32:小さな鈴の音と忍び寄る影
□止まらない食欲と途切れる話
「あぁ、悔しいぃぃ!」
練習試合が終わって、帰り道の商店街。
おれと心優は、たこ焼き屋の前のベンチに並んで座っていた。
試合は4対1の完敗。序盤に1点は取ったものの、その後は城南のピッチャーに完全に抑え込まれた。
「ひっへんほっはほひふぁ、はっはふぉほほふぁふはほ」
心優がたこ焼きを頬張りながら、なにか言ったが…… なに言ってるか全くわからん。
「たこ焼き、美味いか?」
「ほひひいぃ」
√ 琢磨、その食べ物は美味いのか?
ダミアンが心優の膝の上に置かれた舟皿のたこ焼きを、興味深げにじっと見ている。
横に心優がいるのに、話しかけてくるなよ。
でも返事をしないと、ダミアンの機嫌が悪くなるし……
「たこ焼きって美味しいけど、めちゃめちゃ熱いから猫舌の猫には食べられないよなぁ」
などと、わざとらしく独り言を言ってみる。
「たっくん、ルナちゃんにたこ焼きあげちゃダメだからね。消化不良起こすよ」
一個目、やっと食べ終わったか。
ダミアンは「食べられない」と分かった途端、興味を失ったのか、おれのバッグの上で丸まって眠りはじめた。
「そういや試合が終わった後、城南のピッチャーと話してたけどなんかあったのか?」
ちょっと気になったので尋ねると、
「なにぃ? 女の子の会話が気になるの?」
と、うざい返しが飛んできた。
「いや、お前、試合中に変なことばっかりしてただろ。城南のピッチャーにも怒られてたんじゃないかと思ってさ」
「変なことって何よ」
心優は二個目のたこ焼きを頬張った。
「はひはひ、ふぁふふぁふぁ」
「食いながらしゃべるな」
しばらくハフハフしていた心優は、ようやく飲みこんでおれに向き直った。
「城南のピッチャー、ゆきなちゃんっていうんだけどね。中学のときの県大会で試合したことがあるんだって。私のこと、すごく記憶に残ってたみたいで、久しぶりって声かけてくれたの」
二人は顔見知りだったのか。
まぁ、あんなことしてたら記憶にも残るか。
「私、ゆきなちゃんのこと、全然憶えてなかったから焦ったよ」
まぁ、そうだろうな。
心優だし。
「それでね、また試合しようねって言ってくれたんだぁ。城南って、うちより3ランクは格上だから、すごくありがたいよ」
あれ? 謎ランクがひとつ上がってないか?
なんて思ったが、今は黙っとこう。
「そりゃよかったな。実力が上のチームと試合やったら学ぶことも多そうだし」
「でしょぅ。次、試合するまでにゆきなちゃんの攻略方法を研究しとかなくっちゃ」
どうやって研究するかは訊かないでおこう。
動画を撮ってる部員もいなかったし……
「そういえば、たっくん。すっかり忘れてたけど昨日の音楽の時間、中原くんと席が隣になったんだよ」
その言葉を聞いて、ダミアンがむくっと起き上がる。
「そっ、それで」
おれも思わず身を乗り出す。
「なっ、なに?」
心優が目を丸くして体を引いた。
「それで中原と何か話したか?」
つい声が大きくなってしまった。
「なになになに?」
心優は驚いて身をのけぞらせ、両手を前に出しておれを制する。
右手には爪楊枝に刺さったたこ焼きが……
今にも落ちそうだ。
「心優、たこ焼き」
「あっ」
心優は慌ててパクっと三個目を頬張った。
「ほへへへ、ははははふぅふぁ」
「…… ごめん、食べ終わってからでいいや」
おれもたこ焼きを一つ、口に放り込んだ。
□
たこ焼きを食べ終えたおれ達は、商店街から海のほうへと続く、ゆるやかな坂道を下っていた。
ダミアンは相変わらず、おれの肩掛けバッグの上で寝そべっている。
……重いから歩けよ。
睨みつけても、化け猫はおれの視線など気にもとめていなさそうだ。
「それでね、音楽の時間が始まる前に、芽依が中原くんのところに来て、中学の同窓会の話を始めたんだよ。芽依と中原くん、おな中だったんだって」
よし、これで中原がどの辺りに住んでいるか分かるぞ。
「で、二人はどこの中学だったの? って訊いたらね――」
おれとダミアンは、心優の言葉の続きを待った……が。
んっ?
心優の視線が別の方向へ向いている。
「からあげちゃんのスペシャルスパイシー味、今日発売だった!」
おれはコンビニへ駆け出そうとした心優の襟首を、慌てて掴んだ。
「ぐへっ!」
食べ物が近くにあると、話が全く進まん……
□
「たっくん、奢ってくれてありがとね!」
心優は満面の笑みを浮かべながら、真っ赤なから揚げを頬張っている。
こいつは食べ物があるといつも上機嫌だな。
しかし、それにしても……
このから揚げ、赤すぎないか?
