31:一塁側階段の特等席
■センター心優、魅せます!
放課後。
おれとダミアンはソフトボール部の練習試合を観戦するため、一塁側にある校舎とグラウンドをつなぐ横長のコンクリート階段に腰を下ろしていた。
この階段は野球場でいうと、一塁側内野席にあたる場所で、おれの他にもちらほらと生徒達が試合を見学している。
相手チームがグラウンドでシートノックをしている間、うちのチームはキャッチボールで肩を慣らしていた。
「城南高校?」
相手チームのユニフォームに書かれた校名を見て、おれは首を傾げる。
隣の市の高校だ。
今日は相手チームの高校が創立記念日のため休校で、わざわざ遠くから来てくれるって言ってたけど、城南だったのか。
心優の話では、うちの高校よりも2ランクは格上らしい。2ランクってなんだろう。
パシーン!
城南のキャッチャーミットが派手な音を立てた。
「うわ、キャッチャー痛そう……」
てか、あのピッチャーすげぇな。
おれが打席に立ってもバットに当てられる気がしない。
心優は……
グラウンドの端で、城南のピッチャーのフォームを真似しながら、心優がピッチング練習をしていた。
お前、センターだろ。
なんで遊んでるんだ。
心優の球を座って受けているのは美奈代か。
心優に投げ方を指導している。
美奈代はキャッチャーなのかな?
√ これは野球の試合か?
隣でダミアンが興味深げに呟く。
こいつ、野球の知識はあるみたいだな。
ネット廃人、いや廃猫のこいつは、パソコンで調べられることならなんでも学習している。
たぶん、野球に関しての知識もネットで覚えたんだろう。
「野球に似てるけど、ソフトボールっていう別のスポーツだよ。心優は小学生のころ野球をやってたんだ。でも、中学には女子の野球部がなくて、人数ギリギリで活動していた女子ソフトボール部に入部したんだけど」
√ ほう。
「心優は中学のソフトボール部で大活躍してさ。三年生のときには県大会まで行ったんだ」
√ それはすごいことなのか?
「おれはすごいと思うぞ。新入部員は、入部時点で野球やソフトボールの経験者は心優だけだったんだ。それを心優が一生懸命みんなに教えてさ」
√ ふむ。
「県大会に行けたのは心優だけが頑張ったってわけじゃないけど、あいつがいたからみんなが頑張れたんだと思う」
ふと横を見ると、ダミアンがじっとおれを見上げていた。
「どうした?」
√ いや、珍しく熱く語るのでな。
「そんなに語ってたか?」
√ 自分のことのようにな。まぁいい。せっかくなので、楽しむとしよう。
練習が終わると少し休憩を挟んでから挨拶をし、うちのチームが守備についた。
「うちのピッチャーは…… って、大久保さん?」
マウンドに立ったのは美奈代だった。さっき練習もせずに心優と遊んでたけど大丈夫なのか?
……と思ったが杞憂だった。
美奈代が投げたボールは、城南のピッチャーには及ばないものの、十分に強烈な速球だった。
「あいつ凄かったんだな」
√ スポーツの試合を生で見るのは初めてだ。
ダミアンが目をキラキラさせておれを見上げる。
いつも思うが、悪魔のくせに本当に感情豊かだな、こいつ。
「始まるぞ」
そう言うと、ダミアンはおれの膝の上にぴょんと飛び乗り、寝転んだ。
城南のバッターが構える。
ズバン!
速い!
