、五階建てのビルに囲まれたその場所で、おれと郷原は向かい合っていた。


 ビルの壁には空き地側に窓がない。

 たぶん、以前ここにも同じように、正面しか窓がない古いビルが建っていたんだろう。


 入口側には〈立入禁止〉と書かれた黄色のバリケードと、赤と白のコーンバリケードが並んでいる。

 逃げるときは邪魔になりそうだ。


 太陽はもう沈み、この辺りは街灯もまばらで薄暗い。


「腕は大丈夫みたいだね、吉野くん。骨は砕けたと思ったんだけど、君は意外と頑丈なんだね」

 郷原が不敵に笑って、おれの顔を覗き込む。


 やばいなぁ。

 昨日はダミアンの指示があったから何とかなったけど、今は1対1。正直、勝てる気がしない。


 郷原の足元を見ると――

「吉野くん、今日は安全靴じゃないから安心してよ」

 ……考えていることすら読まれている。


「もしかして、喧嘩の続きをやる気か?」


「そうだね。僕にもプライドというものがあってね。吉野くんみたいに弱っちいガリ勉くんにやられたまんまだと、どうにも我慢できなくてさ」

 だめだ、めちゃくちゃ怒ってる。


 郷原が一歩詰めてくる。おれは反射的に一歩下がった。


「ねぇ吉野くん、昨日の続きをしようよ。なっ」

 ――ドンッ


「ぐぁっ……!」

 左脇腹に衝撃が走ったと同時に、体が右に吹っ飛んだ。


 ザザァー


 右肩から地面に叩きつけられ、砂利の上を滑る。まったく見えなかったが、郷原の体勢からして蹴られたのは間違いない。


 ……なんだ、いまのキックは!?


 昨日の比じゃない。破壊力が二、三倍になったかのような強烈な蹴りだ。


「どうした吉野くん。早く立てよ」


 おれは起き上がり、左脚を支えに立ち上がろうとした。


 ――ドサッ


 何が起きたかわからないが、おれの体は再び右側へと倒れた。

 左脚を外側に蹴られたようだ。


「うあぁっ……!」


 左脚の関節をやられた。

 脚の関節がありえない方向に曲がっている。


「どうした吉野くん。少しくらい抵抗してよ。あんまり一方的だと面白くないでしょぉ?」


 郷原の声が、冷たく嘲笑を含んで響く。


 おかしい。いくらなんでもこれが人の力なのか?


「ちょっと待って。骨が折れたかもしれない」


 郷原は鼻で笑って、

「折れたかもしれない? そうじゃないよ、折ったんだよ、狙ってね」


 マジか。

 こいつ、本気でおれを殺すつもりじゃないだろうな。


 全身の血の気が引いていく。右足で地面を蹴って、必死に後ずさった。


 郷原が冷酷な笑みを浮かべる。


「お次はその頭に一発…… んっ?」


 郷原の動きがピタリと止まり、視線はおれの後ろに向いている。


 どうしたんだ?


 そう思ったとき、背後で砂を踏む小さな音がした。

 その音の主は軽快におれの背中を駆け上り、頭と右肩の上にその体重を乗せた。

 視界の端に黒いモフモフの毛が映る。


√ まったく。家に帰っていないと思って探しに来てみればこれだ。


「なんだ、こいつは」

 郷原は一歩前に出て、おれ達に顔を寄せた。


√ 下僕。


「下僕?」


 思わず聞き返すと、郷原が顔を歪めた。


「はぁ、誰が下僕だってぇ」

 言い終えるより早く、郷原の蹴りが左顔面に炸裂した。


 思わず目をつぶったが……


 あれっ、どうなったんだ。


「ぐぅあぁぁっ!」

 声を上げたのは郷原のほうだった。


 んっ……?

 目を開けると、郷原が自分の脚を押さえて悶えている。


「いってぇ、なんだこの石頭!」

 人の顔を蹴っておいて、なんて言い草だ。


√ ふん、下僕ごときの攻撃が吾輩に通用するとでも思ったのか。


 そう言うと、ダミアンはおれの肩から飛び降りて、二足歩行で郷原へと歩み寄る。

 ……魔力の鎧で助かったのか。


√ 貴様、誰の下僕だ。

 ダミアンが郷原に問いかけるが、その声は郷原には届いていない。


「なっ、なんだこの化け猫は!」


 郷原の声が震える。

 さすがの郷原も、二足歩行する猫には驚きを隠せないようだ。


 ダミアンが立ち止まる。


「ひっ……」


 ダミアンはおれに背を向けているので表情は見えないが、ビビる気持ちはよくわかる。


√ ほう、魔力鎧を纏ったか。だが、下僕ごときの魔力で吾輩の攻撃を防ごうとは甘いな。


 ダミアンが苛立っていることが伝わってくる。


√ おい琢磨、吾輩の言葉をこいつに伝えろ。


 おれは頷き、郷原に向かって言った。


「この猫は、お前は誰の下僕だって訊いている」


「なっ、何のことだ」

 郷原の顔色が変わった。


 下僕?


 おれもあらためて、さっきから自分が口にしている言葉の意味を考える……

 ――なんだって、郷原は吸血族の下僕なのか?