見てるだけで喉が痛くなりそうだ。
「美味いのか? それ」
「美味しいよ! 食べる?」
心優が差し出したから揚げの容器には、『ハバネロ3倍』 の文字がデカデカと書かれている。
「いや、せっかくだから全部食べていいぞ。おれ、いらないから」
容器に描かれたからあげちゃん、真っ赤な顔して火を噴いてるぞ。
おれには無理だ。
√ 吾輩は食べてみたいぞ。
はい、出た。
こいつもほんと、何でも食べたがるな。
「心優、ルナが食べたそうにしてるぞ」
「ルナちゃんごめんね、猫が唐辛子を食べると、体調を崩しちゃうんだよ」
√ ちっ、この体は何も食べることが出来ないのだな。
こっちはかなり不機嫌だ。
「で、さっきの話の続きだけど」
心優が最後のから揚げを平らげるのを待って、話を切り出した。
「なんの話だっけ?」
やっぱり忘れてた。
おれは駅の中を通る家までの最短ルートではなく、遠回りをする高架下の道を選んで心優を誘導する。
危ない危ない。
うっかり、駅前のスーパーの前を通るところだった。
あそこの惣菜、美味いからな。
気付かれたら、確実に「買って帰ろ!」って言い出すに決まっている。
チラッと横目で心優の様子を窺う。
よし、、気付いていない。
「中原の話だけど」
心優は立てた人差し指の腹を口元に当て、視線を上に向けながら少し考え込む。
「あー、そんな話してたね」
よかった、思い出したようだ。
「中原くんね、芽依とおんなじ横田中学の出身なんだよ」
よし、時間がかかったがやっと聞きたかった情報をゲットした。
横田か。横田中って、どの辺だっけ……?
「それでね、『横田中学って横田神社の横田?』って訊いたらね、『俺の家の向かいが横田神社だよ』って教えてくれたの。それじゃ私と同じだね。私の家は神社の隣なんだよ、って言ったらちょっと盛り上がってね」
√ おい。
おれはダミアンと目を合わせて頷いた。
思っていた以上の情報だ。
横田神社は市内でも有名な神社だ。
スマホで検索すれば周囲の住宅の情報なんて簡単に分かるし、現地に行って表札を確認すればどの家かもすぐに特定できる。
「んっ? どうしたの?」
心優が不思議そうに首を傾げる。
「いや、そろそろ暗くなるし早く帰ろう」
早く帰って今後のことをダミアンと打ち合わせしないとな。
手前の角を曲がればすぐ家というところで、心優がふと立ち止まった。
「あのさ、ルナちゃんに首輪つけないの?」
「首輪? どうして?」
「だって、首輪しないと野良猫と間違えられちゃうよ」
首輪か。
そういや、姉ちゃんが買うって言ってたけど、その後バタバタして結局買ってなかったな。
迷子になることは無いだろうけど、首輪はしといたほうがいいかな。
ただ、こいつが嫌がらなければだけど。
おれはダミアンを見たが、あくびをして眠そうにしている。
「まぁ、ルナが嫌がらなければ、明日にでも買うよ」
そう言うと、心優が突然カバンの中をゴソゴソと探りはじめた。
「じゃじゃーん! 実はね、私、もう買っちゃったんだ!」
心優がカバンから小さなビニールの袋を取り出した。
「これね、ゴムだから苦しくないんだって! ルナちゃん、気に入ってくれるといいんだけど……」
「どうだろうな……」
ダミアンは心優をちらりと見て、眠そうにしながら首だけ持ち上げた。
「ねぇ、つけていいかな?」
おれはダミアンの顔を見た。
√ 好きにしろ
「つけていいらしいぞ」
「ほんとう!? じゃぁ、つけるね!」
ダミアンは首輪をつけやすいように大人しくしている。
首輪は赤く、金色の小さな鈴と魚の飾りがついていた。
「この首輪はね、長さを調節できるんだよ。……あれっ、ルナちゃん、見た目よりもすごく細いんだね」
「こいつ、風呂からあがったときは、一回り小さくなるからな」
そう、ダミアンはモフモフなので、濡れると別猫かってくらい小さくなる。
「できた! ねぇ、見て見て。すっごく似合ってるよ!」
心優がおれに見せようとしたとき、ダミアンが濡れた毛の水を飛ばすように頭を振った。
カラカラと小さな鈴の音がする。
首を振ったことで首輪に毛がかぶさって、完全に隠れてしまった。
「……毛で見えないな」
「そっ、そうだね……」
期待していたのと違ったのか、心優は若干しょぼんとしている。
そのまま家に向かって歩き出したが、曲がり角に差し掛かったとき、ふと思い出した。
「あ、姉ちゃんに洗濯洗剤買ってきてって言われてた」
おれは足を止めて、心優に向き直る。
「ごめん、おれコンビニで洗剤買うから先に帰ってて」
ダミアンを見て考え込んでいた心優は、
「うん、分かった」
と言ってポンと手を叩き、おれの肩掛けバッグの上で寝そべっていたダミアンをヒョイと抱き上げた。
「たっくん、ちょっとルナちゃん貸してね。もっと可愛くしてあげるから!」
おれの返事を待たず、心優はダミアンを抱えて家へ帰っていった。
可愛くしてあげるなんて言ってたけど、あいつ、心優に男の自尊心を大いに傷つけられるんじゃないかな。
頭にリボンでも付けられていたらからかってやろう。
近所のコンビニで洗剤を買って家に帰ろうとしたとき、なれなれしい声に呼び止められた。
「吉野くん、腕、大丈夫かい?」
顔を上げると、そこにいたのは――郷原だった。
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