野球よりピッチャーとキャッチャーの距離が近いせいか、球が異様に速く感じる。
美奈代が投げた二球目。
城南の一番打者はうまく合わせ、打ち返した。
球はセンター右寄りにフワフワと飛んでいく。
その球を心優が飛びついてキャッチした。
ファインプレーだ。
大いに湧く一塁側のベンチ。
続く二番打者もセンター左に打ち上げた。
またも心優がボールに向かって走っていく。
これも取れるかどうかの際どいタイミングだ。
今度はジャンプしてキャッチ。
またもファインプレー。
心優は帽子を振って歓声に応えている。
「心優すごいな」
おれもちょっと興奮気味だ。
こんなにすごいプレーを見せてくれたのに、ダミアンは首をひねっている。
√ おい琢磨。吾輩はよくわからないのだが、心優はどうしてワンテンポ遅らせてから走るのだ? あいつ、バッターが打った瞬間にはボールがどこに飛ぶか把握しているように見えるのだが。
「えっ、そうなの?」
おれがダミアンの言葉に驚いていると、ピッチャーの美奈代がタイムを取って、心優を呼び寄せた。
嬉しそうに駆け寄っていった心優だったが……
美奈代がグローブで軽く心優の頭を叩いた。
心優のやつ、美奈代にめっちゃ説教されてる。
説教が終わると心優はしゅんと肩を落としながら、センターに戻って行った。
「どうしたんだ?」
√ 何日か前にネットで読んだ昔の野球選手の話だが、場を盛り上げるために、わざと簡単に取れるボールに飛びついてキャッチし、ファインプレーに見えるようにしていたというのがあった。その類ではないのか。
「いや、いくら何でもそんな危なっかしいことを……」
しそうだな。心優だし。
パンッ!
三番打者が思いきり振り抜いた。
ライナー性の球はレフト方向へ飛んでいく。
レフトの子はまったく追いつきそうにない。
そこへセンターから心優がダッシュ!
ワンバウンドしたボールをキャッチすると、すかさず一塁へ送球!
まじ?
レーザービーム?
とまではいかないが、ボールは一直線に飛び、ファーストミットのど真ん中にズバン!
と納まった。
「アウト!」
審判の大声と同時に、観客から大歓声が上がった。
城南の三番の子も驚いた顔をしている。
そりゃそうだ。
外野ゴロでアウトなんて、思ってもみなかっただろうな……
心優が手を振って歓声に応えながら、駆け足で一塁側のベンチに戻ってきた。
√ 吾輩の言ったとおりだろ。
「あははは」
心優のやつ、レフトのボールを余裕で捕球してたぞ。
なにやってんだか。
一塁側ベンチに戻った心優は、おれを見つけるなりブンブンと手を振ってきた。
仕方なく、おれも軽く手を上げる。
周囲の視線が痛い。
城南の投球練習が終わると、心優が右バッターボックスへと向かった。
バッターボックスに立った心優は、バットを下から大きく前に振り、そこから反対周りにクルクルと一回転半回してから、ドヤ顔でバットを構えた。
どう見てもプロ野球のホームランバッターの構え方だ。
一番打者とは思えない。
おれだけじゃなく、城南のピッチャーも苦笑してるぞ!
1,2球目を見送って、カウントは1ボール、1ストライクとなった。
心優はまたバットをクルクル回してから構えた。
おまけに構えたバットの先をブンブン振りまわしている。
√ ふむ、さすが心優だ。エンターテインメントというものをよく分かっている。スポーツとは場を盛り上げてなんぼのものだからな。
膝の上の化け猫は、日が暮れていたら腕組みして大仰に頷きそうな勢いで、偉そうに解説している。
ピッチャーが三球目を投げた直後、心優はバットを振り回すのをやめ――
コツン
バントした……
ボールはコロコロとキャッチャーとサードの間を転がり、二人の真ん中でピタッと止まった。
俊足を生かし楽々と一塁にたどり着いた心優は、またおれに向かって手を振った。
おれも軽く手を上げたが、なんだ、その、他の選手や観客からジロジロみられて居心地が悪い。
二番打者は内野ゴロに倒れたが、三番打者の美奈代がタイムリーヒットを放ち先制点をゲット!
0対1となった。
その後両チームは力を出し尽くし、試合は4対1で終了した。
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