 おれはダミアンと郷原を交互に見た。


√ 貴様からは魔力を感じる。隠すことは出来んぞ。


「お前から魔力を感じるから隠せないぞ。って言ってる」

 おれがそう伝えると、郷原の瞳が驚きに見開かれた。


 隠していた何かを見抜かれたショックが、はっきりと顔に出ている。


 ダミアンは静かに右前足を顔の前まで持ち上げた。


 指を人間のように広げ――

 振り下ろされる軌道の中で、五本の爪が一気に伸びる。


 ビュッと空気が裂け、

 二十センチほどの長さを持つ鋭い爪が、刃のように露わになった。


√ 答えないなら命をもらう。


「答えないなら命を…… おいやめろ」


√ はぁ?

 ダミアンが不機嫌そうに振り向く。


「ひぃっ」


 金色の瞳がギラリと光る。

 ダミアンの険しい表情を見て、喉から引き攣ったような声が漏れた。


√ 黙ってろ。

 口を歪めながらチンピラのように話す姿は本当にガラが悪い。


「ひっ、人を殺すのは、よっ、良くない…… と思う…… よ」

 必死に言葉を絞り出すが、ダミアンの迫力に押されて声が尻すぼみになってしまった。


√ ふん!

 ダミアンは顔をしかめたまま郷原に向き直り、五本の爪の尖端を揃えて突きつけた。


「おい、ちょっ、ちょっと待て! 話し合おうぜ!」

 郷原は余裕を見せようとして笑っているが、その顔は完全に引きつっている。


√ そうだな。もし主人に名前を言うなと命じられているのなら、主人の名を言うことは出来ないな。


「おい、この猫、今何か言ったのか?」


「主人の名前を言わないと殺す、って言っている」


 ダミアンはおれが殺されかけたことを、自分の命への脅威だと捉えている。

 おれが死ねば自分も死ぬからな。


 要求が通らなければ、躊躇せずに郷原を殺すだろう。

 いや、名前を聞き出せたところで、やっぱり殺す気なのかもしれない。


 ダミアンが郷原に一歩近づいた。


「待て、ダミアン!」

 おれは郷原が主人の名前を明かすことを願った。


「おっ、おい、ちょっと待てって。言うから」

 よかった、主人の名前を明かすなとは命じられていないらしい。


「俺の主人は、ダル――」


 郷原が主人の名を明かそうとしたとき、


「ルナちゃ〜ん」

 心優?


 不意に響いた声に、おれは反射的にそちらを見た。

 近くから心優の声が聞こえる。


 なんてタイミングだ。

 ダミアンが郷原を殺すかもしれないっていうのに。


 ダミアンへ視線を戻すと普通の猫の姿に戻っていた。


 郷原は…… 目が合ったと同時に影がぶれ――


 ……消えた?!


 ガッシャーンッ!!

 空き地の入口から大きな音が響く。


 そっちを見ると、郷原が立ち入り禁止のバリケードごと地面に倒れていた。

 そしてそのすぐ横で、Tシャツにジーパン姿の心優が立ちすくんでいる。

 驚きで声も出ないようだ。


「いってぇ……」


 郷原がうめきながら立ち上がると、心優は一歩後ずさった。


「心優、逃げろ!」

 おれは咄嗟に叫ぶ。


「えっ、えっ?」

 心優はおれと郷原を交互に見て、状況を掴めずにいる。


「神木、また会ったな」


 郷原は薄笑いを浮かべたが、

「っ……!」

 ダミアンが近づくのを見てすぐに駆け出した。


 追おうとしたダミアンだったが、心優が自分を見ていることに気づき、諦めて心優の足に顔を擦り付けた。


「にゃぁ~」

 呆然としていた心優は、ハッとしたように我に返ると、ダミアンを抱き上げておれのもとへ駆け寄ってきた。


「たっくん大丈夫? ケガはない?」

 心優はしゃがみ込んで、心配そうにおれの顔を覗き込む。


「あぁ」

 おれは頷いた。


 まずいな、左脚が折れていることがバレたら大騒ぎになる。

 それがすぐに治ってたなんてことになったら…… あまり考えたくないな。


「大丈夫、ケガはしてないから」


 腕を折ったときは、一時間くらいで治った。

 それなら、この脚もあと一時間ってところだろう。

 それまで何としてでも誤魔化さなきゃ。


「でっ、でも、お父さん呼んでくるからちょっと待ってて」

 心優が立ち上がったので、とっさに手を掴んだ。


「えっ……?」


 軽く引き寄せたせいで、心優はおれの目の前にぺたんと座り込む。


 おじさんまで来たら、バレたとき言い訳できない。


「大丈夫だから、少しここにいてくれ」


 時間稼ぎのためにそう言うと、

「う、うん」

 心優はうつむいて頷いた。


 あれっ、心優の様子が少し変だぞ。

「あっ」

 おれは心優の手を強く握っていることに気がついた。


「ごっ、ごめん」

 慌てて手を放すと、


「べ、別に…… 謝らなくてもいいよ」

 心優も少し恥ずかしそうに顔を背けた。


 どうしたんだろう。

 いつもより、声が小さい……


 僅かな街灯とまん丸い月に照らされて、うつむき加減の心優の横顔が妙に可愛く見とれてしまった。


「そ、そんなにジロジロ見ないでよ」

「ごっ、ごめん」


 ……ジロジロ見てたのか。

 おれ、骨折しているのに余裕だな。

 痛みなんて全然感じない。


 心優に気づかれないように、左脚を触ると…… 治っていた。


 腕を折ったときより、はるかに早いスピードで。


√ ふん、ヘタレめ。

 そんな憎まれ口を叩いたダミアンは、心優の膝の上であくびをしていた。

★やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